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閑話13 アンドリア皇太子の視点 アルル姫
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舞踏会 ― 黒髪のアンドリア皇太子の視点
煌びやかな舞踏会の光景を、俺は少し離れた場所から眺めていた。
シャンデリアの光が、磨き上げられた床に反射し、踊る貴族たちの影を伸ばしていく。香水と花の匂いが混ざり合い、甘ったるいほどの空気が広間を包んでいた。
だが、そんな華やかさよりも俺の目を奪ったのは――ただ一人。
アルル姫。
あの金の髪を揺らしながら舞う姿は、確かに「王家の薔薇」と呼ぶにふさわしい。
正直に言えば、女に興味など抱いたことは一度もなかった。
俺の名にまつわるスキャンダルのすべては、男との関係だ。
俺は男同士の恋愛にしか興味がないのだ。俺の体は、男の体にしか反応しないのだ。
父帝ももう諦めているのか、今回の使節団に送り出すときに「誰でもいいから伴侶を見つけろ」と命じるだけだった。
――誰でもいい?
笑わせる。俺の心が動かない女を連れて帰って、なんの意味があるというのだ。
だが、アルル姫を見た瞬間だけは……胸の奥で何かがきしむように揺れた。
◆
「殿下、そろそろお声がけになられては?」
背後から、従者ベルガモの声がする。
彼はいつも通り冷静で、無駄のない所作で俺に杯を差し出した。
赤ワインの色が、まるで血のように煌めく。
「……ベルガモ。俺は今、迷っている」
「迷う、ですか?」
「そうだ。女に、ここまで心を乱されるとは思わなかった」
ベルガモは無表情のまま杯を傾ける。
こいつは頑なに俺の誘いを断ってきた。何度か酔った勢いで口説いたこともあったが、すべて冷たくいなされた。
それでも俺のそばに残っているのは、忠義からか、それとも……。
「アルル姫は……特別だ」
「殿下がそう感じられるのであれば、それが答えでしょう」
短く答えたベルガモの横顔は、相変わらず読めない。
だが俺の心は、もう決まっていた。
◆
舞踏の輪の中で、カサマーラ公爵令息マンハイムが姫と踊っていた。
華やかな金髪を揺らし、彼女は微笑みを浮かべている。
……それを見て、胸にちくりとした痛みが走った。
「俺は何をしているんだ」
思わずつぶやく。
嫉妬など、これまで一度もしたことがなかったというのに。
曲が終わると、マンハイムは優雅に一礼し、姫の手を離した。
今だ。
俺は一歩踏み出し、胸を張って声をかけた。
「アルル姫。次の一曲を、私にいただけませんか」
周囲の視線が一斉にこちらへ集まる。
イタリー二帝国の皇太子――アンドリア=フェレンツィが踊りを申し込む。それは外交的にも大きな意味を持つ行為だった。
アルル姫は一瞬だけ目を見開き、それから柔らかく微笑んだ。
「光栄ですわ、皇太子殿下」
その瞬間、胸の奥が熱を帯びた。
◆
姫の手は予想よりもしっかりとした手で、そして温かかった。
軽やかな音楽に合わせ、俺はステップを踏む。
舞踏には慣れているはずなのに、なぜか足取りがぎこちなくなる。
「殿下は……帝国からお越しなのですね」
姫が穏やかに声をかけてくる。
「ああ。父帝の代理として、参列させてもらった」
「遠路はるばる、ありがとうございます」
言葉はありきたりだ。だが、その瞳が俺をまっすぐ見ている。
――女の瞳に、こんなにも射抜かれるとは。
気づけば、彼女の微笑みを見つめるだけで心臓が速くなる。
何だ、これは。
◆
踊りが終わると、姫は深く礼をして離れていった。
その後ろ姿を見送ると、隣にいつの間にかベルガモが立っていた。
「殿下。どうやら……心を奪われたようですね」
「……そう見えるか」
「ええ、明らかに」
皮肉にも思える口調。だが、彼の目は真剣だった。
「私は知っています。殿下がどんなお方で、何を求めてこられたかも。けれど……」
ベルガモは小さく息を吐いた。
「その姫君は、殿下の中の何かを変えるやもしれません」
俺は黙って杯を傾けた。
赤い液体が喉を焼く。だが胸の熱は、酒のせいではない。
◆
女性に対して、こんな気持ちになったのは初めてだ。
夜会のざわめきの中で、俺は確かに悟った。
アルル姫はただの外交の駒ではない。
俺の心を初めて動かした存在だ。
男にしか惹かれないはずの俺が――なぜ彼女に?
