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第52話 公爵家シリウスの決断 ― 不穏の影を追う
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公爵家シリウスの決断 ― 不穏の影を追う
夜の帳が王都を包み込んでいた。
シリウス=ラ=ロシェルは、自邸の書斎で一人、深く息をついた。
教会でのエリシアとのやり取りが、まだ胸の奥でくすぶっている。
「……エリオット殿下が、聖女に片想いしている? いや、両想いだと……」
その言葉が、どうしても耳から離れなかった。
もしそれが事実なら、ローゼ嬢との婚約は形ばかりのものになってしまう。
だが、幼いころからエリオット殿下とローゼ嬢を見てきたシリウスには、それが到底信じられなかった。二人が互いを大切に思っていることは、他ならぬ彼自身が一番知っている。
――では、なぜエリシアはそこまで言い張るのか。
彼女がただの思い込みで動いているのか、それとも誰かに吹き込まれているのか。
シリウスは机に置いた杯を握りしめ、静かに決意した。
「……俺が確かめなければならない」
翌日、王宮の一角。
シリウスはエリオットを訪ねた。執務の合間を縫って現れた第二王子は、少し疲れを見せながらもいつもの誠実な笑みを浮かべていた。
「シリウス、わざわざ来てくれたのか。どうした?」
「殿下。実は……教会で、エリシアと話をしました」
その名を聞いた瞬間、エリオットの表情がかすかに曇る。
シリウスは躊躇うことなく、昨夜の会話を包み隠さず語った。
「……エリオット殿下は聖女と両想いだと、彼女は言い切りました。そして、ローゼ嬢こそが邪魔をしているのだと」
「……なんだと?」
エリオットは椅子から立ち上がり、深いため息を漏らした。
「確かに、エリシアは昔から私に特別な感情を向けてくれていたようだ。だが、それは一方的なものだ。私はローゼを……幼いころからずっと大切に思ってきた。婚約を望んだのも私の方だ」
「では、やはりエリシアの思い違いということでしょうか」
シリウスは眉をひそめながら問う。だが、エリオットは首を横に振った。
「いや……この時期に色々と問題が起こりすぎている。誰かが裏で糸を引いている可能性もある。シリウス、君も感じているだろう?」
「……はい。あの様子は、まるで確信を植え付けられているかのようでした」
二人の間に重苦しい沈黙が落ちた。
やがてシリウスは意を決したように言った。
「殿下。私は、教会の内部を探ります。エリシアの周囲に、不審な人物がいないかどうか」
「危険だぞ」
「承知の上です。ですが、放っておけば必ず殿下とローゼ嬢に火の粉が降りかかる。……私の役目は、殿下を守ることですから」
エリオットはしばし沈黙し、やがて真剣な眼差しでシリウスを見つめた。
「頼む。シリウス。私も王宮内で動こう。ローゼを守りながら、背後に誰がいるのかを突き止める」
――こうして二人は暗黙の協力を誓い合った。
数日後。
シリウスは教会の回廊を歩いていた。昼間でありながら、人影の少ないその場所は、ひんやりとした空気に包まれている。
彼は表向きには治療の継続を理由に足を運んでいたが、実際には別の目的があった。
エリシアの背後に誰がいるのか、その影を掴むためだ。
すると、視界の隅で一人の神官が立ち去るのが見えた。
紫がかった髪を後ろで束ね、端整な顔立ちを持つ青年――アーケンと名乗る神官である。
シリウスは彼に見覚えがあった。数か月前、突如として地方から赴任してきたと聞いたが、それ以前の経歴はほとんど不明だった。にもかかわらず、エリシアの相談役として頻繁に行動を共にしている。
(……怪しいな)
シリウスは足音を殺し、彼の後を追った。
アーケンは人気のない廊下を進み、古い資料室へ入っていく。
中からは誰かと低く囁き合う声が聞こえた。
「……焦るな。第一王子が転落した今、次は第二王子だ」
「けれど、ローゼ嬢が思ったよりも強い影響力を……」
「心配はいらない。セミーナを利用すればいい。彼女は自分が第一聖女になると信じ込んでいる。その執念が必ず殿下とローゼを裂く」
シリウスの背筋に冷たいものが走った。
――やはり、裏に黒幕がいる。エリシアは利用されているだけなのだ。
だが、この会話を証拠もなく告げても、エリシアを救うこともローゼを守ることもできない。
シリウスは息を潜め、足音を忍ばせてその場を離れた。
夜、自邸に戻ったシリウスは窓辺に立ち、王都の灯りを見つめていた。
脳裏に浮かぶのは、エリオットの真剣な眼差しと、無邪気に笑うローゼの顔、そして狂気に囚われたようなエリシアの姿。
「……俺が動かなければ、殿下もローゼ嬢も……そしてエリシア自身も、破滅する」
