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13.幸せな日々
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数ヵ月後。
王都に春の訪れを告げる柔らかな陽光が、公爵邸のテラスを白く照らしていた。
テーブルの上には丁寧に淹れられたハーブティーと、辺境の村から届いたばかりの乾燥薬草の束、そして膨大な報告書が並んでいる。
「うーん、やっぱり。こっちの配合の方が熱冷ましの効きが早いみたい」
カタリーナが熱心に筆を動かしていると、背後から落ち着いた足音が近づいてきた。
「カタリーナ、熱心なのは良いことだがあまり根を詰めすぎないように。自慢の娘が疲れてしまっては困るからね」
「お父様! いつ王都に? 知らせてくれればお出迎えしましたのに」
現れたのは、シュミット辺境伯――今ではカタリーナが心から「お父様」と呼ぶ人だ。
彼はカタリーナがまとめた資料を手に取り、感心したように目を細めた。
「ははは。王への報告のついでに、娘の顔を見に来ただけだ。辺境区での薬草栽培事業は、今や王国の医療を支える一大事業だ。君が村人たちに授けた栽培技術は、かつての貧しい村を潤し、多くの命を救っている。……カタリーナ、君は本当に素晴らしい娘だ」
「お父様……ありがとうございます。でもこれは私一人じゃなくて、ギルや村のみんなが信じてくれたからできたことなんです」
カタリーナの言葉に辺境伯は目を細める。
「相変わらず謙虚なことだ。さて、私はそろそろ王のところへ向かわねば……あぁ、働きすぎだと公爵閣下に怒られないようにな」
辺境伯がおどけたように去っていくのと入れ替わりで、ギルベルトが入ってきた。
「――お父様の言う通り。少しは休憩するべきだ、カタリーナ」
耳元で囁かれた低く甘い声。返事をする間もなく、カタリーナの身体はギルベルトの腕の中に閉じ込められた。
「お帰りなさい」
「ずいぶんと薬草に夢中だったな」
正装を崩したギルベルトが、カタリーナの首筋に顔を埋める。
辺境の小屋で過ごしていた頃よりも、ずっと情熱的で独占欲を隠さない彼の態度に、カタリーナの頬が林檎のように赤く染まった。
「……で、でも、ギルだって公爵のお仕事で忙しいでしょう?」
「だからこそ二人で過ごせる時間は、大切にすべきじゃないか?」
ギルベルトはカタリーナの肩を抱き寄せ、その椅子に共に座るようにして彼女を膝の上に抱き上げた。密着した身体から、彼の確かな鼓動と体温が伝わってくる。
「……ねえ、ギル」
「なんだ?」
「時々、あの小屋が懐かしくなるわ。何もなかったけれど、あなたと薬草だけがあった」
カタリーナが彼の金の髪を愛おしそうに撫でながら微笑むと、ギルベルトも懐かしそうに微笑む。
「戻りたいか」
「いいえ。今は今で幸せよ。公爵夫人だからこそ出来ることもあるし。ギルは公爵のほうがしっくりくるし」
「そうか……」
見つめ合う二人の視線が熱く絡み合う。
ギルベルトの大きな手が、カタリーナの顎を優しく上向かせた。
「……どんな君でも愛している、カタリーナ。君が俺を拾ってくれたあの日から、俺の心は君だけのものだ」
「私も……私も愛しているわ、ギル」
重なり合った唇は、甘く、とろけるような熱を帯びていた。
【完】
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王都に春の訪れを告げる柔らかな陽光が、公爵邸のテラスを白く照らしていた。
テーブルの上には丁寧に淹れられたハーブティーと、辺境の村から届いたばかりの乾燥薬草の束、そして膨大な報告書が並んでいる。
「うーん、やっぱり。こっちの配合の方が熱冷ましの効きが早いみたい」
カタリーナが熱心に筆を動かしていると、背後から落ち着いた足音が近づいてきた。
「カタリーナ、熱心なのは良いことだがあまり根を詰めすぎないように。自慢の娘が疲れてしまっては困るからね」
「お父様! いつ王都に? 知らせてくれればお出迎えしましたのに」
現れたのは、シュミット辺境伯――今ではカタリーナが心から「お父様」と呼ぶ人だ。
彼はカタリーナがまとめた資料を手に取り、感心したように目を細めた。
「ははは。王への報告のついでに、娘の顔を見に来ただけだ。辺境区での薬草栽培事業は、今や王国の医療を支える一大事業だ。君が村人たちに授けた栽培技術は、かつての貧しい村を潤し、多くの命を救っている。……カタリーナ、君は本当に素晴らしい娘だ」
「お父様……ありがとうございます。でもこれは私一人じゃなくて、ギルや村のみんなが信じてくれたからできたことなんです」
カタリーナの言葉に辺境伯は目を細める。
「相変わらず謙虚なことだ。さて、私はそろそろ王のところへ向かわねば……あぁ、働きすぎだと公爵閣下に怒られないようにな」
辺境伯がおどけたように去っていくのと入れ替わりで、ギルベルトが入ってきた。
「――お父様の言う通り。少しは休憩するべきだ、カタリーナ」
耳元で囁かれた低く甘い声。返事をする間もなく、カタリーナの身体はギルベルトの腕の中に閉じ込められた。
「お帰りなさい」
「ずいぶんと薬草に夢中だったな」
正装を崩したギルベルトが、カタリーナの首筋に顔を埋める。
辺境の小屋で過ごしていた頃よりも、ずっと情熱的で独占欲を隠さない彼の態度に、カタリーナの頬が林檎のように赤く染まった。
「……で、でも、ギルだって公爵のお仕事で忙しいでしょう?」
「だからこそ二人で過ごせる時間は、大切にすべきじゃないか?」
ギルベルトはカタリーナの肩を抱き寄せ、その椅子に共に座るようにして彼女を膝の上に抱き上げた。密着した身体から、彼の確かな鼓動と体温が伝わってくる。
「……ねえ、ギル」
「なんだ?」
「時々、あの小屋が懐かしくなるわ。何もなかったけれど、あなたと薬草だけがあった」
カタリーナが彼の金の髪を愛おしそうに撫でながら微笑むと、ギルベルトも懐かしそうに微笑む。
「戻りたいか」
「いいえ。今は今で幸せよ。公爵夫人だからこそ出来ることもあるし。ギルは公爵のほうがしっくりくるし」
「そうか……」
見つめ合う二人の視線が熱く絡み合う。
ギルベルトの大きな手が、カタリーナの顎を優しく上向かせた。
「……どんな君でも愛している、カタリーナ。君が俺を拾ってくれたあの日から、俺の心は君だけのものだ」
「私も……私も愛しているわ、ギル」
重なり合った唇は、甘く、とろけるような熱を帯びていた。
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