愛されSubは尽くしたい

リミル

文字の大きさ
31 / 52
愛されSubは尽くしたい

天使家

しおりを挟む
……────。


その後、汐は弁護士と一緒に示談書を確認し、書かれている内容を承諾した。治療費と慰謝料は最初に提示された額にゼロがプラスされており、これ以上の増額は見込めないと、担当の弁護士は言った。条件として、第二性は互いに秘匿とすること、動画の消去が追加されている。

事務所としては、本庄 一馬の名前を何としてでも守りたいのだろう。十年以上、手塩にかけて育てた役者なのだから。汐が入っているプレイルームの部屋番号を本庄に教えた新人バイトも含め、今回の事件は計画的で悪質だった。身体につけられた痣も徐々に消えていて、経過は良好だ。精神的にも落ち着いたのは、深見との関係が好転したからというのも大きい。

そして今日が、汐の両親と深見が顔合わせをする日だ。交際相手が男性であると話したら、ぜひ会いたいという話になり、深見も同じくご挨拶をさせて欲しいと言った。

手土産を携えた深見は、何だかいつもより口数が少ない。

「美味しい料理食べて、付き合ってますー、って言うだけだよ。誠吾さん緊張しすぎ!」
「……汐君のご両親には何度かお会いしたことがあるんだ。サロンで偶然再会したなんて。信じてもらえるかどうか」
「いやー……大丈夫でしょ! 僕のお父さん、頑固親父じゃないし」

楽観的な汐とは反対に、深見の溜め息は重くなるばかりだ。汐が玄関扉を開け、リビングにいる両親を呼んだ。

「こんにちは。あらあら、汐にはもったいないくらい素敵な人! いつもうちの汐がお世話になっております」

深見が腰を折らんばかりに頭を下げる。一間の和室に通され、深見は「つまらないものですが……」と茶菓子の詰め合わせと、桐の箱に入った酒瓶を渡す。

「うちの子、我儘で子供っぽくって、二十歳には見えないでしょう?」
「いえいえ。元気があって私はいいな、と思います。そこそこ社会人をやっている私にはないものですので」

こういう場での決まりというか習慣で、形式的に身内である汐を貶すのは分かる。でも、褒められたい性の汐には、決して聞き心地のいいものではない。それを上手く拾って、話を広げる深見は少しずつ緊張が解れてきているようだ。

深見が命の恩人であると、汐から明かすと、紗那と創一は揃って頭を下げた。正座で額を地につけそうな勢いで。

「深見 誠吾さん……ええ、覚えています。その節は本当にありがとうございました。汐からお名前を聞いたときはもしかして、と思っていたのですが。……すみません。汐には進んであのときのことは、お話していないもので」
「別にもう大丈夫だよ。何ともないから」

高い場所に物が積まれていたり、暗く身動きが取れない場所に行くと、事故の瞬間がフラッシュバックしていたが、その症状はとっくの昔に治まっている。子役時代の話も、家庭の中ではタブーというような雰囲気になり、汐はあの日から普通の男の子として育てられたのだ。

簡単に挨拶を済ませ、汐の家族と深見はリビングへ移動する。キッチンからテーブルへ、紗那のお手製の料理と取り寄せた寿司や酒が、次々と並んだ。深見と創一が互いに酒を注いでいる間、汐は紗那の手伝いをすることにした。昨夜から仕込んでいたローストビーフを切り分けながら、紗那は汐に声をかける。

「お父さんとは仲直り出来た?」
「うん。お母さんにもいろいろ迷惑かけてごめんなさい」
「やけに素直ね。どうしたの」

からかわれて汐は赤面する。こうして並んで立ったのはいつぶりだろうか。あんなに遠かった母親の頭が、汐よりも下にある。

「……親不孝でごめんね」
「何言ってるの。お母さんにとっては可愛い反抗期でした。汐がこうやって大好きな人を紹介してくれたんだから。すごく幸せなことなのよ」

サラダ菜をちぎりながら、汐は感傷に浸った。紗那に後は任せて、と言われ、汐は大皿を運び終わると、深見の横に座った。首筋がほんのりと赤くなっているのは、創一にぐいぐいと飲まされた吟醸酒と、緊張のせいだろう。

