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閑話14 皇太子の回想 ― ベルガモとの日々
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皇太子の回想 ― ベルガモとの日々
舞踏会の音楽はまだ続いていた。
けれど俺の耳には、もはや遠いざわめきにしか聞こえなかった。
アルル姫と踊った後から、胸の奥に残った熱が消えない。
杯を置き、広間の片隅に身を寄せる。
シャンデリアの光が眩しくて、目を閉じると――自然と、過去の記憶が浮かんできた。
◆
イタリー二帝国の宮廷。
あの冷たい大理石の廊下。
若い頃の俺は、男性とキスしているところを侍従に見られた。
「殿下……まさか」
侍従の震えた声。翌日には、帝都中に噂が広まっていた。
そして父帝は俺を呼び出し、玉座の前で言い放った。
「恥を知れ。皇太子が男を愛するなど、聞いたこともない」
玉座の上から浴びせられた言葉は、刃物よりも鋭く胸に突き刺さった。
俺はただ黙って頭を下げるしかなかった。父の眼差しは氷のようで、そこに「息子」への温かみは一欠片もなかった。
あの日から、俺は宮廷の笑い者となった。
宴のたびに女を紹介され、強制的に手を取らされる。
だが、どんなに美しい女でも心は動かなかった。
◆
――ベルガモとの出会いは、その頃だ。
剣術の訓練場で、無駄のない動きをする青年がいた。
精悍な顔立ちに、落ち着いた瞳。剣を振るう姿は、誰よりも美しかった。
気づけば、俺は声をかけていた。
「名前は?」
「ベルガモ、と申します。近衛に配属されたばかりです」
彼は礼儀正しく頭を下げた。だが、その瞳の奥には誇り高さがあった。
初めて、俺は「この男を手元に置きたい」と強く思った。
それからの日々、俺はことあるごとに彼を呼び寄せた。
狩猟にも、遠征の視察にも、そして時にはただの散歩にも。
やがて、俺は素直に口説いた。
「ベルガモ。俺の傍にいてくれ。お前の瞳を見ていると、どんな屈辱も忘れられる」
しかし、彼は毅然と答えた。
「殿下。私は剣を捧げに来たのであって、心を捧げに来たのではありません」
その言葉は冷たかった。だが、不思議と憎めなかった。
誰もが媚びてくる中で、彼だけは真実を突きつけてくれる。
だからこそ、離せなかった。
◆
……だが、俺の弱さが災いを呼んだ。
ベルガモ以外の従者に触れた夜、それがまたしても宮廷に広まったのだ。
翌朝、父帝は再び俺を呼びつけた。
「アンドリア。お前に皇太子の資格はあるのか?」
冷たい声。
心臓を掴まれるような痛み。
その場に立っていたベルガモを、俺は思わず見た。
彼は何も言わず、ただ静かに俺を見つめ返していた。
失望でも軽蔑でもなく――ただ事実を受け止める瞳で。
その沈黙が、かえって胸に刺さった。
結局、その従者は追放され、俺の周囲にはベルガモだけが残った。
「皇太子の側近にふさわしいのは彼しかいない」と評議会が認めたのだ。
皮肉な話だ。
俺が心から欲した相手だけが、最後に残ったのだから。
◆
今でも時折、夜の廊下で彼に冗談めかして囁く。
「ベルガモ、お前も俺を愛せばいいのに」
すると彼は必ず、わずかに笑って首を振る。
「殿下、私は剣です。愛を求める相手ではありません」
その拒絶が、なぜか心地よい。
手に入らないからこそ、彼の存在は俺を繋ぎ止める。
◆
――そんな俺が、今日。
アルル姫を見て、胸が熱くなるとは。
あの舞踏の一瞬で、俺はこれまでの自分を裏切った気がした。
女に惹かれるはずがない。
それなのに、彼女を思い出すだけで鼓動が早まる。
「どういうことだ……」
呟くと、傍らでベルガモが低く言った。
「殿下。心というものは、理屈で縛れません」
俺は彼を見た。
相変わらず揺らがぬ瞳。だが、その奥にかすかな温かみがあった。
「アルル姫が殿下にとって特別なら……それを恐れる必要はないのでは」
ベルガモの言葉は、胸の奥深くに響いた。
彼にそう言われると、まるで許されたような気がする。
◆
舞踏会はまだ終わらない。
だが俺の心は、すでに決まっていた。
アルル姫――彼女が何者であろうと、俺はこの感情を無視できない。
男しか愛せなかったはずの俺に、初めて芽生えた不思議な熱。
それが恋かどうかは、まだわからない。
けれど、確かなことがひとつある。
――この気持ちを確かめたい。
広間の中央で、再び人々に囲まれるアルル姫を見つめながら、俺は静かに杯を置いた。
