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愛されSubは尽くしたい
想い続ける
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「あはは。まだ何も言ってないだろ。うんうん、友達ね……オッケー」
島長は一人納得して、汐を解放した。手当てが終わった後、自販機でジュースを買った。飲み物さえも積極的にとっていなかったから、久しぶりのオレンジジュースはとびきり甘い。口の中を切ったらしい島長は、「いてて」と口を窄めている。
「深見さんも本庄っていうやつも無事だよ。二人とも他所の病院で、鎮静剤打って大人しくなってるって。話し合いはもうちょっと先になるかもだけど。診断書とか証言纏めるのとか、汐のほうでもよろしくね」
「うん……」
会費の中には弁護士特約も含まれていて、後日汐の元にも連絡が来るらしい。島長は汐の自宅まで見送りに来てくれた。島長の状態を見て両親は驚いて、汐は本当のことを言おうとしたが、島長が先に「転んじゃってー」と下手な言い訳をする。
高校生のときに、何度か家に招いたこともあり、両親はすっかり風貌の変わった子が、最初誰なのか分からなかったようだ。
「瑞希君、夕ご飯まだでしょう? よかったら食べていってね。遅いし泊まってくれてもいいから」
話下手で家庭でもそれほど喋らない汐に対して、島長は饒舌だ。いつも以上に落ち込んでいて反応が薄かったから、汐一人では何かあったのか、と疑われていたかもしれない。
翌朝、昼くらいにのそのそと起きてきた二人を、紗那が迎えた。しっかりと昼食をとった後、今度は汐が島長を見送った。
体調はまだ万全とはいかないが、以前よりは大丈夫だ。食事も喉を通るようになったし、Subdropにもなっていない。もうすぐ期末テストが近いこともあり、汐は提出課題のレポートや勉強に打ち込んでいた。
時々思い出しては、通知の来る気配のないスマートフォンの画面を見つめていたりする。汐にとってあの夜が運命的な再会だったというだけで、深見にはそうでなかったこと。
深見との思い出はそのままで、好きという感情を消したい。叶わない恋を諦めきれずに、汐はずっと引きずっていた。
前期に取っていた講義もぼちぼち終わり、補講で通学するくらいだ。二週間のテスト期間が過ぎれば、二ヶ月の夏休みが待っている。雨期が恋しいくらいには、ここ連日猛暑日続きで身体がバテている。汐も学校や用事があるとき以外は、むやみに外に出なくなった。
いつものように蒸し暑い、夜十時頃。汐は眠気と遊びの誘惑を振り切りながら、机に向かっていた。普段ならさして興味もないウェブニュースの活字を追うのが、妙に楽しい。キリがないな、と、スマートフォンをリビングへ置きに行こうとしたところ、不意に着信が入る。
最近登録した名前が出てきて、息がつまる。汐は咳払いをしてから、通話のボタンを指でスライドさせた。
『深見です。汐君、今お話しできる?』
「……うん。大丈夫だよ。あの、誠吾さん。体調はもういいの?」
『ああ……うん。あんなふうになってしまって……汐君には格好悪いところを見せたな。汐君のほうこそ、酷い怪我だっただろう』
「痣がちょっと引くくらい濃かっただけで、何ともなかったよ」
深見も汐も、先日の件が解決するまでサロンへは出入り禁止を言い渡されている。久しぶりに聞こえる深見の声は、汐の心に安定をもたらせてくれた。
『明日、よかったら二人で出かけないか?』
「誠吾さんと……? え、えっと、明日!?」
『あ……いや。急だとは承知しているから、明日がだめなら汐君の都合でもいい……』
「ううん。明日でいいよ」
まさかのお誘いに汐は驚いてしまった。二人きりと言われて胸が踊ったが、恐らくあの件を話して解散だろう。担当の弁護士を通しての、話し合いの日程はすでに決まっており、深見がそれよりも早くと急く気持ちも分かる。
個人的に会うチャンスはこれが最後になるかもしれない。
──告白……しよう。振られたほうがすっきりする。
翌朝まで、汐はスマートフォンを握り締めながら眠ってしまった。待ち合わせより三十分ほど早く着いた汐は、ちょっと後悔している。薄い材質のサンダルは、熱を溜め込んだアスファルトの上を歩くのには、心許ない。テイクアウトしたアイスコーヒー片手に、日陰で深見の到着を待っていた。
平日の朝で出勤時間のピークは過ぎているが、それでも人の出入りはかなり多い。冷房の効いている店内で時間を潰そうにも、席は一つ残らず埋まっていた。
まだ二十数分もある……炎天下を日陰でやり過ごしながら、汐はスマートフォンを触っていた。
「汐君……だよな。かなり早めに出たつもりだったんだが」
「あっ……誠吾さん」
待たせて済まない、と深見は汐の側まで来た。てっきりいつものスーツ姿かと思いきや、初めて見る私服でドキドキする。白地のシャツに、淡いブルーの綿ジャケットを羽織っている。下は黒のテーラードパンツで、汐の着ているものとよく似ている。半袖で露出している腕を、直視出来なかった。
「そんなに待ってないよ」
「汗、結構かいてるだろう」
「あ……汗かきなだけっ」
濡れて貼りついた前髪に、深見の指先が触れる。伸ばしている髪が暑そうだ、と気を遣ってくれたのだろう。
「誠吾さん、今日はお仕事おやすみなの?」
「うん。僕の都合に付き合ってくれてありがとう」
「それは……僕のほうが暇だし大丈夫。丸一日空いてるし」
「そうか。じゃあ、今日は汐君の行きたいところに行こう」
「えっ?」
──ん? どういうこと?
