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件
愛蘭が二十歳の誕生日を迎えた初春の日、港湾都市・緑港には重たい雲が垂れこめていた。
本来なら祝われるはずのその日、彼女は緑港伯爵家の大広間にひとり立たされていた。
正面には叔父、その隣には従姉の麗香、そして――昨日まで婚約者だった沈琳道。
「どうして……わたしが家をでないといけないの?」
問いかけても、答えは返らない。
沈琳道は視線を逸らし、「麗香を選んだ」とだけ告げた。
麗香は勝者のように微笑み、愛蘭が五年間フラン王国に渡っていたことを責め立てる。
「あなたの後ろ盾だったおじい様も亡くなった。
フラン人とのハーフであるあなたが、この家にいる理由はもうないわ」
叔父は淡々と命じた。
「今日限りで屋敷を出て、街からも去りなさい」
愛蘭に許されたのは、小さな荷物袋ひとつだけ。
怒鳴ることも泣くこともなく、彼女は静かに頭を下げた。
屋敷の門を出た瞬間、冷たい雨が降り始めた。
それはまるで、彼女の代わりに空が泣いているようだった。
――これで、この街での暮らしは終わり。
市場の喧騒も、港の鐘の音も、すべてが遠ざかる。
愛蘭が向かう先は帝都だった。
祖父が遺した言葉だけを胸に刻む。
『何かあったら、顔中蓮を頼りなさい』
後ろは振り返らなかった。
戻れる場所は、もうないと知っていたから。
誕生日に家を追われるという皮肉な運命の中で、
愛蘭はまだ知らない。
この日が――
一人の女性が「家族」を失い、
一人の女性絵師が生まれる、始まりになることを。
文字数 83,362
最終更新日 2026.01.20
登録日 2025.12.28
クリスマスの夜。街はイルミネーションに包まれ、恋人たちの笑い声が響いていた。
杏奈は仕事帰りにスーパーで予約していたケーキを受け取り、鶏肉と野菜を買って帰る。
「今夜は唐揚げとサラダ、デザートはケーキ。きっと喜ぶよね、翔太」
八年続いた同棲生活――穏やかで、静かで、幸せだった。
アパートの階段を上がりながら、胸は少し高鳴っていた。けれど扉を開けた瞬間、空気が冷たく変わる。
ソファに座る翔太は、どこか硬い表情をしていた。
「ただいま。どうしたの?」
「……話がある」
嫌な予感が、背筋を走った。
「別れよう」
一瞬、世界が止まった。
冗談だと笑おうとした唇が震える。
「……なんで?」
翔太は視線を逸らし、低く告げる。
「新人の結城千絵が……俺の子を妊娠した」
胸の奥が崩れ落ちた。
「……八年も一緒にいたのに?」
「ごめん。でも責任を取らなきゃならない」
杏奈は嗚咽をこらえる。
「責任って、私との時間は? 全部なかったことにするの?」
「そういうことじゃない」
そう言いながらも、彼の声はもう遠かった。
「このアパート、出て行ってくれ。千絵と住むことにした」
耳を疑う。
心臓の音だけが響いていた。
杏奈はバッグを掴み、涙をこぼしながら外へ飛び出した。
冷たい夜風が頬を刺す。街の光が滲む。
――どうして、私じゃだめだったの?
駅前のベンチで座り込み、スマホを握りしめる。
誰にも電話できない。帰る場所もない。
エコバッグの中では、彼の好きだった唐揚げ用の鶏肉が冷たく沈んでいた。
それでも、どこかで感じていた。
終わりは痛いけれど、まだ人生は終わっていない。
この涙の先に、きっと何かが変わる。
杏奈は顔を上げた。夜空に雪が舞い始めていた。
「……大丈夫。ここからやり直す」
八年の恋は終わった。けれど、これが新しい物語の始まりだった。
文字数 211,275
最終更新日 2025.12.02
登録日 2025.10.15
婚約破棄とスキル「ひきこもり」―二人だけの世界・BLバージョン!?
