令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った

しそみょうが

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領地でお父様から政について教わっているイーライ様と僕には決まった休日はこれといってなく、事前申告制だ。

イーライ様に近衛の衣装を披露した次の日、僕達は憧れだったお忍びデートを敢行するために、そろって休暇を取っていた。

隣国で夜な夜な街に繰り出しては悪い人を捕まえていたイーライ様が平民風の服をたくさん持っていたから、新しい服をわざわざ買うのももったいないなと思った僕は、シンプルなシャツとパンツの上下を借してもらうことにした。

服はイーライ様が選んでくれた。

彼の服も僕が着ているのと形が同じだけど少しだけ色味が違う上下で、これは日本のテレビで見たリンクコーデってやつだ!と僕は内心で大興奮していた。考えてみたら誰かと街中をデートするのも前世と今世を通じて生まれて初めての経験だ。

「アシュリー。認識阻害の魔法を解除しても良いだろうか」

「えっ。はい。何か不都合がありましたか?」

お忍びということで、国民の誰もにご尊顔が知れ渡っているイーライ様にはハンチング帽を目深にかぶってもらっていたけれど、そんな小細工ごときで彼の美貌とオーラは隠せなかった。

街の中を歩いていても、ぶらりとお店に立ち寄っても、周囲の視線が全方位から突き刺さって全然お忍びにならなかったので、イーライ様がご自分の顔に認識阻害の魔法をかけられた。

するとたちまち僕達は街の中に溶け込むことができて、念願のお忍びデートを満喫できたのだった。

国中にお顔が知れ渡っているイーライ様と違って、僕はそこまで有名人じゃない。いちおう伴侶として何度か新聞に絵姿が載ったけれど、それは婚礼衣装や近衛の制服姿だったから、今日みたいな平民コーデをしていると『あの人、王子様と結婚した人に似てない?』みたいな感じでチラ見される程度で済むのだ。

結婚式は領地で挙げたので領民には顔は知られているけれど、今日はイーライ様の転移魔法で王都に来ているから僕の認知度はかなり低い。

「アシュリー。ひとまずこの路地に入ろう」

人気の無い路地に入るとすぐ、イーライ様はご自身にかけていた認識阻害の魔法を解いた。

「私だけ認識を阻害すると君に秋波を送る者が後を絶たないからな」

「ちょっと声をかけられただけですよ。秋波というほどでは⋯」

イーライ様が認識阻害の魔法を用いる前は、元王族にお声をかけるのは恐れ多いのか、遠巻きに見られたりカメラみたいな魔道具で隠し撮りされるだけだったけれど、僕の顔だけが認識されるようになると女の子や、たまに男の人からお茶に誘われることがちょこちょこあった。

「アシュリーは1人で街を歩いてはいけない。君の魅力に民が惹き寄せられてしまう」

「えっと、気軽に声をかけやすいだけだと思います」

あの人『ちょっと』良くない?とか、君『けっこう』かわいいね~なんて言われることが多い。決して『すごく』じゃないところが僕に声をかけやすいポイントなのだ。

「やはり護衛を付けるべきだろうか⋯⋯いやしかし、その者がアシュリーに懸想しない確証はどこにもない」

僕も子どもの頃は侍女と護衛騎士が付いていたけど、こんな風に育ってゆく過程で、お父様が僕の秘密を保持するために彼らには良い勤め先を斡旋してくれて、それ以来僕にお付きの人はいなかった。

「僕には誰よりも頼り甲斐のある旦那様がいますから護衛は必要ないですよ」

「アシュリー⋯そのような可愛いらしいことを言われてしまっては早く屋敷に帰りたくなるよ」

僕の肩を抱いてこめかみにキスするイーライ様。

「ふふっ。それじゃあそろそろ帰りましょうか。今日はすごく楽しかったです」

「⋯⋯そうしたいのは山々だが、最後にどうしても寄らねばならぬ場所があるんだ」




イーライ様に腰を抱かれて歩いて向かった先は大きな書店だった。

「ここは王都一の大店なんだ」

イーライ様が迷いのない足取りで店の奥に進んで行き着いた先にあったのは官能小説のコーナーで、そこには王子と近衛騎士のロマンスを題材とした、ありとあらゆる官能小説が取り揃っていた。