「いただいたお酒、とても美味しいよ。汐くんも飲むだろう?」
「うん。いただきます」

普段口にしているものよりも度数は高いが、飲み口は意外とあっさりしている。創一が飲んでいた銘柄を何となく覚えていて、深見に進言したのが大成功だったようだ。米焼酎は口当たりが滑らかで、まだ酒に慣れていない汐でも味を楽しめた。

「二人の馴れ初めを聞いてもいいかな」
「汐君とはDomSub専用のサロンで知り合いました。僕からClaimを前提にプロポーズをさせていただいて……」

──プロポーズ……かぁ。

DomからSubへ贈られる首輪のことをColorと呼び、これがパートナー関係を表す印になる。Claimが成立したときには、SubはColorを身につけるというのが一般的だ。同時にプレイにおける好みや躾の方法、性癖などを契約書に記し、互いにサインをする。契約書はパートナーの間柄のみの取り決めで、破ったところで罰則などはない。曖昧な関係を分かりやすく言語化した程度の代物だ。

ついこの間、創一の口から「紗那さんにプロポーズをして……」と聞いたばかりだ。遠い未来の話だと思っていたのに、今はそんな素敵な言葉で、深見と繋がっている。にやけずにはいられない。

「誠吾くんから? おかしいな……汐くんからは一回振られたと聞いていたんだが。記憶違いかな? こんなにいい子な汐くんを、こっ酷く振ったんだって?」

最後の一文に関しては、創一の主観が大いに入ってしまっているが、概ね正しい。誤解だと弁明する深見には、いつもの悠然としたオーラがない。

「私は今年で三十七、汐君は二十歳ですので……。最初のほうは丁重にお断りさせていただいたのですが……」
「誠吾くんも五十四の私よりはまだまだ若いだろう。それで、汐くんが若いから君に対して本気ではないだろうと?」
「いえいえ! そのようなことは決して……」

言葉が尻すぼみになっている。「丁重に」とは全く感じなかったが、段々と小さくなる深見には哀れんでしまう。

「いろいろあったけど、最後は誠吾さんのほうが僕より好きになってくれたんだよねー? お父さん。あんまり責めたら、僕が誠吾さんに嫌われちゃうよ……」
「いじめている訳ではないんだよ、汐くん。あぁ……ごめんね。不安にさせてしまって」

三竦みのような関係を見て、紗那はキッチンのほうで笑いを溢す。四人揃って席に着いたところで、深見は小さく咳払いをした。

「お義父さん。汐君を必ず幸せにします。恋人……そしてパートナーとして、私のことを認めていただけないでしょうか」

汐も一緒になって、創一を見つめた。やや間が空いた後に、創一が深く一礼する。

「こちらこそ、汐くんをよろしくお願いします」
「や……やったね。誠吾さん! お父さんお母さんありがとー……」

ほっと深見が一息つき、安堵の笑みを溢した。好きな人の笑顔に、汐の胸は際限なく高鳴る。

それからも会食は続き、創一と深見がそれぞれの仕事のことを話題に上げている。二人はどうやら気が合うらしい。汐にはあまり関係のない話なので、聞き手役にまわり適当に相槌を打っている。

「部署は開発か……私には縁のない世界だなぁ。深見と言ったら子供用のおもちゃで有名なところだろう」
「よくご存知ですね。後継者は兄で、私は叔父のほうの会社で経験を積んでいます。昔、汐くんにはお仕事で大変お世話になりました」
「えっ、昔……?」

何だろう。思い当たるような記憶もなく、汐は首を傾げた。

「ほら……おもちゃのコマーシャルの撮影があったじゃない。でも結局、汐じゃなくて別の子になっちゃったのよね。積み木だったかな? 重ねてトントントン……っていうやつ」

紗那が歌詞とともにメロディーを口ずさむ。聞いたことのあるようなないような。歌ったことがあるような、懐かしい歌だった。確か、気の短い女優が汐のお母さん役で、一緒に演じていた……。

「そ……そうだったの!?」
「うん。父の会社へ入ったばかりの頃、一緒にスタジオを見学させてもらってね」

言われてみれば。撮影スタジオに一般人は入れない訳だし。

──誠吾さんって、もしかして……かなりすごい人?

素性を知らなかったとはいえ、サロンで出会った初日の無礼な煽りの数々を、汐は心の中で謝罪した。言葉にするのも恥ずかしいくらい、すぐにでも忘れてしまいたい思い出だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

BL短編まとめ(現) ①

よしゆき
BL
BL短編まとめ。 冒頭にあらすじがあります。

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...