春の陽光の中、ベル=ナドッテ魔術学院の卒業式は華やかに幕を開けた。だが祝福の拍手を突き破るように、第二王子アーノルド=トロンハイムの声が講堂に響く。
「アンジェ=オスロベルゲン公爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」
ざわめく生徒たち。銀髪の令嬢アンジェが静かに問い返す。
「理由を、うかがっても?」
「お前のスキルが“ひきこもり”だからだ! 怠け者の能力など王妃にはふさわしくない!」
隣で男爵令嬢アルタが嬉しげに王子の腕に絡みつき、挑発するように笑った。
「ひきこもりなんて、みっともないスキルですわね」
その一言に、アンジェの瞳が凛と光る。
「“ひきこもり”は、かつて帝国を滅ぼした力。あなたが望むなら……体験していただきましょう」
彼女が手を掲げた瞬間、白光が弾け――王子と宰相家の青年モルデ=リレハンメルの姿が消えた。
◇ ◇ ◇
目を開けた二人の前に広がっていたのは、真っ白な円形の部屋。ベッドが一つ、机が二つ。壁のモニターには、奇妙な文字が浮かんでいた。
『スキル《ひきこもり》へようこそ。二人だけの世界――BLバージョン♡』
「……は?」「……え?」
凍りつく二人。ドアはどこにも通じず、完全な密室。やがてモニターが再び光る。
『第一ミッション:以下のセリフを言ってキスをしてください。
アーノルド「モルデ、お前を愛している」
モルデ「ボクもお慕いしています」』
「き、キス!?」「アンジェ、正気か!?」
空腹を感じ始めた二人に、さらに追い打ち。
『成功すれば豪華ディナーをプレゼント♡』
ステーキとワインの映像に喉を鳴らし、ついに王子が観念する。
「……モルデ、お前を……愛している」
「……ボクも、アーノルド王子をお慕いしています」
顔を寄せた瞬間――ピコンッ!
『ミッション達成♡ おめでとうございます!』
テーブルに豪華な料理が現れるが、二人は真っ赤になったまま沈黙。
「……なんか負けた気がする」「……同感です」
モニターの隅では、紅茶を片手に微笑むアンジェの姿が。
『スキル《ひきこもり》――強制的に二人きりの世界を生成。解除条件は全ミッション制覇♡』
王子は頭を抱えて叫ぶ。
「アンジェぇぇぇぇぇっ!!」
天井スピーカーから甘い声が響いた。
『次のミッション、準備中です♡』
こうして、トロンハイム王国史上もっとも恥ずかしい“ひきこもり事件”が幕を開けた――。
文字数 72,146
最終更新日 2025.11.07
登録日 2025.10.25
婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!
文字数 144,115
最終更新日 2025.11.06
登録日 2025.09.28
王宮の広間は、冷え切った空気に満ちていた。
玉座の前にひとり、少女が|跪い《ひざまず》ていた。
エリーゼ=アルセリア。
目の前に立つのは、王国第一王子、シャルル=レインハルト。
「─エリーゼ=アルセリア。貴様との婚約は、ここに破棄する」
「……なぜ、ですか……?」
声が震える。
彼女の問いに、王子は冷然と答えた。
「貴様が、カリーナ嬢をいじめたからだ」
「そ、そんな……! 私が、姉様を、いじめた……?」
「カリーナ嬢からすべて聞いている。お前は陰湿な手段で彼女を苦しめ、王家の威信をも|貶めた《おとし》さらに、王家に対する謀反を企てているとか」
