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愛されSubは尽くしたい
Subdrop2
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……────。
夢を見ていた。お父さんとお母さんと、汐の夢。お父さんは汐が生まれるよりもずっと前から、身体が弱かったから、皆のように遊園地や動物園に連れて行ってもらえなかった。近場の公園が精一杯の外出──それでも、家族だけの時間は、堪らなく幸せだった。
「ん、おとうさん……」
目から自然に流れた熱い雫は、頬を覆うガーゼに吸い取られた。
「目が覚めたんだね。汐くん、お父さんのことは分かる?」
汐は返事をせずに、小さく頷く。ベッドの上の身体は重く、動かない。見るも無惨だった手指の先は、白い包帯が幾重にも巻かれていた。
病室の扉が開き、そちらを向くと医師らしき男性と紗那が入ってきた。
ぼんやり開けた目で見つめると、紗那は散々泣き腫らした顔にくしゃっと皺をつくった。
「しお、汐……! 本当によかった……っ。どこか痛くない?」
「うん、うん……。だい、じょうぶ」
病院で処置を受けて、包帯だらけの汐は気丈に笑ってみせる。
「お母さん、泣かせてごめんね」
──汐、お父さんに約束したのに。
見ていたらきっと叱られるだろう。包帯をしている手で、ベッドの縁に縋りつく紗那の頭を撫でると、もっと声を上げて泣く。お母さんがこんなにも泣いているのを見るのはいつ以来だろう。黒い服を着た大勢の人がたくさんやって来て、紗那は汐の知らない大人達に何度も頭を下げていた。
「大きな事故だったと聞いています。幸い、汐くんは小さな怪我で済みました。……ただ、手の指に関しては、外傷とは異なるように思いますが。念のため、こちらで第二性の検査を行いました」
Badtripを起こしたり、Subが過剰なストレスを感じるときたす自傷行為に似ている、と医師は続ける。
「結論から申しますと……汐くんは、Sub性にあたる可能性が高いです。多くの例は、第二次性徴期とともに第二性を獲得すると言われています。汐くんの場合はかなりレアケースです」
「そう、ですか……。私達はNormalですので、どうしたらよいか……」
「年齢の低い子供は、心も未成熟です。これはご両親や周りのサポートが必要不可欠ですから。私達も尽力致します。一緒に汐くんを支えていきましょう」
自分の名前が時折出ているのに、何だか他人事のような感じだった。痛み止めの点滴が体内に入り、汐は再びうつらうつらとし始める。大人達はまだ会話を続けていて、抑揚と音程が心地よく鼓膜を揺らす。
「……汐くんを庇った男性も、怪我を負っていますが、命に別条はありません。回復に向かっていますから、じきに目を覚ますでしょう……」
「ぜひ、お礼に伺わせてください。……彼がいなければ、汐くんは……」
視界の端にいる紗那は、汐の瞳が向いたことに気付いてくれ、ふわりと笑んだ。
「おやすみ。汐。お母さんはずっと汐の側にいるから大丈夫よ」
「あの、ね。しお──もうお芝居やめたい」
弱音を吐いたのはこれが初めてじゃない。疲れたとき、遊べないとき……こうやって我儘を溢したら、厳しい言葉を言った後に、必ず褒めそやす。幼いがゆえの、気を引きたいがための、本音を大きく膨らませた我儘。
「……そうだよね。汐、たくさん頑張ったものね。……少し、お芝居はおやすみしようか」
──え? 何言ってるの、お母さん。汐を、応援してくれないの?
思わず耳を疑った。紗那は包帯で分厚くなった手を優しく、頬へと寄せる。
──『汐ねー。お父さんが大好きっ。汐が頑張ったら、お父さんの病気も治るかなぁ……』
──『はは、頼もしいなぁ。お父さんも汐が一番大好きだよ』
汐は……お芝居をやめたら何が残るの?