お互いに齟齬がある感じがする。もしかして、汐に後ろめたい気持ちがあるから、優しくしているのだろうか。
島長は一人納得して、汐を解放した。手当てが終わった後、自販機でジュースを買った。飲み物さえも積極的にとっていなかったから、久しぶりのオレンジジュースはとびきり甘い。口の中を切ったらしい島長は、「いてて」と口を窄めている。
「深見さんも本庄っていうやつも無事だよ。二人とも他所の病院で、鎮静剤打って大人しくなってるって。話し合いはもうちょっと先になるかもだけど。診断書とか証言纏めるのとか、汐のほうでもよろしくね」
「うん……」
会費の中には弁護士特約も含まれていて、後日汐の元にも連絡が来るらしい。島長は汐の自宅まで見送りに来てくれた。島長の状態を見て両親は驚いて、汐は本当のことを言おうとしたが、島長が先に「転んじゃってー」と下手な言い訳をする。
高校生のときに、何度か家に招いたこともあり、両親はすっかり風貌の変わった子が、最初誰なのか分からなかったようだ。
「瑞希君、夕ご飯まだでしょう? よかったら食べていってね。遅いし泊まってくれてもいいから」
話下手で家庭でもそれほど喋らない汐に対して、島長は饒舌だ。いつも以上に落ち込んでいて反応が薄かったから、汐一人では何かあったのか、と疑われていたかもしれない。
翌朝、昼くらいにのそのそと起きてきた二人を、紗那が迎えた。しっかりと昼食をとった後、今度は汐が島長を見送った。
体調はまだ万全とはいかないが、以前よりは大丈夫だ。食事も喉を通るようになったし、Subdropにもなっていない。もうすぐ期末テストが近いこともあり、汐は提出課題のレポートや勉強に打ち込んでいた。
時々思い出しては、通知の来る気配のないスマートフォンの画面を見つめていたりする。汐にとってあの夜が運命的な再会だったというだけで、深見にはそうでなかったこと。
深見との思い出はそのままで、好きという感情を消したい。叶わない恋を諦めきれずに、汐はずっと引きずっていた。
前期に取っていた講義もぼちぼち終わり、補講で通学するくらいだ。二週間のテスト期間が過ぎれば、二ヶ月の夏休みが待っている。雨期が恋しいくらいには、ここ連日猛暑日続きで身体がバテている。汐も学校や用事があるとき以外は、むやみに外に出なくなった。
いつものように蒸し暑い、夜十時頃。汐は眠気と遊びの誘惑を振り切りながら、机に向かっていた。普段ならさして興味もないウェブニュースの活字を追うのが、妙に楽しい。キリがないな、と、スマートフォンをリビングへ置きに行こうとしたところ、不意に着信が入る。
最近登録した名前が出てきて、息がつまる。汐は咳払いをしてから、通話のボタンを指でスライドさせた。
『深見です。汐君、今お話しできる?』
「……うん。大丈夫だよ。あの、誠吾さん。体調はもういいの?」
『ああ……うん。あんなふうになってしまって……汐君には格好悪いところを見せたな。汐君のほうこそ、酷い怪我だっただろう』
「痣がちょっと引くくらい濃かっただけで、何ともなかったよ」
深見も汐も、先日の件が解決するまでサロンへは出入り禁止を言い渡されている。久しぶりに聞こえる深見の声は、汐の心に安定をもたらせてくれた。
『明日、よかったら二人で出かけないか?』
「誠吾さんと……? え、えっと、明日!?」
『あ……いや。急だとは承知しているから、明日がだめなら汐君の都合でもいい……』
「ううん。明日でいいよ」
まさかのお誘いに汐は驚いてしまった。二人きりと言われて胸が踊ったが、恐らくあの件を話して解散だろう。担当の弁護士を通しての、話し合いの日程はすでに決まっており、深見がそれよりも早くと急く気持ちも分かる。
個人的に会うチャンスはこれが最後になるかもしれない。
──告白……しよう。振られたほうがすっきりする。
翌朝まで、汐はスマートフォンを握り締めながら眠ってしまった。待ち合わせより三十分ほど早く着いた汐は、ちょっと後悔している。薄い材質のサンダルは、熱を溜め込んだアスファルトの上を歩くのには、心許ない。テイクアウトしたアイスコーヒー片手に、日陰で深見の到着を待っていた。
平日の朝で出勤時間のピークは過ぎているが、それでも人の出入りはかなり多い。冷房の効いている店内で時間を潰そうにも、席は一つ残らず埋まっていた。
まだ二十数分もある……炎天下を日陰でやり過ごしながら、汐はスマートフォンを触っていた。
「汐君……だよな。かなり早めに出たつもりだったんだが」
「あっ……誠吾さん」
待たせて済まない、と深見は汐の側まで来た。てっきりいつものスーツ姿かと思いきや、初めて見る私服でドキドキする。白地のシャツに、淡いブルーの綿ジャケットを羽織っている。下は黒のテーラードパンツで、汐の着ているものとよく似ている。半袖で露出している腕を、直視出来なかった。
「そんなに待ってないよ」
「汗、結構かいてるだろう」
「あ……汗かきなだけっ」
濡れて貼りついた前髪に、深見の指先が触れる。伸ばしている髪が暑そうだ、と気を遣ってくれたのだろう。
「誠吾さん、今日はお仕事おやすみなの?」
「うん。僕の都合に付き合ってくれてありがとう」
「それは……僕のほうが暇だし大丈夫。丸一日空いてるし」
「そうか。じゃあ、今日は汐君の行きたいところに行こう」
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