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幼馴染はもっと地雷①
しおりを挟む「いいかい、アシュリー。決して1人きりになってはいけないよ。常に誰かと行動を共にして、身の危険を感じたら指輪の宝石に魔力を込めて私を呼ぶんだ。何をおいても駆けつけるから」
こんなに不安げなイーライ様を見るのは初めてかもしれない。国中に僕とイーライ様の不仲説が駆けめぐってから、今夜が初めての夜会だ。
第1王女のマリエル様と友好国の第3王子の婚約を披露する夜会なので、王城には大勢の招待客が集まっている。馬車を降りてからずっと、僕達は周囲からの好奇に満ちた視線にさらされていた。
僕達がお揃いの夜会服に互いの色の宝石を身に着け、さらに熱い抱擁にキスまで交わしていても、周りからは「あれは不仲説を払拭するためのポーズなのだわ」なんて囁き声しか聞こえないくらい、僕達の不仲説は信憑性が高いようだった。
僕を抱きしめたあと名残り惜しげに身体を離すイーライ様。彼を安心させてあげなければ。
「大丈夫ですよイーライ様!いちおう僕も元騎士ですから、怪しい輩が近寄ってきたら捕まえてごらんにいれます!」
「アシュリー。怪しい輩が近寄ってきたと気づいたらその瞬間に私を呼んでくれ。⋯⋯それからデュケイン卿が近寄ってきた瞬間にもだ。デュケイン卿に限っては、彼が視界に見切れた瞬間に私を呼ぶんだ。いいね?アシュリー」
「は、はい。わかりました。そうします」
イーライ様は僕にそう言い含めると、隣国の重鎮との歓談に向かわれた。
出会った頃から何時いかなる時でも穏やかで、誰かに嫌な態度を取るなんてことは決してないイーライ様だけれど、そんな彼にもたった1人だけ因縁の相手がいる。
デュケイン公爵家の嫡男のヨシュアといって、彼は王女のマリエル様と僕の幼馴染だ。
◇◇◇◇
デュケイン公爵家には先代の陛下の妹王女が嫁がれていて、ヨシュアは僕とマリエル様の又従兄弟にあたる。僕達3人は全員が同い年で身分も近い親戚同士だったから、物心ついてしばらくした頃から3人でよく遊んでいた。
マリエル様とヨシュアはイーライ様と同じ色合いの金髪碧眼で、マリエル様はご姉弟だからかイーライ様に似た秀麗なお顔立ちだ。ヨシュアは整っているけど鋭い釣り眼で口角下がり気味の不機嫌そうな顔をしていて、実際にいつも不機嫌だった。
「もう1回!もう1回しょうぶだ!おれがかつまでやるんだっ!」
「ヨシュアがそう言ってから、このゲームは12回目になるわ。いいかげんあきてしまったのだけれど。そろそろべつなあそびをしましょ。ねえ?アシュリーもそう思うわよね?」
「イヤだーっ!!おれはまだ1回もかってないっ!!」
「みぐるしくってよヨシュア。かりにもこうしゃくけのれいそくが」
「みぐるしくないっ!!バーカバーカ!!マリエルのぶすっ!!」
際限のないヨシュアのワガママに、それまで我慢していたマリエル様が限界をむかえて、魔法で出した野球ボール大の水球をヨシュアの顔面にぶつける。それでヨシュアが大泣きしてお開きになるのが幼児の頃の僕らの日常だった。
マリエル様はイーライ様の異母姉弟だけあって、4歳とは思えないほど魔力のコントロールが絶妙だった。怪我はしないけれど確実に痛みを与える出力の水球を、いつもヨシュアの顔面ど真ん中にぶち当てていた。
マリエル様は次代の国主として育てられているというものあるけれど、精神的にも年齢より大人びているところもイーライ様によく似ていた。普通の4歳児がヨシュアと引き合わされたら開始5分で取っ組み合いのケンカになって、遊ぶどころじゃなかっただろう。
「すまぬなアシュリー!待望の嫡男だからと祖父母と妻が甘やかしてしまってな」
その頃には前世の記憶がうっすらと蘇っていた僕。
前世で苦学生だったのは、弟や妹がたくさんいたのもあった気がする。大学に通うために家を出る前は、勉強や家事やアルバイトのかたわらに、常に乳幼児のお世話をしていた記憶がおぼろげにある。家族仲は良好だったような⋯ただはっきりとした数はおぼえてないけれど、家族の人数がとにかくすごく多かった。
乳幼児のお世話に慣れていて、ワガママ三昧なヨシュアと半日近く遊んでいても怒らない稀有な子どもの僕は、恰好の遊び相手としてデュケイン公爵にロックオンされていた。デュケイン公爵がうちにしょっちゅうヨシュアを連れて来るものだから、2人で遊ぶこともよくあった。
ヨシュアは甘やかされて育った高位貴族子息の典型みたいな4歳児だったけれど、イヤイヤ期の2歳児だった前世の末弟みたいで懐かしく思って接していた。その時はヨシュアにも子どもらしい素直なところもまだあったし。
「な、なあアシュリー。アシュリーには『こんやくしゃ』ってやつはいるのか?」
「婚約者?まだいないよ。ヨシュアはいるの?」
「おれもまだいない。だけど、おばあさまがマリエルとこんやくしろってうるさいんだ。おれはいやなのに」
「どうして?マリエル様はすごくお綺麗じゃない」
「あんなれいこくなおんなはイヤだ!おれはきだてのいいおんながすきなんだ!」
「それはヨシュアがワガママばっかり言うから⋯マリエル様はお優しい方なんだよ?本当は」
「マリエルのことはどうでもいい!なあアシュリー。アシュリーとおれがこんやくするのはどうだろうか」
「へ?私とヨシュアが?どっちも嫡子だからムリだと思うよ」
僕の言葉にかつてないギャン泣きを披露したヨシュアは、その日以来すっかりひねくれた性格になった。会えば僕に憎々しげな悪態をついたり髪をひっぱったりするヨシュアに怒ったお父様によって、彼は僕への接近が禁止された。
あのとき僕はヨシュアにプロポーズされていたのかも?と気がついたのは数年が経ってからだ。悪気がなかったとはいえ、幼児だったヨシュアの初恋を容赦なく打ち砕いて可哀想なことをしてしまったと思う。
接近禁止だったヨシュアと僕が久しぶりに再会したのは、それから数年後の僕とイーライ様の婚約発表パーティーの日だった。
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