静かに涙を流す紗那を前に、汐は口を噤んだ。さっきの言葉も、いまだにじんと熱をもつ指先の痛みも、お父さんが遠くへ行ってしまったことも。そんな事実は全部なくなってしまえばいいのに。酷く疲れた頭の中では、とりとめのない、自棄になった思考だけが渦巻いていた。
夢を見ていた。お父さんとお母さんと、汐の夢。お父さんは汐が生まれるよりもずっと前から、身体が弱かったから、皆のように遊園地や動物園に連れて行ってもらえなかった。近場の公園が精一杯の外出──それでも、家族だけの時間は、堪らなく幸せだった。
「ん、おとうさん……」
目から自然に流れた熱い雫は、頬を覆うガーゼに吸い取られた。
「目が覚めたんだね。汐くん、お父さんのことは分かる?」
汐は返事をせずに、小さく頷く。ベッドの上の身体は重く、動かない。見るも無惨だった手指の先は、白い包帯が幾重にも巻かれていた。
病室の扉が開き、そちらを向くと医師らしき男性と紗那が入ってきた。
ぼんやり開けた目で見つめると、紗那は散々泣き腫らした顔にくしゃっと皺をつくった。
「しお、汐……! 本当によかった……っ。どこか痛くない?」
「うん、うん……。だい、じょうぶ」
病院で処置を受けて、包帯だらけの汐は気丈に笑ってみせる。
「お母さん、泣かせてごめんね」
──汐、お父さんに約束したのに。
見ていたらきっと叱られるだろう。包帯をしている手で、ベッドの縁に縋りつく紗那の頭を撫でると、もっと声を上げて泣く。お母さんがこんなにも泣いているのを見るのはいつ以来だろう。黒い服を着た大勢の人がたくさんやって来て、紗那は汐の知らない大人達に何度も頭を下げていた。
「大きな事故だったと聞いています。幸い、汐くんは小さな怪我で済みました。……ただ、手の指に関しては、外傷とは異なるように思いますが。念のため、こちらで第二性の検査を行いました」
Badtripを起こしたり、Subが過剰なストレスを感じるときたす自傷行為に似ている、と医師は続ける。
「結論から申しますと……汐くんは、Sub性にあたる可能性が高いです。多くの例は、第二次性徴期とともに第二性を獲得すると言われています。汐くんの場合はかなりレアケースです」
「そう、ですか……。私達はNormalですので、どうしたらよいか……」
「年齢の低い子供は、心も未成熟です。これはご両親や周りのサポートが必要不可欠ですから。私達も尽力致します。一緒に汐くんを支えていきましょう」
自分の名前が時折出ているのに、何だか他人事のような感じだった。痛み止めの点滴が体内に入り、汐は再びうつらうつらとし始める。大人達はまだ会話を続けていて、抑揚と音程が心地よく鼓膜を揺らす。
「……汐くんを庇った男性も、怪我を負っていますが、命に別条はありません。回復に向かっていますから、じきに目を覚ますでしょう……」
「ぜひ、お礼に伺わせてください。……彼がいなければ、汐くんは……」
視界の端にいる紗那は、汐の瞳が向いたことに気付いてくれ、ふわりと笑んだ。
「おやすみ。汐。お母さんはずっと汐の側にいるから大丈夫よ」
「あの、ね。しお──もうお芝居やめたい」
弱音を吐いたのはこれが初めてじゃない。疲れたとき、遊べないとき……こうやって我儘を溢したら、厳しい言葉を言った後に、必ず褒めそやす。幼いがゆえの、気を引きたいがための、本音を大きく膨らませた我儘。
「……そうだよね。汐、たくさん頑張ったものね。……少し、お芝居はおやすみしようか」
──え? 何言ってるの、お母さん。汐を、応援してくれないの?
思わず耳を疑った。紗那は包帯で分厚くなった手を優しく、頬へと寄せる。
──『汐ねー。お父さんが大好きっ。汐が頑張ったら、お父さんの病気も治るかなぁ……』
──『はは、頼もしいなぁ。お父さんも汐が一番大好きだよ』
汐は……お芝居をやめたら何が残るの?
静かに涙を流す紗那を前に、汐は口を噤んだ。さっきの言葉も、いまだにじんと熱をもつ指先の痛みも、お父さんが遠くへ行ってしまったことも。そんな事実は全部なくなってしまえばいいのに。酷く疲れた頭の中では、とりとめのない、自棄になった思考だけが渦巻いていた。
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