イタリー二帝国の皇太子アンドリア=フェレンツィ。
その心は、今まさに揺れ始めていた。
舞踏会の音楽はまだ続いていた。
けれど俺の耳には、もはや遠いざわめきにしか聞こえなかった。
アルル姫と踊った後から、胸の奥に残った熱が消えない。
杯を置き、広間の片隅に身を寄せる。
シャンデリアの光が眩しくて、目を閉じると――自然と、過去の記憶が浮かんできた。
◆
イタリー二帝国の宮廷。
あの冷たい大理石の廊下。
若い頃の俺は、男性とキスしているところを侍従に見られた。
「殿下……まさか」
侍従の震えた声。翌日には、帝都中に噂が広まっていた。
そして父帝は俺を呼び出し、玉座の前で言い放った。
「恥を知れ。皇太子が男を愛するなど、聞いたこともない」
玉座の上から浴びせられた言葉は、刃物よりも鋭く胸に突き刺さった。
俺はただ黙って頭を下げるしかなかった。父の眼差しは氷のようで、そこに「息子」への温かみは一欠片もなかった。
あの日から、俺は宮廷の笑い者となった。
宴のたびに女を紹介され、強制的に手を取らされる。
だが、どんなに美しい女でも心は動かなかった。
◆
――ベルガモとの出会いは、その頃だ。
剣術の訓練場で、無駄のない動きをする青年がいた。
精悍な顔立ちに、落ち着いた瞳。剣を振るう姿は、誰よりも美しかった。
気づけば、俺は声をかけていた。
「名前は?」
「ベルガモ、と申します。近衛に配属されたばかりです」
彼は礼儀正しく頭を下げた。だが、その瞳の奥には誇り高さがあった。
初めて、俺は「この男を手元に置きたい」と強く思った。
それからの日々、俺はことあるごとに彼を呼び寄せた。
狩猟にも、遠征の視察にも、そして時にはただの散歩にも。
やがて、俺は素直に口説いた。
「ベルガモ。俺の傍にいてくれ。お前の瞳を見ていると、どんな屈辱も忘れられる」
しかし、彼は毅然と答えた。
「殿下。私は剣を捧げに来たのであって、心を捧げに来たのではありません」
その言葉は冷たかった。だが、不思議と憎めなかった。
誰もが媚びてくる中で、彼だけは真実を突きつけてくれる。
だからこそ、離せなかった。
◆
……だが、俺の弱さが災いを呼んだ。
ベルガモ以外の従者に触れた夜、それがまたしても宮廷に広まったのだ。
翌朝、父帝は再び俺を呼びつけた。
「アンドリア。お前に皇太子の資格はあるのか?」
冷たい声。
心臓を掴まれるような痛み。
その場に立っていたベルガモを、俺は思わず見た。
彼は何も言わず、ただ静かに俺を見つめ返していた。
失望でも軽蔑でもなく――ただ事実を受け止める瞳で。
その沈黙が、かえって胸に刺さった。
結局、その従者は追放され、俺の周囲にはベルガモだけが残った。
「皇太子の側近にふさわしいのは彼しかいない」と評議会が認めたのだ。
皮肉な話だ。
俺が心から欲した相手だけが、最後に残ったのだから。
◆
今でも時折、夜の廊下で彼に冗談めかして囁く。
「ベルガモ、お前も俺を愛せばいいのに」
すると彼は必ず、わずかに笑って首を振る。
「殿下、私は剣です。愛を求める相手ではありません」
その拒絶が、なぜか心地よい。
手に入らないからこそ、彼の存在は俺を繋ぎ止める。
◆
――そんな俺が、今日。
アルル姫を見て、胸が熱くなるとは。
あの舞踏の一瞬で、俺はこれまでの自分を裏切った気がした。
女に惹かれるはずがない。
それなのに、彼女を思い出すだけで鼓動が早まる。
「どういうことだ……」
呟くと、傍らでベルガモが低く言った。
「殿下。心というものは、理屈で縛れません」
俺は彼を見た。
相変わらず揺らがぬ瞳。だが、その奥にかすかな温かみがあった。
「アルル姫が殿下にとって特別なら……それを恐れる必要はないのでは」
ベルガモの言葉は、胸の奥深くに響いた。
彼にそう言われると、まるで許されたような気がする。
◆
舞踏会はまだ終わらない。
だが俺の心は、すでに決まっていた。
アルル姫――彼女が何者であろうと、俺はこの感情を無視できない。
男しか愛せなかったはずの俺に、初めて芽生えた不思議な熱。
それが恋かどうかは、まだわからない。
けれど、確かなことがひとつある。
――この気持ちを確かめたい。
広間の中央で、再び人々に囲まれるアルル姫を見つめながら、俺は静かに杯を置いた。
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その心は、今まさに揺れ始めていた。
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