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愛されSubは尽くしたい
真相
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水族館デートの帰り道、汐は車の中で恋人同士の行為を期待していたが、深見の対応は紳士的だった。その後は特に何事もなく、深見は家の近くまで送り届けてくれた。心の準備が出来ていないので、正直ありがたかったが、強引にされてもよかった。ホテル、あるいは車の中でも……。
──誠吾さんと早くエッチしたいなぁ……。
悶々とした気持ちを抱えたまま、汐の足はサロンへと向かう。今日の目的はプレイではなく、先日の件の話し合いだ。
応接間の内装は、客が集うフロアより華美なものではない。部屋にはすでに、深見と本庄の代理の男性が席に着いていた。
「狭いところですみませんねー。コーヒーでよろしいですか?」
一様に頷くと、島長は人数分のカップを運んだ。
「いえ、お構いなく。……天使様。この度は申し訳ございませんでした。お怪我の具合は」
切り出したのは、汐の斜め左で向かい合う痩身の男だった。すっと立ち上がり、謝罪の後に名刺を汐へ渡した。黒崎と名乗った名前の男は、本庄のマネージャーを担当していると言う。
「え、いや。骨も折れてないし、大丈夫です。診断書も持ってきています」
「そうですか。今日は本庄は連れてきておりません。ご容赦ください。……ところで、支配人の方は」
「あ、俺ですけど?」
黒崎は発言した島長を二度見する。汐でさえお得意の場を和ませる冗談だと思った。
「パパ……あ、えーっと、上の人忙しくて! 代わりに俺がこの場を任されてまーす。だから、俺の言葉はパパの意思ってことで」
黒崎は怪訝そうな顔をしながらも「分かりました」と了承する。肉親ではなくて、島長を可愛がっているバパのことだよなぁ、と汐は密かに思ったが口にはしない。
治療費、慰謝料は弁護士と協議した上で支払うというのが黒崎の申し出だった。汐のほうにも起訴をする意思がなかったため、示談で落ち着いた。
「それと本庄がDomであることは、口外しないでいただけませんか。もちろん、天使様の第二性についても、こちらは一切口外致しません」
「どうしようかなー……」
子供っぽい態度に、黒崎の顔色が変わる。
「今回の件に関しては……私怨とでもいうのでしょうか。本庄の軽率な行動が原因ですが。……天使様の態度にも問題があったのではないでしょうか。サロンではDomを煽り、CommandやGlareを出させていたと証言を得ています。間違いないですね?」
汐ではなく、島長のほうへ視線を向ける。島長が肯定すると、黒崎は口元に微笑を浮かべた。
「……僕が誘ったって言いたいわけ?」
「その場の証拠がありませんので、私からは何とも」
夜な夜な男漁りをしているんだろう、と、言いたげな顔だ。
「まあまあ。黒崎さんは証拠が欲しいんだ? いいの? ちょっとショッキングな映像になっちゃうけど」
「……映像、ですか? 監視カメラの類はないと……」
「えぇ? 誰に聞いたのそれ。……ああ、もしかして、ここの新人で本庄さんの彼氏だったりする人?」
しん……と、沈黙が降りる。ややあって素知らぬ返事がきたが、島長は相手にせず進める。
「この界隈、同業者とか人の入れ替わりも多いから。まあ、そこらへん仕切ったり始末するのが、俺の役目でパパからの言いつけな訳だけど。入って初日で汐のことと、監視カメラの位置聞いてくる新人に、俺が本当のこと教える訳ないじゃーん……」
始末とは何だ、と突っ込まずにはいられないが、知らないほうがいい世界もあるのだろう。優位に立った島長はえらく饒舌だ。島長はスマートフォンをテーブルの真ん中へ滑らせた。再生された動画には、やや不鮮明ではあるが汐と本庄、そして本庄の後ろに隠れる男が映っている。話の流れからすると、汐が顔を確認する前に去っていった男が、島長の言う新人というところだろう。合意なく、汐にCommandを放ったところで、島長は動画を止めた。
「プレイルームに監視カメラはさすがについてないけどね。交際関係はもっと厳しくしないと……ね? マネージャーさん? あはは、ついでに言うと、新人ちゃんは俺がつまみ食いしちゃったので、本庄さんに謝罪をお伝えくださいねー」
その後の深見との交渉も忘れ、黒崎は逃げるようにして部屋を出て行った。汐と島長は顔を見合わせると、堪えきれずに爆笑してしまった。
「尻尾巻いて逃げていったねぇ」
「勝ち誇った顔してたねぇ」
監視カメラに、プレイルームに入るまでの映像なら残っていると、事前に島長から聞いていたのだ。オーナーがパパであることや、島長が以前付き合っていると紹介した新人が、本庄と繋がっていることは、全くの初耳だったが。
「深見さんすみませんー。せっかく来ていただいたのに。ボコボコにしたとはいえ、本庄って奴の手口もなかなかに悪質だったんで。まあ、でも。十〇にはならないかなぁ」
「弁護士同士で話を進めていて、こちらも示談になりそうだ。こちらこそ、お店に迷惑をかけてしまって申し訳ない」
「俺も今回はちょっと泳がせすぎたかなー、って反省してます。パパにも怒られたし」
汐は改めて島長に向かい合い、頭を下げた。
「瑞希。ありがとう。僕一人だったら泣き寝入りしてたかも」
「あらあら? 最近の汐って素直過ぎない? すっかりいい子になっちゃって……。深見さんの調教のおかげかなー?」
「は……はっ!? 何言ってんの?」
汐が慌てふためいたことで、島長は確信したらしい。にやついた顔を見て、お礼は個人的に後で言えばよかったと後悔する。
