婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス

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閑話14 皇太子の回想 ― ベルガモとの日々

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皇太子の回想 ― ベルガモとの日々

 舞踏会の音楽はまだ続いていた。
 けれど俺の耳には、もはや遠いざわめきにしか聞こえなかった。
 アルル姫と踊った後から、胸の奥に残った熱が消えない。

 杯を置き、広間の片隅に身を寄せる。
 シャンデリアの光が眩しくて、目を閉じると――自然と、過去の記憶が浮かんできた。



 イタリー二帝国の宮廷。
 あの冷たい大理石の廊下。
 若い頃の俺は、男性とキスしているところを侍従に見られた。

「殿下……まさか」

 侍従の震えた声。翌日には、帝都中に噂が広まっていた。
 そして父帝は俺を呼び出し、玉座の前で言い放った。

「恥を知れ。皇太子が男を愛するなど、聞いたこともない」

 玉座の上から浴びせられた言葉は、刃物よりも鋭く胸に突き刺さった。
 俺はただ黙って頭を下げるしかなかった。父の眼差しは氷のようで、そこに「息子」への温かみは一欠片もなかった。

 あの日から、俺は宮廷の笑い者となった。
 宴のたびに女を紹介され、強制的に手を取らされる。
 だが、どんなに美しい女でも心は動かなかった。



 ――ベルガモとの出会いは、その頃だ。

 剣術の訓練場で、無駄のない動きをする青年がいた。
 精悍な顔立ちに、落ち着いた瞳。剣を振るう姿は、誰よりも美しかった。

 気づけば、俺は声をかけていた。
「名前は?」
「ベルガモ、と申します。近衛に配属されたばかりです」

 彼は礼儀正しく頭を下げた。だが、その瞳の奥には誇り高さがあった。
 初めて、俺は「この男を手元に置きたい」と強く思った。

 それからの日々、俺はことあるごとに彼を呼び寄せた。
 狩猟にも、遠征の視察にも、そして時にはただの散歩にも。

 やがて、俺は素直に口説いた。
「ベルガモ。俺の傍にいてくれ。お前の瞳を見ていると、どんな屈辱も忘れられる」

 しかし、彼は毅然と答えた。
「殿下。私は剣を捧げに来たのであって、心を捧げに来たのではありません」

 その言葉は冷たかった。だが、不思議と憎めなかった。
 誰もが媚びてくる中で、彼だけは真実を突きつけてくれる。

 だからこそ、離せなかった。



 ……だが、俺の弱さが災いを呼んだ。
 ベルガモ以外の従者に触れた夜、それがまたしても宮廷に広まったのだ。

 翌朝、父帝は再び俺を呼びつけた。
「アンドリア。お前に皇太子の資格はあるのか?」

 冷たい声。
 心臓を掴まれるような痛み。

 その場に立っていたベルガモを、俺は思わず見た。
 彼は何も言わず、ただ静かに俺を見つめ返していた。
 失望でも軽蔑でもなく――ただ事実を受け止める瞳で。

 その沈黙が、かえって胸に刺さった。

 結局、その従者は追放され、俺の周囲にはベルガモだけが残った。
「皇太子の側近にふさわしいのは彼しかいない」と評議会が認めたのだ。

 皮肉な話だ。
 俺が心から欲した相手だけが、最後に残ったのだから。



 今でも時折、夜の廊下で彼に冗談めかして囁く。
「ベルガモ、お前も俺を愛せばいいのに」

 すると彼は必ず、わずかに笑って首を振る。
「殿下、私は剣です。愛を求める相手ではありません」

 その拒絶が、なぜか心地よい。
 手に入らないからこそ、彼の存在は俺を繋ぎ止める。



 ――そんな俺が、今日。

 アルル姫を見て、胸が熱くなるとは。
 あの舞踏の一瞬で、俺はこれまでの自分を裏切った気がした。

 女に惹かれるはずがない。
 それなのに、彼女を思い出すだけで鼓動が早まる。

「どういうことだ……」

 呟くと、傍らでベルガモが低く言った。
「殿下。心というものは、理屈で縛れません」

 俺は彼を見た。
 相変わらず揺らがぬ瞳。だが、その奥にかすかな温かみがあった。

「アルル姫が殿下にとって特別なら……それを恐れる必要はないのでは」

 ベルガモの言葉は、胸の奥深くに響いた。
 彼にそう言われると、まるで許されたような気がする。



 舞踏会はまだ終わらない。
 だが俺の心は、すでに決まっていた。

 アルル姫――彼女が何者であろうと、俺はこの感情を無視できない。
 男しか愛せなかったはずの俺に、初めて芽生えた不思議な熱。

 それが恋かどうかは、まだわからない。
 けれど、確かなことがひとつある。

 ――この気持ちを確かめたい。

 広間の中央で、再び人々に囲まれるアルル姫を見つめながら、俺は静かに杯を置いた。

 イタリー二帝国の皇太子アンドリア=フェレンツィ。
 その心は、今まさに揺れ始めていた。
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