広間にざわめきが広がる。
──すべて、仕組まれていたのだ。
「私は、姉様にも王家にも……そんなこと……していません……!」
必死に訴えるエリーゼの声は、虚しく広間に消えた。
「黙れ!」
シャルルの一喝が、広間に響き渡る。
「貴様のような下劣な女を、王家に迎え入れるわけにはいかぬ」
広間は、再び深い静寂に沈んだ。
「よって、貴様との婚約は破棄。さらに──」
王子は、無慈悲に言葉を重ねた。
「国外追放を命じる」
その宣告に、エリーゼの膝が崩れた。
「そ、そんな……!」
桃色の髪が広間に広がる。
必死にすがろうとするも、誰も助けようとはしなかった。
「王の不在時に|謀反《むほん》を企てる不届き者など不要。王国のためにもな」
シャルルの隣で、カリーナがくすりと笑った。
まるで、エリーゼの絶望を甘美な蜜のように味わうかのように。
なぜ。
なぜ、こんなことに──。
エリーゼは、震える指で自らの胸を掴む。
彼女はただ、幼い頃から姉に憧れ、姉に尽くし、姉を支えようとしていただけだったのに。
それが裏切りで返され、今、すべてを失おうとしている。
兵士たちが進み出る。
無骨な手で、エリーゼの両手を後ろ手に縛り上げた。
「離して、ください……っ」
必死に抵抗するも、力は弱い。。
誰も助けない。エリーゼは、見た。
カリーナが、微笑みながらシャルルに腕を絡め、勝者の顔でこちらを見下ろしているのを。
──すべては、最初から、こうなるよう仕組まれていたのだ。
重い扉が開かれる。
文字数 310,412
最終更新日 2025.10.28
登録日 2025.09.02
秘密のスキル ― 入れ替わりの夜(短縮版・約1000字)
煌びやかな舞踏会場。シャンデリアの光が降り注ぐ中、伯爵令嬢シャルロッテ=マルセイユは居心地悪そうに立っていた。
化粧は不器用、ドレスは流行遅れ。周囲の令嬢たちのきらめきの中で、彼女だけが「場違い」だった。
そんな彼女に、冷たい声が突き刺さる。
「――シャルロッテ、君との婚約を破棄する!」
婚約者のドリス=バルモアが、傍らの男爵令嬢マーリネを抱き寄せて笑う。
「やっぱり女は顔と胸だよなぁ」
会場がどよめき、忍び笑いが広がる。
実はシャルロッテの胸は十分に豊かだったが、古風なコルセットがすべてを隠していた。
それに対し、マーリネの胸は詰め物の偽物。
だが真実を知る者は誰もいない。屈辱と恥辱の中で、シャルロッテは涙をこらえて会場を飛び出した。
月光の庭園を駆け抜けたそのとき、誰かとぶつかる。
見上げた先にいたのは――金髪碧眼の完璧な貴公子、ファビアン公爵。
冷たい声で「失礼」と言いながら手を差し伸べられた瞬間、彼女の身体が光に包まれる。
――スキル【入れ替わり】発動。条件:運命の時に、好意対象と強く触れ合うこと。期間:一週間。
次に目を開けると、シャルロッテは高い視線から自分を見下ろしていた。
目の前にいるのは、自分の姿をしたファビアン――しかしその口から飛び出したのは衝撃の一言。
「いや~~~ん♡ 見てこのお肌つやっつやぁ! あたし女になっちゃったのねぇぇ!」
優雅で寡黙なはずの公爵が、まさかのオネエ言葉で大はしゃぎ。
ドレスをつまんでくるくる回り、鏡の前で自分の頬を撫でている。
「ぷりぷりの胸ぇぇ♡ 最高ぉ~~~!」
呆然とするシャルロッテ。
(な、なんなのこれ……!?)
