令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った

しそみょうが

文字の大きさ
10 / 16

幼馴染はもっと地雷①

しおりを挟む


「いいかい、アシュリー。決して1人きりになってはいけないよ。常に誰かと行動を共にして、身の危険を感じたら指輪の宝石に魔力を込めて私を呼ぶんだ。何をおいても駆けつけるから」

こんなに不安げなイーライ様を見るのは初めてかもしれない。国中に僕とイーライ様の不仲説が駆けめぐってから、今夜が初めての夜会だ。

第1王女のマリエル様と友好国の第3王子の婚約を披露する夜会なので、王城には大勢の招待客が集まっている。馬車を降りてからずっと、僕達は周囲からの好奇に満ちた視線にさらされていた。

僕達がお揃いの夜会服に互いの色の宝石を身に着け、さらに熱い抱擁にキスまで交わしていても、周りからは「あれは不仲説を払拭するためのポーズなのだわ」なんて囁き声しか聞こえないくらい、僕達の不仲説は信憑性が高いようだった。

僕を抱きしめたあと名残り惜しげに身体を離すイーライ様。彼を安心させてあげなければ。

「大丈夫ですよイーライ様!いちおう僕も元騎士ですから、怪しい輩が近寄ってきたら捕まえてごらんにいれます!」

「アシュリー。怪しい輩が近寄ってきたと気づいたらその瞬間に私を呼んでくれ。⋯⋯それからデュケイン卿が近寄ってきた瞬間にもだ。デュケイン卿に限っては、彼が視界に見切れた瞬間に私を呼ぶんだ。いいね?アシュリー」

「は、はい。わかりました。そうします」

イーライ様は僕にそう言い含めると、隣国の重鎮との歓談に向かわれた。

出会った頃から何時いかなる時でも穏やかで、誰かに嫌な態度を取るなんてことは決してないイーライ様だけれど、そんな彼にもたった1人だけ因縁の相手がいる。

デュケイン公爵家の嫡男のヨシュアといって、彼は王女のマリエル様と僕の幼馴染だ。


◇◇◇◇


デュケイン公爵家には先代の陛下の妹王女が嫁がれていて、ヨシュアは僕とマリエル様の又従兄弟にあたる。僕達3人は全員が同い年で身分も近い親戚同士だったから、物心ついてしばらくした頃から3人でよく遊んでいた。

マリエル様とヨシュアはイーライ様と同じ色合いの金髪碧眼で、マリエル様はご姉弟だからかイーライ様に似た秀麗なお顔立ちだ。ヨシュアは整っているけど鋭い釣り眼で口角下がり気味の不機嫌そうな顔をしていて、実際にいつも不機嫌だった。

「もう1回!もう1回しょうぶだ!おれがかつまでやるんだっ!」

「ヨシュアがそう言ってから、このゲームは12回目になるわ。いいかげんあきてしまったのだけれど。そろそろべつなあそびをしましょ。ねえ?アシュリーもそう思うわよね?」

「イヤだーっ!!おれはまだ1回もかってないっ!!」

「みぐるしくってよヨシュア。かりにもこうしゃくけのれいそくが」

「みぐるしくないっ!!バーカバーカ!!マリエルのぶすっ!!」

際限のないヨシュアのワガママに、それまで我慢していたマリエル様が限界をむかえて、魔法で出した野球ボール大の水球をヨシュアの顔面にぶつける。それでヨシュアが大泣きしてお開きになるのが幼児の頃の僕らの日常だった。

マリエル様はイーライ様の異母姉弟だけあって、4歳とは思えないほど魔力のコントロールが絶妙だった。怪我はしないけれど確実に痛みを与える出力の水球を、いつもヨシュアの顔面ど真ん中にぶち当てていた。

マリエル様は次代の国主として育てられているというものあるけれど、精神的にも年齢より大人びているところもイーライ様によく似ていた。普通の4歳児がヨシュアと引き合わされたら開始5分で取っ組み合いのケンカになって、遊ぶどころじゃなかっただろう。



「すまぬなアシュリー!待望の嫡男だからと祖父母と妻が甘やかしてしまってな」

その頃には前世の記憶がうっすらと蘇っていた僕。

前世で苦学生だったのは、弟や妹がたくさんいたのもあった気がする。大学に通うために家を出る前は、勉強や家事やアルバイトのかたわらに、常に乳幼児のお世話をしていた記憶がおぼろげにある。家族仲は良好だったような⋯ただはっきりとした数はおぼえてないけれど、家族の人数がとにかくすごく多かった。

