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愛されSubは尽くしたい
水族館デート3
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アクリルガラスの水槽トンネルを抜けて、汐達はイルカショーの会場へ着いた。一番濡れる前席だけぽつりと空いており、そこへ座る。
「……大丈夫か?」
「濡れてもすぐ乾くでしょ」
心配する深見に、イルカ達はたっぷりの水を容赦なく浴びせてくる。十メートル上にあるボールを、難なく鼻先でタッチする。飛沫が波のように襲いかかり、汐と深見は盛大に濡れてしまった。髪までしとどに濡らした深見と顔を見合わせて、お互いにぷっと吹き出した。
「めちゃくちゃ濡れたーっ」
腹を抱えて汐は笑った。
「イルカはやっぱり賢いね。ペンギンとは全然違う」
「……そうか?」
服を乾かしがてら外を歩いた後、汐達はショップへ入った。汐は先ほどのイルカのぬいぐるみ売り場へ直行する。深見はペンギンのぬいぐるみをまじまじと見つめている。汐にとっては因縁の相手だ。
「可愛い、よく出来てる。汐君よくモテてたな」
「別に好かれてないよ。餌だって思われてた。完全に」
深見がぬいぐるみに興味津々だったのが意外だった。見ているだけだと思ったら、二つをぽんと汐の持っているカゴに入れて、深見が代わりにそれを持った。
「え、買うの?」
「買うよ? 汐君はイルカがお気に入りなんだっけ」
イルカのサイズを見て深見は真剣に悩んでいる。
「汐君はどれがいい?」
「え……こんな大きいの、部屋に置けないよ」
「はは。じゃあ、小さいのにするか」
「えっ、え……。ちょっと待って!」
深見は不思議そうな顔をして、手乗りサイズのイルカを両手に持っている。汐は視線を落としながら、小さく「いらない」と言った。
──こんな、捨てられないのに。見たら辛くなるのに。
汐とは付き合わないのだから、同じものを揃えても無意味なはずなのに。汐には深見の行動が理解出来なかった。
「僕からプレゼントするよ」
「いら……ない。誠吾さん、別に無理しなくていいよ。何か、いろいろ、合わせてくれるのとか」
「何だそれ。汐君は僕が大人だからいろいろと我慢しているとでも? これでも好き嫌いははっきりしている性格なんだ」
でも、嫌いじゃなくても、好きじゃないんでしょ?
よほど暗い顔をしていたのだろう。深見はイルカのぬいぐるみを戻して、クッキーの詰め合わせを買った。汐も家族用に同じものを。
スマートフォンのデジタル時計は、五時過ぎを表示している。ぼちぼち帰り出す人の足と同じ方向へ、汐達も続いた。
「今日は楽しかったな。あっという間だった」
「うん……」
本当にあっという間だった。夏の夕暮れ時は長く、沈みそうな太陽が空に赤く濃い色を残している。車にお土産を詰め込んでから、海の景色を眺めるために歩いた。髪が乱れるくらいに風が強い。
「昔、小さいとき。ここに住んでたんだ。あんまり覚えてないけど」
あなたがお腹の中にいるとき、お父さんと一緒に波の音を聞かせていた。紗那は時々ふと思い出したように、汐に語っていた。
「今日はありがとう。誠吾さんと、デート……みたいな? すごく嬉しかった……手とか、繋げばよかったなぁ。何、言ってんだろ……」
──やっぱり、好きって言えないな。困らせたくない。
上手く飲み込めない。あれほど簡単に言えていた言葉が、もう出て来ない。深見を困らせたくない、なんて建前で、本当はまた今日みたいに出かけられたら。今くらいの関係でいい。……だってもう、深見の恋人にはなれないのだから。
寄せては返す波と同じように、汐の心に留めた決意と想いもふわふわと揺らぐ。
「あの時、嘘でもパートナーだ、って言ってもらえて。幸せだった」
隣りにいる深見の顔が見上げられない。汐はぐすっと鼻を鳴らし、肩の袖で落ちてくる雫を拭った。
「汐君」
好きじゃないんだ。だから、深見のことを諦められるように努力したい。
「Claimを前提に、僕とお付き合いをしてくれないか」
「え……?」
思わぬ言葉に、汐は泣いている顔を隠すことも忘れ、深見のほうを見る。片膝をつき、深見は汐の手を取る。
Claimとは、DomがSubに首輪を贈る行為のことだ。同時に契約書を交わし、公的な機関に届けることによって、正式にパートナーとして認められる。