「まだまだこれからだよね? 汐君」
──この人達、すっごく怖いんですけど……。
汐に対して頑なに、思わせぶりな態度や隙を見せなかった深見が、至極甘い。深見の言うとおり、Claim前提のお付き合いは始まったばかりだ。
──誠吾さんと早くエッチしたいなぁ……。
悶々とした気持ちを抱えたまま、汐の足はサロンへと向かう。今日の目的はプレイではなく、先日の件の話し合いだ。
応接間の内装は、客が集うフロアより華美なものではない。部屋にはすでに、深見と本庄の代理の男性が席に着いていた。
「狭いところですみませんねー。コーヒーでよろしいですか?」
一様に頷くと、島長は人数分のカップを運んだ。
「いえ、お構いなく。……天使様。この度は申し訳ございませんでした。お怪我の具合は」
切り出したのは、汐の斜め左で向かい合う痩身の男だった。すっと立ち上がり、謝罪の後に名刺を汐へ渡した。黒崎と名乗った名前の男は、本庄のマネージャーを担当していると言う。
「え、いや。骨も折れてないし、大丈夫です。診断書も持ってきています」
「そうですか。今日は本庄は連れてきておりません。ご容赦ください。……ところで、支配人の方は」
「あ、俺ですけど?」
黒崎は発言した島長を二度見する。汐でさえお得意の場を和ませる冗談だと思った。
「パパ……あ、えーっと、上の人忙しくて! 代わりに俺がこの場を任されてまーす。だから、俺の言葉はパパの意思ってことで」
黒崎は怪訝そうな顔をしながらも「分かりました」と了承する。肉親ではなくて、島長を可愛がっているバパのことだよなぁ、と汐は密かに思ったが口にはしない。
治療費、慰謝料は弁護士と協議した上で支払うというのが黒崎の申し出だった。汐のほうにも起訴をする意思がなかったため、示談で落ち着いた。
「それと本庄がDomであることは、口外しないでいただけませんか。もちろん、天使様の第二性についても、こちらは一切口外致しません」
「どうしようかなー……」
子供っぽい態度に、黒崎の顔色が変わる。
「今回の件に関しては……私怨とでもいうのでしょうか。本庄の軽率な行動が原因ですが。……天使様の態度にも問題があったのではないでしょうか。サロンではDomを煽り、CommandやGlareを出させていたと証言を得ています。間違いないですね?」
汐ではなく、島長のほうへ視線を向ける。島長が肯定すると、黒崎は口元に微笑を浮かべた。
「……僕が誘ったって言いたいわけ?」
「その場の証拠がありませんので、私からは何とも」
夜な夜な男漁りをしているんだろう、と、言いたげな顔だ。
「まあまあ。黒崎さんは証拠が欲しいんだ? いいの? ちょっとショッキングな映像になっちゃうけど」
「……映像、ですか? 監視カメラの類はないと……」
「えぇ? 誰に聞いたのそれ。……ああ、もしかして、ここの新人で本庄さんの彼氏だったりする人?」
しん……と、沈黙が降りる。ややあって素知らぬ返事がきたが、島長は相手にせず進める。
「この界隈、同業者とか人の入れ替わりも多いから。まあ、そこらへん仕切ったり始末するのが、俺の役目でパパからの言いつけな訳だけど。入って初日で汐のことと、監視カメラの位置聞いてくる新人に、俺が本当のこと教える訳ないじゃーん……」
始末とは何だ、と突っ込まずにはいられないが、知らないほうがいい世界もあるのだろう。優位に立った島長はえらく饒舌だ。島長はスマートフォンをテーブルの真ん中へ滑らせた。再生された動画には、やや不鮮明ではあるが汐と本庄、そして本庄の後ろに隠れる男が映っている。話の流れからすると、汐が顔を確認する前に去っていった男が、島長の言う新人というところだろう。合意なく、汐にCommandを放ったところで、島長は動画を止めた。
「プレイルームに監視カメラはさすがについてないけどね。交際関係はもっと厳しくしないと……ね? マネージャーさん? あはは、ついでに言うと、新人ちゃんは俺がつまみ食いしちゃったので、本庄さんに謝罪をお伝えくださいねー」
その後の深見との交渉も忘れ、黒崎は逃げるようにして部屋を出て行った。汐と島長は顔を見合わせると、堪えきれずに爆笑してしまった。
「尻尾巻いて逃げていったねぇ」
「勝ち誇った顔してたねぇ」
監視カメラに、プレイルームに入るまでの映像なら残っていると、事前に島長から聞いていたのだ。オーナーがパパであることや、島長が以前付き合っていると紹介した新人が、本庄と繋がっていることは、全くの初耳だったが。
「深見さんすみませんー。せっかく来ていただいたのに。ボコボコにしたとはいえ、本庄って奴の手口もなかなかに悪質だったんで。まあ、でも。十〇にはならないかなぁ」
「弁護士同士で話を進めていて、こちらも示談になりそうだ。こちらこそ、お店に迷惑をかけてしまって申し訳ない」
「俺も今回はちょっと泳がせすぎたかなー、って反省してます。パパにも怒られたし」
汐は改めて島長に向かい合い、頭を下げた。
「瑞希。ありがとう。僕一人だったら泣き寝入りしてたかも」
「あらあら? 最近の汐って素直過ぎない? すっかりいい子になっちゃって……。深見さんの調教のおかげかなー?」
「は……はっ!? 何言ってんの?」
汐が慌てふためいたことで、島長は確信したらしい。にやついた顔を見て、お礼は個人的に後で言えばよかったと後悔する。
「まだまだこれからだよね? 汐君」
──この人達、すっごく怖いんですけど……。
汐に対して頑なに、思わせぶりな態度や隙を見せなかった深見が、至極甘い。深見の言うとおり、Claim前提のお付き合いは始まったばかりだ。
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