こうして――伯爵令嬢と公爵の、奇妙で甘い“入れ替わり生活”が幕を開けたのだった。
文字数 48,273
最終更新日 2025.10.15
登録日 2025.10.06
聖女の逆鱗 ― 転生聖女は推しを追いかける
今日は魔法学院の卒業式。煌めくシャンデリアと色鮮やかな花々に飾られた広間で、若者たちはそれぞれの栄光を胸に刻む。
その中央で、ひときわ眩しい存在が人々の視線を集めていた。
白銀の聖女衣をまとい、金色の髪と蒼穹を思わせる瞳を輝かせる少女――エリザベート=カッサンドラ。十八歳にして聖女の称号を授かり、神殿長からの祝詞を受ける姿に、会場からはため息すら漏れた。
けれど彼女の胸を占めていたのは、自らの栄誉ではなかった。
心の奥底に浮かぶのはただひとり。
剣聖の名を背負った青年、レオナルド=ベルサーチ。十九歳。王国最年少でその称号を得た稀代の天才剣士にして、彼女の婚約者である男だ。
――あの人と共に歩む未来が、すべての祝福よりも尊い。
エリザベートはそう信じて疑わなかった。
式が終わり、王都の喧噪を背に馬車へと乗り込む。揺れる窓から見える街並みが、どこか遠く感じられた。早くレオナルドに報告したい――聖女になったことを誇らしく伝え、そして彼の隣に立つ資格を証明したかった。
だが、その願いは屋敷に帰った瞬間、無惨にも打ち砕かれる。
応接間で待っていたのは、重々しい顔をした父ピエール=カッサンドラ伯爵。
彼は娘が入室するや否や、告げた。
「エリザベート。王命が下った。……レオナルド=ベルサーチは、反逆の嫌疑により国外追放となった」
空気が止まった。
耳に入った言葉を理解するのに数秒を要した。
「……な、にを……?」
「ゆえに、お前とレオナルドの婚約は解消する。伯爵家の娘として、これ以上あのような男に関わることは許されん」
――解消。
その言葉が、頭蓋の奥で反響した瞬間。ズキン、と頭痛が走る。
意識がぐらりと揺らぎ、視界が白に染まった。
そして――記憶が、あふれだした。
*
私は……日本で働く、ただのOLだった。
毎日満員電車に揺られ、昼休みにはコンビニ弁当を片手に小説サイトを開くのが楽しみで。
その中でも特に大好きだったのが――《剣聖レオナルド物語》。
そうだ、この世界は……あの小説の舞台。
レオナルドは母国ミートンの国王から無実の罪で国外追放され、西の大陸へ旅立つ。
カサマーラ王国、ベルン国、エステリア公国……数々の国を渡り歩き、道中で助けた女性たちを仲間にし、やがてハーレムを築きながら英雄として成長していく。
けれど――。
「……エリザベートは……」
彼女は最初に婚約破棄される哀れな聖女。
王家の思惑で四十歳の国王の側室とされ、聖女としての務めと夜伽の仕事にすり減り、どんどん心を病み、最後は衰弱して死ぬ。
文字数 54,056
最終更新日 2025.10.03
登録日 2025.09.20
ベルサイユ学院の卒業式。煌びやかなシャンデリアが吊るされた大広間に、王都中から集まった貴族の若者たちが並んでいた。
その中央で、思いもよらぬ宣告が響き渡った。
「公爵令嬢マレーネ=シュタイン! 今日をもって、君との婚約を破棄する!」
声の主は侯爵家の三男、ルドルフ=フォン=グランデル。茶色の髪をきれいに整え、堂々とした表情で言い放った。場内がざわつく。誰もが驚きを隠せなかった。
婚約破棄。しかも公爵家令嬢に対して、式典の場で。
「……は?」
マレーネは澄んだ青い瞳を瞬かせた。腰まで流れる金髪が揺れる。十五歳、誰もが憧れる学院一の美少女。その彼女の唇が、震えることなく開かれた。
「理由を、聞かせてもらえるかしら」
ルドルフは胸を張って答えた。
「君が、男爵令嬢アーガリーをいじめたからだ!」
場にいた生徒たちが、一斉にアーガリーのほうを見た。桃色の髪を揺らし、潤んだ瞳を伏せる小柄な少女。両手を胸の前で組み、か弱いふりをしている。
「ルドルフ様……わたくし、耐えられなくて……」
その姿に、マレーネはふっと鼻で笑った。
「ふざけないで」
場の空気が一瞬で変わった。マレーネの声は、冷たく、鋭かった。
「私がいじめた? そんな事実はないわ。ただ、この女がぶりっ子して、あなたたちの前で涙を浮かべているだけでしょう」
アーガリーの顔から血の気が引く。だが、ルドルフは必死に彼女を庇った。
「嘘をつくな! 彼女は泣きながら訴えていたんだ! 君が陰で冷たく突き放したと!」
「突き放した? そうね、無意味にまとわりつかれるのは迷惑だったわ。だから一度距離を置いただけ。あれを“いじめ”と呼ぶのなら、この場の誰もが罪人になるんじゃなくて?」
会場に小さな笑いが起きた。何人かの生徒はうなずいている。アーガリーが日頃から小芝居が多いのは、皆も知っていたのだ。