「……だって。誠吾さんは、僕とは付き合わないし、パートナーにはならないって。だから、もう好きになるのはやめようって……思ってたのに」
「……撤回させてくれ。子供みたいに喚いて、申し訳なかった。確かに最初はそう思ってたんだ。まさか復讐されるんじゃないかって。僕が汐君を心の底から好きになったときに、突然いなくなるんじゃないかと……」
「あははっ。何それ……そんなに演技、上手くないよ」
嘘みたいだ。深見は跪きながらも、汐を逃さないとばかりに手を強く握っている。痺れるくらいに痛い。Domから与えられるものが痛みでも幸福に変わると、教えてくれたのは深見だ。
「僕は汐君の夢を潰してしまった。僕一人なんかでは代えが効かないほどの。……いつか、やっぱり役者の道を諦めなければよかったと、汐君はいうかもしれない」
「そんなの……言わないよ」
「可能性はゼロではないだろう。汐君にそう言われたら立ち直れないかもしれない。けれど僕は、そうなっても汐君を好きでいられる。いさせてくれ。……やっと覚悟が出来た」
「誠吾さん。結構重いね……」
汐が思わず漏らすと、深見は口を噤んでしまう。その場でしゃがみ、汐は深見と同じ目線で、ずっと言えなかった言葉を口にする。
「僕も好き。だからね……僕の恋人とパートナーになって欲しい」
「こちらこそ」
迷いのない深見の返答に、汐は感極まってえんえんと大声で泣いてしまった。何度も繰り返す波の音が心地よい。深見にぎゅう、と抱きつくとそれ以上の力強さで、抱きしめ返してくれる。涙の跡は、海の向こう側から吹いてくる潮風で、分からなくなった。
「僕、誠吾さんとはこれで最後なんだー、って思いながらお魚見てたんだよ。会ったとき最初に告白して欲しかったなぁ」
「それは……申し訳ない。態度で示していたつもりなんだが」
安心したせいか、汐はデートの内容やら告白のタイミングについてダメ出しをする。僕のほうこそ汐君には愛想をつかされていると思っていたから。深見がいちいち真面目に回答するのが面白い。
「じゃあ、今からは恋人だから、ちゃんと好きって言ってね。……好き」
小声で伝えた汐の「好き」は、間髪入れずに放った「好きだよ」に簡単にかき消されてしまう。こそばゆい気持ちの中、汐は深見の腕に寄り添った。
「……大丈夫か?」
「濡れてもすぐ乾くでしょ」
心配する深見に、イルカ達はたっぷりの水を容赦なく浴びせてくる。十メートル上にあるボールを、難なく鼻先でタッチする。飛沫が波のように襲いかかり、汐と深見は盛大に濡れてしまった。髪までしとどに濡らした深見と顔を見合わせて、お互いにぷっと吹き出した。
「めちゃくちゃ濡れたーっ」
腹を抱えて汐は笑った。
「イルカはやっぱり賢いね。ペンギンとは全然違う」
「……そうか?」
服を乾かしがてら外を歩いた後、汐達はショップへ入った。汐は先ほどのイルカのぬいぐるみ売り場へ直行する。深見はペンギンのぬいぐるみをまじまじと見つめている。汐にとっては因縁の相手だ。
「可愛い、よく出来てる。汐君よくモテてたな」
「別に好かれてないよ。餌だって思われてた。完全に」
深見がぬいぐるみに興味津々だったのが意外だった。見ているだけだと思ったら、二つをぽんと汐の持っているカゴに入れて、深見が代わりにそれを持った。
「え、買うの?」
「買うよ? 汐君はイルカがお気に入りなんだっけ」
イルカのサイズを見て深見は真剣に悩んでいる。
「汐君はどれがいい?」
「え……こんな大きいの、部屋に置けないよ」
「はは。じゃあ、小さいのにするか」
「えっ、え……。ちょっと待って!」
深見は不思議そうな顔をして、手乗りサイズのイルカを両手に持っている。汐は視線を落としながら、小さく「いらない」と言った。
──こんな、捨てられないのに。見たら辛くなるのに。
汐とは付き合わないのだから、同じものを揃えても無意味なはずなのに。汐には深見の行動が理解出来なかった。
「僕からプレゼントするよ」
「いら……ない。誠吾さん、別に無理しなくていいよ。何か、いろいろ、合わせてくれるのとか」
「何だそれ。汐君は僕が大人だからいろいろと我慢しているとでも? これでも好き嫌いははっきりしている性格なんだ」
でも、嫌いじゃなくても、好きじゃないんでしょ?
