愛されSubは尽くしたい

リミル

文字の大きさ
2 / 52
愛されSubは尽くしたい

Subdrop2

しおりを挟む
……────。


夢を見ていた。お父さんとお母さんと、汐の夢。お父さんは汐が生まれるよりもずっと前から、身体が弱かったから、皆のように遊園地や動物園に連れて行ってもらえなかった。近場の公園が精一杯の外出──それでも、家族だけの時間は、堪らなく幸せだった。

「ん、おとうさん……」

目から自然に流れた熱い雫は、頬を覆うガーゼに吸い取られた。

「目が覚めたんだね。汐くん、お父さんのことは分かる?」

汐は返事をせずに、小さく頷く。ベッドの上の身体は重く、動かない。見るも無惨だった手指の先は、白い包帯が幾重にも巻かれていた。

病室の扉が開き、そちらを向くと医師らしき男性と紗那が入ってきた。

ぼんやり開けた目で見つめると、紗那は散々泣き腫らした顔にくしゃっと皺をつくった。

「しお、汐……! 本当によかった……っ。どこか痛くない?」
「うん、うん……。だい、じょうぶ」

病院で処置を受けて、包帯だらけの汐は気丈に笑ってみせる。

「お母さん、泣かせてごめんね」

──汐、お父さんに約束したのに。

見ていたらきっと叱られるだろう。包帯をしている手で、ベッドの縁に縋りつく紗那の頭を撫でると、もっと声を上げて泣く。お母さんがこんなにも泣いているのを見るのはいつ以来だろう。黒い服を着た大勢の人がたくさんやって来て、紗那は汐の知らない大人達に何度も頭を下げていた。

「大きな事故だったと聞いています。幸い、汐くんは小さな怪我で済みました。……ただ、手の指に関しては、外傷とは異なるように思いますが。念のため、こちらで第二性ダイナミクスの検査を行いました」

Badtripバッドトリップを起こしたり、Subが過剰なストレスを感じるときたす自傷行為に似ている、と医師は続ける。

「結論から申しますと……汐くんは、Sub性にあたる可能性が高いです。多くの例は、第二次性徴期とともに第二性を獲得すると言われています。汐くんの場合はかなりレアケースです」
「そう、ですか……。私達はNormalノーマルですので、どうしたらよいか……」
「年齢の低い子供は、心も未成熟です。これはご両親や周りのサポートが必要不可欠ですから。私達も尽力致します。一緒に汐くんを支えていきましょう」

自分の名前が時折出ているのに、何だか他人事のような感じだった。痛み止めの点滴が体内に入り、汐は再びうつらうつらとし始める。大人達はまだ会話を続けていて、抑揚と音程が心地よく鼓膜を揺らす。

「……汐くんを庇った男性も、怪我を負っていますが、命に別条はありません。回復に向かっていますから、じきに目を覚ますでしょう……」
「ぜひ、お礼に伺わせてください。……彼がいなければ、汐くんは……」

視界の端にいる紗那は、汐の瞳が向いたことに気付いてくれ、ふわりと笑んだ。

「おやすみ。汐。お母さんはずっと汐の側にいるから大丈夫よ」
「あの、ね。しお──もうお芝居やめたい」

弱音を吐いたのはこれが初めてじゃない。疲れたとき、遊べないとき……こうやって我儘を溢したら、厳しい言葉を言った後に、必ず褒めそやす。幼いがゆえの、気を引きたいがための、本音を大きく膨らませた我儘。

「……そうだよね。汐、たくさん頑張ったものね。……少し、お芝居はおやすみしようか」

──え? 何言ってるの、お母さん。汐を、応援してくれないの?

思わず耳を疑った。紗那は包帯で分厚くなった手を優しく、頬へと寄せる。

──『汐ねー。お父さんが大好きっ。汐が頑張ったら、お父さんの病気も治るかなぁ……』
──『はは、頼もしいなぁ。お父さんも汐が一番大好きだよ』

汐は……お芝居をやめたら何が残るの?
静かに涙を流す紗那を前に、汐は口を噤んだ。さっきの言葉も、いまだにじんと熱をもつ指先の痛みも、お父さんが遠くへ行ってしまったことも。そんな事実は全部なくなってしまえばいいのに。酷く疲れた頭の中では、とりとめのない、自棄になった思考だけが渦巻いていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

BL短編まとめ(現) ①

よしゆき
BL
BL短編まとめ。 冒頭にあらすじがあります。

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...