愛されSubは尽くしたい

リミル

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愛されSubは尽くしたい

不穏3

……────。


傷が癒えるまでは絶対に会わない。そう誓ったのに、汐はサロンへ足を運んでいた。もう二週間以上、誰ともプレイをしていないし、Glareも受けていない。Subの誰かに必要とされていたい欲求は、生理的で完全に抑えつけられないものだ。

その影響か、最近まともに食べられていないし、眠れていない。不摂生な生活と汗ばむ気候に、汐の体力はじわじわと削られている。

相手はもちろん深見がいいのだが、不義理をした手前、贅沢は望めない。そもそも今日いるのかも分からないのだから。

簡単なCommandとGlareをもらえればそれでいい。なるべくこちらの要望を通せる、ちょろそうな相手がいい。

『あの高飛車で生意気なSubを跪かせたい、って』

そんな都合のいい相手がいるのだろうか。ここにいるDomの誰もが、汐の存在を疎ましく感じているだろう。やっぱり、お金を払ってプレイを依頼しようか。手頃な相手を探すのはやめ、帰ろうとしたときだった。身体がずっしりと重くなる。

「よう。懲りずにまた来たか。どうしようもないマゾだなぁ……」
「……っ。離せ……」
Shush黙れ

本庄が汐の耳元でCommandを告げる。一方的なCommandはフロア内に限らず、一般的に禁則事項だ。プレイルームへ連行されそうになるが、汐はいやいやと暴れた。誰か助けが来ないものか。他の客は汐達に視線を向けていない。
汐が抵抗すると、まだ痣の残る腹にぐっと拳をねじ込んできた。鈍い痛みに、汐は息だけを漏らした。

合意ではない者から与えられるCommandとGlareに、汐は初めて恐怖していた。この男から逃れたいと頭は働いているのに、身体が動いてくれない。形式上はプレイと呼べるものではなかったが、Commandの後にGlareもRewardもない。汐の中の褒められたい欲求が、行き場を求めている。

──やば……dropしそう。

十五年前の幼い頃の記憶でも、あの苦しい体験は刻み込まれている。暗い深海に放り込まれて、藻掻きも出来ずにただただ沈んでいくのを待っているような。

「僕のパートナーに気安く触らないでくれるか?」
「は? あんた誰? パートナーって」

身体がぐっと強く引き寄せられた。本庄よりも強く肩を掴まれ、その力の込め方から怒りが伝わってくる。直接目にすることは出来ないが、汐の肩を抱いている主のGlareは、凄まじく荒れ狂っている。Glareに耐性のついている汐でも、気を抜けば足元から崩れ落ちそうだった。

「ああ、あんた。こいつの囲い? 騙されちゃってかわいそうに。悪いけど今調教中で……」

汐よりも一回り以上大きな体躯が、数メートルほど吹き飛び、机やソファごと転がっていった。フロアにいる人達は、大きな音に騒然となっている。Subの弱ったフェロモンを感知した深見は、汐の知らない人のようだった。

「汐君。何をされた?」

強制こそされていないが、汐の口からは暴行を受けた箇所がするりと飛び出る。あれほど深見には事情を話すまいと誓っていたのに、何の意味もなさなくなった。

「せ、誠吾さんっ……。いいよ……もう、いいから」

汐が受けた以上に、深見は上等そうな革靴で腹を殴っている。この件に深見は関係ないのだから、巻き込みたくなかったし知られたくなかった。冷静な深見が、汐の声を拾ってくれない。自分のものだと思ったSubが傷つけられたことにより起こる暴力的なDomの行為……今の深見の行動が、いわゆるDefenceディフェンスと呼ばれるものであると、汐は知識として知っていた。

本庄はすでに気を失っているが、深見は決して手を緩めなかった。もういい。大丈夫だと駆け寄りたかったが、深見が放っているGlareのせいでまともに動けない。

島長や他のスタッフの仲裁で、何とか場は治まったものの、他の会員は突然の出来事に混乱している。

怪我はなかったが、汐も念のため島長に付き添われて、専門の病院へ行った。サロンはしばらく何人も出入り禁止になるらしい。

「ごめ……こんな、ことになると思ってなくて」

しゃくりあげるばかりで、流暢に喋れない。仲裁に入った島長は、汐よりも傷を負っており、顔にいくつも切り傷と痣をつくっていた。

「別にへーき! 深見さん、まあまあ強かったなー……素面だったら俺が勝ってたけど」

ぽんぽんと汐の頭を撫でる島長は不服そうに言った。待合室の長ベンチに座っている、汐の隣へ島長もどかっと腰を下ろす。

「ああいうトラブルは想定してるし、俺も店の奴らもそのへんの対処は心得てるから大丈夫! だからそろそろ泣き止みなー」

つん、と消毒液の匂いが鼻につく。島長の行動に汐は目を丸くした。

「え、えっ……ちょ……」
「俺だったら絶対にそんな顔させないのに」

背中に強くまわした手が、汐に冗談だと言わせない。襟足を指で掬われて、汐はどきりとして身体を揺らした。島長の怪我の具合が分からないから、突っぱねられない。せいぜい服の袖を弱々しく引っ張るのが、精一杯だった。

「友達……がいい。瑞希とは、友達でいたい」

涙声で訴える。深見とはこれからきっと上手くいかない。せめて唯一の親友だけは失いたくないのだ。島長の好意がどれほどのものなのかは分からないが、今の心境では簡単に答えを出せない。
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