よほど暗い顔をしていたのだろう。深見はイルカのぬいぐるみを戻して、クッキーの詰め合わせを買った。汐も家族用に同じものを。
スマートフォンのデジタル時計は、五時過ぎを表示している。ぼちぼち帰り出す人の足と同じ方向へ、汐達も続いた。
「今日は楽しかったな。あっという間だった」
「うん……」
本当にあっという間だった。夏の夕暮れ時は長く、沈みそうな太陽が空に赤く濃い色を残している。車にお土産を詰め込んでから、海の景色を眺めるために歩いた。髪が乱れるくらいに風が強い。
「昔、小さいとき。ここに住んでたんだ。あんまり覚えてないけど」
あなたがお腹の中にいるとき、お父さんと一緒に波の音を聞かせていた。紗那は時々ふと思い出したように、汐に語っていた。
「今日はありがとう。誠吾さんと、デート……みたいな? すごく嬉しかった……手とか、繋げばよかったなぁ。何、言ってんだろ……」
──やっぱり、好きって言えないな。困らせたくない。
上手く飲み込めない。あれほど簡単に言えていた言葉が、もう出て来ない。深見を困らせたくない、なんて建前で、本当はまた今日みたいに出かけられたら。今くらいの関係でいい。……だってもう、深見の恋人にはなれないのだから。
寄せては返す波と同じように、汐の心に留めた決意と想いもふわふわと揺らぐ。
「あの時、嘘でもパートナーだ、って言ってもらえて。幸せだった」
隣りにいる深見の顔が見上げられない。汐はぐすっと鼻を鳴らし、肩の袖で落ちてくる雫を拭った。
「汐君」
好きじゃないんだ。だから、深見のことを諦められるように努力したい。
「Claimを前提に、僕とお付き合いをしてくれないか」
「え……?」
思わぬ言葉に、汐は泣いている顔を隠すことも忘れ、深見のほうを見る。片膝をつき、深見は汐の手を取る。
Claimとは、DomがSubに首輪を贈る行為のことだ。同時に契約書を交わし、公的な機関に届けることによって、正式にパートナーとして認められる。
「……だって。誠吾さんは、僕とは付き合わないし、パートナーにはならないって。だから、もう好きになるのはやめようって……思ってたのに」
「……撤回させてくれ。子供みたいに喚いて、申し訳なかった。確かに最初はそう思ってたんだ。まさか復讐されるんじゃないかって。僕が汐君を心の底から好きになったときに、突然いなくなるんじゃないかと……」
「あははっ。何それ……そんなに演技、上手くないよ」
嘘みたいだ。深見は跪きながらも、汐を逃さないとばかりに手を強く握っている。痺れるくらいに痛い。Domから与えられるものが痛みでも幸福に変わると、教えてくれたのは深見だ。
「僕は汐君の夢を潰してしまった。僕一人なんかでは代えが効かないほどの。……いつか、やっぱり役者の道を諦めなければよかったと、汐君はいうかもしれない」
「そんなの……言わないよ」
「可能性はゼロではないだろう。汐君にそう言われたら立ち直れないかもしれない。けれど僕は、そうなっても汐君を好きでいられる。いさせてくれ。……やっと覚悟が出来た」
「誠吾さん。結構重いね……」
汐が思わず漏らすと、深見は口を噤んでしまう。その場でしゃがみ、汐は深見と同じ目線で、ずっと言えなかった言葉を口にする。
「僕も好き。だからね……僕の恋人とパートナーになって欲しい」
「こちらこそ」
迷いのない深見の返答に、汐は感極まってえんえんと大声で泣いてしまった。何度も繰り返す波の音が心地よい。深見にぎゅう、と抱きつくとそれ以上の力強さで、抱きしめ返してくれる。涙の跡は、海の向こう側から吹いてくる潮風で、分からなくなった。
「僕、誠吾さんとはこれで最後なんだー、って思いながらお魚見てたんだよ。会ったとき最初に告白して欲しかったなぁ」
「それは……申し訳ない。態度で示していたつもりなんだが」
安心したせいか、汐はデートの内容やら告白のタイミングについてダメ出しをする。僕のほうこそ汐君には愛想をつかされていると思っていたから。深見がいちいち真面目に回答するのが面白い。
「じゃあ、今からは恋人だから、ちゃんと好きって言ってね。……好き」
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