答えはまだ出ない。だが、確かなことがひとつある。
――彼女を見失いたくはない。
舞踏会の灯りが夜更けとともに揺らめく中、俺の決意もまた静かに形を成し始めていた。
煌びやかな舞踏会の光景を、俺は少し離れた場所から眺めていた。
シャンデリアの光が、磨き上げられた床に反射し、踊る貴族たちの影を伸ばしていく。香水と花の匂いが混ざり合い、甘ったるいほどの空気が広間を包んでいた。
だが、そんな華やかさよりも俺の目を奪ったのは――ただ一人。
アルル姫。
あの金の髪を揺らしながら舞う姿は、確かに「王家の薔薇」と呼ぶにふさわしい。
正直に言えば、女に興味など抱いたことは一度もなかった。
俺の名にまつわるスキャンダルのすべては、男との関係だ。
俺は男同士の恋愛にしか興味がないのだ。俺の体は、男の体にしか反応しないのだ。
父帝ももう諦めているのか、今回の使節団に送り出すときに「誰でもいいから伴侶を見つけろ」と命じるだけだった。
――誰でもいい?
笑わせる。俺の心が動かない女を連れて帰って、なんの意味があるというのだ。
だが、アルル姫を見た瞬間だけは……胸の奥で何かがきしむように揺れた。
◆
「殿下、そろそろお声がけになられては?」
背後から、従者ベルガモの声がする。
彼はいつも通り冷静で、無駄のない所作で俺に杯を差し出した。
赤ワインの色が、まるで血のように煌めく。
「……ベルガモ。俺は今、迷っている」
「迷う、ですか?」
「そうだ。女に、ここまで心を乱されるとは思わなかった」
ベルガモは無表情のまま杯を傾ける。
こいつは頑なに俺の誘いを断ってきた。何度か酔った勢いで口説いたこともあったが、すべて冷たくいなされた。
それでも俺のそばに残っているのは、忠義からか、それとも……。
「アルル姫は……特別だ」
「殿下がそう感じられるのであれば、それが答えでしょう」
短く答えたベルガモの横顔は、相変わらず読めない。
だが俺の心は、もう決まっていた。
◆
舞踏の輪の中で、カサマーラ公爵令息マンハイムが姫と踊っていた。
華やかな金髪を揺らし、彼女は微笑みを浮かべている。
……それを見て、胸にちくりとした痛みが走った。
「俺は何をしているんだ」
思わずつぶやく。
嫉妬など、これまで一度もしたことがなかったというのに。
曲が終わると、マンハイムは優雅に一礼し、姫の手を離した。
今だ。
俺は一歩踏み出し、胸を張って声をかけた。
「アルル姫。次の一曲を、私にいただけませんか」
周囲の視線が一斉にこちらへ集まる。
イタリー二帝国の皇太子――アンドリア=フェレンツィが踊りを申し込む。それは外交的にも大きな意味を持つ行為だった。
アルル姫は一瞬だけ目を見開き、それから柔らかく微笑んだ。
「光栄ですわ、皇太子殿下」
その瞬間、胸の奥が熱を帯びた。
◆
姫の手は予想よりもしっかりとした手で、そして温かかった。
軽やかな音楽に合わせ、俺はステップを踏む。
舞踏には慣れているはずなのに、なぜか足取りがぎこちなくなる。
「殿下は……帝国からお越しなのですね」
姫が穏やかに声をかけてくる。
「ああ。父帝の代理として、参列させてもらった」
「遠路はるばる、ありがとうございます」
言葉はありきたりだ。だが、その瞳が俺をまっすぐ見ている。
――女の瞳に、こんなにも射抜かれるとは。
気づけば、彼女の微笑みを見つめるだけで心臓が速くなる。
何だ、これは。
◆
踊りが終わると、姫は深く礼をして離れていった。
その後ろ姿を見送ると、隣にいつの間にかベルガモが立っていた。
「殿下。どうやら……心を奪われたようですね」
「……そう見えるか」
「ええ、明らかに」
皮肉にも思える口調。だが、彼の目は真剣だった。
「私は知っています。殿下がどんなお方で、何を求めてこられたかも。けれど……」
ベルガモは小さく息を吐いた。
「その姫君は、殿下の中の何かを変えるやもしれません」
俺は黙って杯を傾けた。
赤い液体が喉を焼く。だが胸の熱は、酒のせいではない。
◆
女性に対して、こんな気持ちになったのは初めてだ。
夜会のざわめきの中で、俺は確かに悟った。
アルル姫はただの外交の駒ではない。
俺の心を初めて動かした存在だ。
男にしか惹かれないはずの俺が――なぜ彼女に?
答えはまだ出ない。だが、確かなことがひとつある。
――彼女を見失いたくはない。
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