シリウスは静かに拳を握った。
彼の戦いは、剣ではなく闇の中で始まろうとしていた。
夜の帳が王都を包み込んでいた。
シリウス=ラ=ロシェルは、自邸の書斎で一人、深く息をついた。
教会でのエリシアとのやり取りが、まだ胸の奥でくすぶっている。
「……エリオット殿下が、聖女に片想いしている? いや、両想いだと……」
その言葉が、どうしても耳から離れなかった。
もしそれが事実なら、ローゼ嬢との婚約は形ばかりのものになってしまう。
だが、幼いころからエリオット殿下とローゼ嬢を見てきたシリウスには、それが到底信じられなかった。二人が互いを大切に思っていることは、他ならぬ彼自身が一番知っている。
――では、なぜエリシアはそこまで言い張るのか。
彼女がただの思い込みで動いているのか、それとも誰かに吹き込まれているのか。
シリウスは机に置いた杯を握りしめ、静かに決意した。
「……俺が確かめなければならない」
翌日、王宮の一角。
シリウスはエリオットを訪ねた。執務の合間を縫って現れた第二王子は、少し疲れを見せながらもいつもの誠実な笑みを浮かべていた。
「シリウス、わざわざ来てくれたのか。どうした?」
「殿下。実は……教会で、エリシアと話をしました」
その名を聞いた瞬間、エリオットの表情がかすかに曇る。
シリウスは躊躇うことなく、昨夜の会話を包み隠さず語った。
「……エリオット殿下は聖女と両想いだと、彼女は言い切りました。そして、ローゼ嬢こそが邪魔をしているのだと」
「……なんだと?」
エリオットは椅子から立ち上がり、深いため息を漏らした。
「確かに、エリシアは昔から私に特別な感情を向けてくれていたようだ。だが、それは一方的なものだ。私はローゼを……幼いころからずっと大切に思ってきた。婚約を望んだのも私の方だ」
「では、やはりエリシアの思い違いということでしょうか」
シリウスは眉をひそめながら問う。だが、エリオットは首を横に振った。
「いや……この時期に色々と問題が起こりすぎている。誰かが裏で糸を引いている可能性もある。シリウス、君も感じているだろう?」
「……はい。あの様子は、まるで確信を植え付けられているかのようでした」
二人の間に重苦しい沈黙が落ちた。
やがてシリウスは意を決したように言った。
「殿下。私は、教会の内部を探ります。エリシアの周囲に、不審な人物がいないかどうか」
「危険だぞ」
「承知の上です。ですが、放っておけば必ず殿下とローゼ嬢に火の粉が降りかかる。……私の役目は、殿下を守ることですから」
エリオットはしばし沈黙し、やがて真剣な眼差しでシリウスを見つめた。
「頼む。シリウス。私も王宮内で動こう。ローゼを守りながら、背後に誰がいるのかを突き止める」
――こうして二人は暗黙の協力を誓い合った。
数日後。
シリウスは教会の回廊を歩いていた。昼間でありながら、人影の少ないその場所は、ひんやりとした空気に包まれている。
彼は表向きには治療の継続を理由に足を運んでいたが、実際には別の目的があった。
エリシアの背後に誰がいるのか、その影を掴むためだ。
すると、視界の隅で一人の神官が立ち去るのが見えた。
紫がかった髪を後ろで束ね、端整な顔立ちを持つ青年――アーケンと名乗る神官である。
シリウスは彼に見覚えがあった。数か月前、突如として地方から赴任してきたと聞いたが、それ以前の経歴はほとんど不明だった。にもかかわらず、エリシアの相談役として頻繁に行動を共にしている。
(……怪しいな)
シリウスは足音を殺し、彼の後を追った。
アーケンは人気のない廊下を進み、古い資料室へ入っていく。
中からは誰かと低く囁き合う声が聞こえた。
「……焦るな。第一王子が転落した今、次は第二王子だ」
「けれど、ローゼ嬢が思ったよりも強い影響力を……」
「心配はいらない。セミーナを利用すればいい。彼女は自分が第一聖女になると信じ込んでいる。その執念が必ず殿下とローゼを裂く」
シリウスの背筋に冷たいものが走った。
――やはり、裏に黒幕がいる。エリシアは利用されているだけなのだ。
だが、この会話を証拠もなく告げても、エリシアを救うこともローゼを守ることもできない。
シリウスは息を潜め、足音を忍ばせてその場を離れた。
夜、自邸に戻ったシリウスは窓辺に立ち、王都の灯りを見つめていた。
脳裏に浮かぶのは、エリオットの真剣な眼差しと、無邪気に笑うローゼの顔、そして狂気に囚われたようなエリシアの姿。
「……俺が動かなければ、殿下もローゼ嬢も……そしてエリシア自身も、破滅する」
シリウスは静かに拳を握った。
彼の戦いは、剣ではなく闇の中で始まろうとしていた。
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