ルドルフの顔に焦りが浮かぶ。しかし、彼は引き下がらない。
「と、とにかく! 君の性格の悪さは明らかだ! そんな女とは婚約を続けられない!」
「……そう」
マレーネの笑顔がふっと消え、青い瞳が鋭く光った。その瞬間、周囲の空気がピリピリと震える。
彼女の体から、圧倒的な魔力があふれ出したのだ。
「な、なに……っ」
ルドルフとアーガリーが同時に後ずさる。床がビリビリと振動し、会場の壁が一部、音を立てて崩れ落ちた。魔力の衝撃にシャンデリアが揺れ、悲鳴が飛び交う。
文字数 95,729
最終更新日 2025.10.01
登録日 2025.09.07
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。
「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」
周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。
アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。
ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。
その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。
そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。
文字数 172,009
最終更新日 2025.09.30
登録日 2025.08.27
伯爵家の大広間。豪奢なシャンデリアの下で、カンヌ=アヴィニヨンは思いがけない言葉を突きつけられた。
婚約者であるはずのサンオリ=ポール伯爵令息が、冷徹な眼差しで告げたのだ。
「お前のようなわがままは嫌いだ。結婚しても、生涯お前を愛することはない」
胸に抱いていた未来が、瞬時に崩れ落ちる。愛され、幸せな結婚を夢見ていたはずが、彼の瞳は一度たりとも自分に向けられてはいなかった。絶望の底で、思わず叫ぶ。
「婚約者のわたしを愛せないのなら――あなたが夢中のナンテールを殺す!」
大広間にどよめきが走り、サンオリの氷のような眼差しが向けられた瞬間、カンヌの頭に激しい衝撃が走った。そして――押し寄せてきたのは、前世の記憶。
彼女は思い出す。かつて自分が遊んでいた恋愛ゲーム『ときめき記念日』の世界に転生していることを。そして、今の自分は嫉妬に狂い、ヒロインを害そうとして断罪される運命の悪役令嬢カンヌであることを。
(……なんて馬鹿げているのかしら。こんな男に執着して、最後は破滅だなんて)
そう気づいた瞬間、胸を締め付けていた恋心はすっと冷めていった。サンオリがナンテールを庇う姿を一瞥すると、彼女は冷ややかに吐き捨てる。
「男爵令嬢が好きなら……お好きにどうぞ」
ドレスの裾を翻し、視線を浴びながら大広間を去る。そこには、不思議なほどの解放感があった。
◆
伯爵邸へ帰る馬車の中で、カンヌは静かに息を吐く。
「……破滅する未来なんて、御免だわ」
もし決められた筋書きに従えば、断罪と破滅が待っている。ならば、違う道を選べばいい。
そう考えた彼女の脳裏に浮かんだのは、前世で心を癒してくれた小さな楽しみ――アルバイト帰りに立ち寄った喫茶店のショートケーキだった。
「せっかく異世界に来たのだから……今度はここで、カフェ巡りをしてみようかしら」
文字数 64,771
最終更新日 2025.09.28
登録日 2025.09.13
『銀のアテネと魔道具の街』――婚約破棄と、さよならの朝――
「……もう、アテネとは結婚できないんだ」
その一言で、アテネ=グレイの世界は静かに壊れた。
魔道具店《星降る歯車亭》の奥、香炉から立ちのぼるスパイスの香りも今は重苦しいだけだった。チャーリーの口から出たのは、チョコレー嬢の妊娠。あの春祭りの夜、アテネがひとりで在庫整理をしていた間に、彼は彼女と関係を持っていたのだという。
「じゃあ、私は、いらないのね」
椅子を立ち、淡々とそう告げるアテネに、チャーリーは何も言えなかった。その場を離れようとしたとき、彼の母コウージョが現れた。
「アテネ、小間使いとして雇ってあげてもいいのよ。月銀一枚で」
それは、娘として見てくれていた過去の笑顔とは真逆の提案だった。
「お気持ちはありがたいですが、結構です」
荷物は少なかった。設計本と銀の懐中時計、そして夢――魔道具職人になる夢。それだけを胸に、アテネは店を後にした。
