愛されSubは尽くしたい

リミル

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愛されSubは尽くしたい

大嫌いなパパ1

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ふわぁ、と眠気からくる欠伸をしながら、汐はぼんやりと今朝のニュースを眺める。家族が一通り報道番組をチェックした後は、最新の流行や企画物のコーナーやらを流し見る。テレビのチャンネルの選択権は、いつも汐だった。つい最近公開したらしい映画の舞台挨拶が映り、日本人離れした体躯の持ち主は、こぞってフラッシュを炊くカメラに白い歯を見せて笑っていた。

ルックスもさることながら演技も実力派──名前と年齢のテロップが流れ、汐は「ああ」と小さく漏らす。

──あいつ、小さいときは三軍か四軍くらいだったのにな。

子役時代に話しかけられたのを、今思い出した。主役は毎度、汐がもらっていき、本庄ほんじょうは台詞が一つくらいの、特にいてもいなくても困らないような役。それでも、選ばれたらまるで大役を任されたように、全力で喜んでいた。

今、テレビの中にいる本庄は、原作人気の高い、高校生同士の恋愛映画の主人公だ。子供のときと変わらない、無邪気な様子で溌溂とインタビュアーの質問に答えている。

名の知れた可愛いヒロイン役の女優もいるし、少年コミックのバトル作品やファンタジー作品の実写化ように、原作ファンの怒りも買わないだろうし。恋愛ものなんて、客層は十代二十代の女性だから、多少演技力が伴わなくても……と下世話なことを思う。

「汐、今日は夕ご飯どうするの?」
「あー……うん。いらない、かな」

紗那に声をかけられて、汐はテレビから意識を引き剥がした。大学ニ年生に無事進級し、午前の必修から解放されてスケジュールに余裕が出来ている。

「それと今週末。お父さんがお休み取れたから、久しぶりに家族でキャンプにでも行こうって。……ねぇ、汐聞いてる? 昨日もお話したわよね?」
「ごめん。今週はちょっと無理かも」
「えっ!? 何でもっと早く言ってくれなかったの。どうしましょう、もう三人で予約したのに……」

紗那がちらっと、隣に視線を移す。父親の創一そういちは、目の前に広げていた新聞を畳むと、汐を見た。

「汐っ。お父さんが忙しい中、せっかく予定を空けてくれたのよ」

──好感度上げようとしてるの、見え見えなんだよ。

家庭での優先順位がいつの間にか汐ではなく、父親になっていてげんなりする。貴重な休日を家族ごっこで消費するのなんてごめんだ。

「まあまあ、紗那さん。汐くんも忙しいだろうしね。急で悪かったね。そうか……汐くんももう大学生か」
「……もう。ごめんなさい。汐、ちゃんとお父さんに謝りなさいね」

──勝手に人の予定も聞かないで決めて、挙句の果てに謝れって?

何を言っているんだろう、この人達は。理不尽に晒されて、汐は憤った。けれど、心の中で思っていることをおくびにも出さず、創一を上目遣いで見つめた。

「ごめんなさい。パパ。週末は友達と遊ぶ予定を入れてたから」
「いや、いいんだよ。私達のことは気にせず遊んできなさい」

汐がいくら我儘に振る舞っても、創一には叱られた試しがない。誰とどこへ行くとも言っていないのに、創一は自分の財布から札をニ枚取り出し、汐の前へ置いた。

「え、いいよっ。パパのカードも持ってるのに」
「多少現金も持ち歩いていたほうがいいだろう」
「うん……。パパありがとう」

礼を言うと、創一はにっこりと笑い、席を立った。汐以外は朝食をすでに食べ終えていて、紗那も洗い物をするためにキッチンへ移動する。

「甘やかし過ぎですよ。汐だってもう二十歳なのに」
「そうかなぁ。でも大学生なんだから遊ぶのには何かと必要だろう。それに、汐くんはまだまだ私にとっては可愛い子供だよ。ついこの間まで小学生だった気がするんだがなぁ」
「ふふ。それ、ついこの間も言ってましたよ」

空になった皿を受け取りながら、二人は仲睦まじく話している。自分のことを話題にしているのに、何だかその空間にいないような、空気のような扱いだ。紗那が歪んだネクタイを結び直すと、創一の表情が緩むのが分かり、何か、気に入らないような感情が腹の底で沸々と湧いてくる。

汐の父親は病死した──当時の汐は幼く、まだそのことが分からなくて、何度も父親の行方を聞いては、大人達を困らせていた。そして帰ってきたと思ったら、名前も顔も、別人になっていた。

──受け入れられる、訳がない。

最愛の人と死別し、汐以上に悲しみを負っているのは母だ。だから、紗那の決めた人は、汐も祝福しないといけない。それに、母子二人で生活するのは金銭的にも厳しい。何もかも綺麗事だけでは生きていけない、と汐も分かっていた。

汐が子役をしていたときに出会ったという天使 創一は、テレビ番組のプロデューサーを務めている。創一は汐のことを本当の息子のように可愛がってくれ、高校にも大学にも好きなところに進学出来た。

「それじゃあ、行ってくるよ。汐くん、体調はどう?」
「大丈夫だよ。パパが紹介してくれたDomの人と、上手くいってる」

Subは基本的にDomに支配されたい、命令されたい、苛められたい等の欲求を常に持っている。汐は通常よりも早く第二性に目覚め、その欲求を抑制剤を投与することでコントロールしていた。小さな頃は投薬だけで安定していたが、食事や睡眠と同じ生理的な欲求は、成長するにつれて薬だけでは代替出来ず、父親の伝手で紹介されたDomを頼っている。

お金で雇われているDom達は皆、汐より年上の男だった。提供されるプレイに性行為は伴わないが、間違いがあってはいけないからと、汐にあてがわれたのは男性のみ。そもそもこういうサービス業で働いているDomの女性は、見つけるのが困難なほど希少だ。

創一は毎日汐の体調を気遣ってくれる。紗那も創一もNormalで、第二性の事情など未知であるのに、Subの汐のことを理解しようとしてくれていた。

創一を玄関まで見送った後、汐も数十分かけてのんびり支度をしたら家を出る。今日も今朝から家族関係は良好。マンションのエレベーターで一人きりになると、ようやく詰めた息を吐き出した。

──このままどこか逃げ出せればいいのに。

いつもそう考えるけれど、小心者の自分は実行に移せない。せいぜい友達の家へ一晩泊めてもらうくらいの反抗しか出来ない。それにもいろいろと手順がいる。友達の名前や連絡先をいちいち親に伝えなければいけないし。

キッチンでのやり取りを思い出し、汐はまた溜め息をつく。後から家族の輪にずかずかと入り込んできた創一を恨んでいたが、異分子なのはもしかしたら自分のほうなのかもしれない。
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