「⋯⋯イーライ様、これって」

「私と君をモデルに書かれたものだよ。我々の婚姻は新聞等で大々的に報じられただろう?今が商機とばかりに続々と出版されているらしい」

「それは、商魂逞しいと言いますか⋯⋯僕達の結婚で経済が回ることは喜ばしいですけど⋯⋯」

喜ばしいけれど、シンプルに恥ずかしい。

国民にも僕はアシュリー本人であると、領民達に説明したのと同じに発表されたものの、僕の見た目が完ぺきに男なせいか、ここにあるのは全てボーイズラブ小説のようだ。

この国の法律ではいかがわしいイラスト等を本の表紙にするのは禁じられているそうで、その代わりにエッチな本には帯にびっしりあらすじが書かれてあり、読者はそれを参考に買いたい本を選ぶとのことだ。

本を手に取り真剣に帯の文を読み込んでいるイーライ様を、ちょっと離れた本棚の影から店長らしきおじさんがハラハラした様子でうかがっている。本の発禁とか、お店がお取り潰しになるんじゃないかと心配しているのかもしれない。

違うんです店長さん。官能小説はイーライ様にとっては留学中に苦楽を共にした戦友であり、新たな閨の知識を教えてくれる先生みたいなものなんです。僕の見た目が令嬢じゃなくなったので今の僕に合わせてアップデートしに、新たな本を求めに来たんだと思います⋯⋯と、恐れ慄く店長さんにできることなら教えてあげたい。

「アシュリー。この『くっ殺』とは何のことだろうか。あらすじには『王子を庇い敵国の兵に攫われた近衛騎士は饐えた匂いの立ち込める薄汚い地下牢で手足を鎖に繋がれた。そこへ現れる下卑た笑みを浮かべた敵兵達。美しい近衛騎士を待ち受ける運命は如何に──!?』とある」

「っ⋯そ、れはっ、イーライ様が絶対読んじゃダメな感じのやつですっ」

僕はイーライ様の手から本をそっと抜き取って元あった場所に戻した。戻すときにチラっと見えた帯には【くっ殺作品の金字塔!!】と大きな文字で書かれていた。

くっころって、あれだ。騎士が敵兵やならず者やゴブリンやオーク等々に捕まりあれやこれや酷い系のエッチな目にあって、その屈辱から「くっ⋯殺せ⋯!」って言うセリフの略だ。前世の電子書籍サイトのエッチな漫画の試し読みで見たから知っている。

当て馬がたった1人だけ出てくる官能小説でも受け付けないイーライ様が、僕をモデルにしたキャラが複数人に無理やりあれこれされてしまう小説なんて読んだら絶対ダメな気がする。

「イーライ様は、絶っっ対に読んだらダメです」

「アシュリーがそこまで念押しするとは珍しいな。では別の作品を購入することにしよう」

冷や汗が止まらない様子の店長さんにイーライ様が選び抜いた5冊をお会計してもらい、僕達は領地の屋敷に帰った。官能小説コーナーにお客さんが誰もいなくてよかった。


◇◇◇◇


数日後。

僕が屋敷の廊下を自室に向かって歩いていると、イーライ様のお部屋のほうから彼の魔力が暴走している気配を感じた。

「大丈夫ですか!?」

僕が部屋に駆け込むと、執務机の前で床にうずくまっているイーライ様の周りに、おどろおどろしい雰囲気の魔力が渦を巻いていた。彼は苦しげな表情で僕を見ると

「っ⋯アシュリー⋯⋯すまないが、私は少し出かけてくる」

と言い残してどこかに転移して行ってしまった。

彼がうずくまっていた場所に落ちていた本を拾いあげると、あの【くっ殺作品の金字塔】だった。どうやら好奇心に負けて密かに購入して読んでしまったみたいだ。

「イーライ様⋯⋯」

数時間後、ひどく憔悴した様子のイーライ様が帰ってきた。どこに転移していたのか訊ねたら隣国で、かの国には滅多に雨が降らず川も流れていない広大な荒れ地があって、留学中に魔力が極限まで暴走しそうになったときはその場所で魔力を放出していたのだそうだ。

くっ殺はやっぱりイーライ様にとって地雷だった。僕は2度と同じ悲劇を繰り返さないよう、小説を机の引き出しの奥深くに仕舞った。

けれどその翌月──くっ殺小説よりもイーライ様の心をかき乱す存在に、僕達は数年ぶりに遭遇することになる。僕の幼馴染である、デュケイン公爵家のヨシュアだ。




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