辿り着いたのは、アスティリア北西の古い孤児院《セント・アステリアの家》。ドアを開けたシスター・カレンは、何も聞かず、アテネをそっと抱きしめてくれた。
「ここは、いつでもあなたの家よ」
アテネは泣きながらすべてを話した。カレンは優しく頷き、そしてこう言った。
「夢は壊れてないわ。道が変わっただけ。魔法学院に行くのよ、アテネ。貴族院の援助枠がある。あなたなら、きっと受かる」
初めて、自分の夢に手を伸ばしてもいいのだと気づいた。誰かの未来に添えられるだけでなく、自分の力で未来を選んでいいのだと。
その夜、アテネは星を見上げて誓った。
「――魔術学院に行こう。魔道具を、もっと知りたい」
もう、誰かに決められる人生じゃない。
これからは、自分の足で歩いていく。
文字数 107,090
最終更新日 2025.09.19
登録日 2025.08.25
王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。
名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。
だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。
――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。
同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。
そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。
そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。
レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。
そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。
文字数 130,747
最終更新日 2025.09.17
登録日 2025.08.21
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
文字数 118,952
最終更新日 2025.09.16
登録日 2025.08.22
カールは学園の卒業式を終え、心の中で晴れやかな気持ちを抱えていた。長年の努力が実を結び、婚約者リリスとの結婚式の日が近づいていたからだ。しかし、その期待は一瞬で裏切られた。 「カール、私たちの婚約は解消するわ。」 リリスの冷たい声がカール…
文字数 306,601
最終更新日 2025.09.13
登録日 2025.08.17
桃色の髪がチャームポイント、ちょっとおちゃめなわたし――エリーゼ・バンダームは、ルマンド王国魔法学院の卒業式に出席していた。晴れやかな陽射し、着飾った仲間たち、別れの涙。今日という日は、感動の嵐になる……はずだったのに。
「エリーゼ、お前との婚約を破棄する!」
……うん、そう来たか。
壇上に立つのは、筋肉もりもりで頭がちょっと残念な元婚約者、レンブランド様。どう見ても空気読んでないその宣言に、場内は騒然。いやいや、卒業式ですよ? 一生に一度の感動イベントなんですよ?
そして追い打ちをかけるように、会場の奥から立ち上がったのは――セザンヌ・アルフォード王女。お隣の国の超重要人物でありながら、満面の笑みで壇上へ。
「わたくし、レンブランド様の子を授かりましたの」
……卒業式って、こういう暴露大会だったっけ?
まさかの国際ロマンス劇場開幕に、場内は悲鳴とざわめきの嵐。あっちでは気絶、こっちでは嗚咽、わたしは咳き込み中。
そして現れたのは、ナルシスト全開の第三王子ウイリアム様は、実は王女の婚約者。「本当なのか!?」なんて問いかけに、王女は恥じらいつつ「はい♡」とお返事。
……ねぇ、これマジで戦争始まらない?
と、その場をキリッと締めたのが第一王子、シャルル殿下。イケボで「卒業式は中止。関係者、会議室に移動せよ」。いや、命令が軍隊。
というわけで、わたしたち四人は騎士たちに囲まれて、会議室に連行されました。はい、もうドナドナです。
――静かに卒業したかったなぁ。でも、これはまだ序章。
このあと始まる、王族たちの怒り、浮気男の言い訳、そしてわたしの反撃。
さあ、スキャンダルの舞台はこれから!
文字数 70,147
最終更新日 2025.09.13
登録日 2025.08.29
15
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