乳幼児のお世話に慣れていて、ワガママ三昧なヨシュアと半日近く遊んでいても怒らない稀有な子どもの僕は、恰好の遊び相手としてデュケイン公爵にロックオンされていた。デュケイン公爵がうちにしょっちゅうヨシュアを連れて来るものだから、2人で遊ぶこともよくあった。

ヨシュアは甘やかされて育った高位貴族子息の典型みたいな4歳児だったけれど、イヤイヤ期の2歳児だった前世の末弟みたいで懐かしく思って接していた。その時はヨシュアにも子どもらしい素直なところもまだあったし。

「な、なあアシュリー。アシュリーには『こんやくしゃ』ってやつはいるのか?」

「婚約者?まだいないよ。ヨシュアはいるの?」

「おれもまだいない。だけど、おばあさまがマリエルとこんやくしろってうるさいんだ。おれはいやなのに」

「どうして?マリエル様はすごくお綺麗じゃない」

「あんなれいこくなおんなはイヤだ!おれはきだてのいいおんながすきなんだ!」

「それはヨシュアがワガママばっかり言うから⋯マリエル様はお優しい方なんだよ?本当は」

「マリエルのことはどうでもいい!なあアシュリー。アシュリーとおれがこんやくするのはどうだろうか」

「へ?私とヨシュアが?どっちも嫡子だからムリだと思うよ」

僕の言葉にかつてないギャン泣きを披露したヨシュアは、その日以来すっかりひねくれた性格になった。会えば僕に憎々しげな悪態をついたり髪をひっぱったりするヨシュアに怒ったお父様によって、彼は僕への接近が禁止された。

あのとき僕はヨシュアにプロポーズされていたのかも?と気がついたのは数年が経ってからだ。悪気がなかったとはいえ、幼児だったヨシュアの初恋を容赦なく打ち砕いて可哀想なことをしてしまったと思う。

接近禁止だったヨシュアと僕が久しぶりに再会したのは、それから数年後の僕とイーライ様の婚約発表パーティーの日だった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました

藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。 (あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。 ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。 しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。 気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は── 異世界転生ラブラブコメディです。 ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。

悪役令息に転生したので婚約破棄を受け入れます

藍沢真啓/庚あき
BL
BLゲームの世界に転生してしまったキルシェ・セントリア公爵子息は、物語のクライマックスといえる断罪劇で逆転を狙うことにした。 それは長い時間をかけて、隠し攻略対象者や、婚約者だった第二王子ダグラスの兄であるアレクサンドリアを仲間にひきれることにした。 それでバッドエンドは逃れたはずだった。だが、キルシェに訪れたのは物語になかった展開で…… 4/2の春庭にて頒布する「悪役令息溺愛アンソロジー」の告知のために書き下ろした悪役令息ものです。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

ヤンデレ王子と哀れなおっさん辺境伯 恋も人生も二度目なら

音無野ウサギ
BL
ある日おっさん辺境伯ゲオハルトは美貌の第三王子リヒトにぺろりと食べられてしまいました。 しかも貴族たちに濡れ場を聞かれてしまい…… ところが権力者による性的搾取かと思われた出来事には実はもう少し深いわけが…… だって第三王子には前世の記憶があったから! といった感じの話です。おっさんがグチョグチョにされていても許してくださる方どうぞ。 濡れ場回にはタイトルに※をいれています おっさん企画を知ってから自分なりのおっさん受けってどんな形かなって考えていて生まれた話です。 この作品はムーンライトノベルズでも公開しています。

給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!

永川さき
BL
 魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。  ただ、その食事風景は特殊なもので……。  元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師  まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。  他サイトにも掲載しています。

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

使用人の俺を坊ちゃんが構う理由

真魚
BL
【貴族令息×力を失った魔術師】  かつて類い稀な魔術の才能を持っていたセシルは、魔物との戦いに負け、魔力と片足の自由を失ってしまった。伯爵家の下働きとして置いてもらいながら雑用すらまともにできず、日々飢え、昔の面影も無いほど惨めな姿となっていたセシルの唯一の癒しは、むかし弟のように可愛がっていた伯爵家次男のジェフリーの成長していく姿を時折目にすることだった。  こんなみすぼらしい自分のことなど、完全に忘れてしまっているだろうと思っていたのに、ある夜、ジェフリーからその世話係に仕事を変えさせられ…… ※ムーンライトノベルズにも掲載しています

リオネル・デュランの献身

BL
落ち目の男娼リアンの唯一の趣味は、若きディオレア国王の姿絵を集めること。ある日久しぶりについた新規の客は、リアンに奇妙な条件を提示してくる。 執着君主×頑張る美人

処理中です...