72 / 97
第53話 闇に潜む公爵家シリウス ― 教会潜入
闇に潜む公爵家シリウス ― 教会潜入
夜の教会は、昼の清らかな雰囲気とはまるで別の顔をしていた。
ステンドグラスに月明かりが落ち、床に色とりどりの影を描いている。だが、人の気配はなく、空気は張り詰めて冷たい。
シリウス=ラ=ロシェルは黒の外套に身を包み、静かに柱の陰を移動した。
ロシェル家は、王家の暗部的な役目をしている家柄である。そのため、シリウスも潜入の特訓などもしていたのである。
武人として鍛え上げられた身体は、重い鎧を纏っていなくとも研ぎ澄まされた刃のように敏捷だ。
「……ここから先は、神官しか入れぬ領域だな」
昼間の下調べで、怪しい部屋の場所は突き止めてある。アーケンとセミーナが出入りしていた古い書庫だ。
表向きには封鎖されているはずだが、彼らは密かにそこを拠点としていた。
シリウスは深呼吸をしてから、錠前に指を伸ばした。
幼い頃に父から教え込まれた護身術の一つ――扉の仕組みを探り、音を立てずに解錠する。
「カチリ」と乾いた音がして、扉はわずかに開いた。
中は暗い。
ランプに火をともすわけにはいかない。シリウスは月明かりに目を慣らしながら、一歩、また一歩と足を踏み入れた。
書庫はほこりにまみれていたが、奥の机の上だけは妙に整えられていた。
そこに積まれた書簡の束、そして封蝋の破片。
「……やはり何かあるな」
シリウスは慎重に紙をめくっていく。
その中に、一通の手紙を見つけた。
見慣れぬ文字――だが、彼は気づいた。これは帝国の暗号だ。王都の防諜局がかつて解読した資料と同じ形式。
(ルーレット帝国……! やはり、背後にいるのはあの国か)
内容は断片的にしか分からない。
だが「第一聖女の座」「第二王子婚約阻止」「次なる標的」といった不穏な言葉が並んでいた。
――これこそ、アーケンとセミーナが仕組む陰謀の証。
シリウスは手紙を懐に収めた。
その時だった。
廊下から、誰かの足音が近づいてくる。
シリウスは即座に身を低くし、棚の影に隠れた。
扉が軋みを立てて開き、ランプの光が差し込む。
「……アーケン様、本当に王宮は陥とせるのでしょうか?」
それはセミーナの声だった。
彼女は純白の修道服に身を包んでいるが、その声音には甘さではなく焦燥が混じっていた。
「案ずるな。すでに仕組みは動き出している。エリシアはエリオット王子を求め王太子妃の座を求めている。その執念を利用すれば、我らの目的は果たされる」
紫髪の男――アーケンが冷たく答える。
シリウスは拳を固く握りしめた。やはりこの男が黒幕だ。
「ですが……ローゼ嬢と第二王子の仲は……」
「その時は彼女を陥れる策を使うだけだ。……セミーナ、忘れるな。我らの悲願は王国の混乱だ。第一王子を失脚させたのと同じようにな」
――第一王子転落の裏にも、この男が関わっていた。
シリウスは怒りを押し殺しながら、耳を澄ませ続けた。
「それに、エリシアを信じ込ませるのは容易い。彼女は純粋だが、その分盲目でもある。『エリオット殿下はあなたを想っている』とささやくだけでいい。……愛という幻想ほど、人を狂わせるものはない」
アーケンの嘲笑が響いた。
セミーナはわずかにうつむき、何も言えなくなったようだった。
やがて二人は扉を閉め、足音を遠ざけていく。
静寂が戻った瞬間、シリウスは全身から汗が噴き出していることに気づいた。
「……証拠は掴んだ。だが、これをどう殿下に伝えるべきか」
彼は懐の手紙を確かめながら、深く息を吐いた。
だが次の瞬間――背後で「コツ」と何かが鳴った。
反射的に振り返ると、そこには修道服の影が立っていた。
目が合う。相手の瞳が大きく見開かれた。
「シ、シリウス様……! なぜ、こんなところに……」
それはエリシアの侍女のステラだった。
彼女の表情は恐怖と動揺に揺れていた。
「……黙っていてくれるな?」
シリウスは低く告げ、視線で圧をかける。
ステラは唇を震わせたが、やがて小さくうなずいた。
「……わかりました。私は、何も見ていません」
シリウスは頷き、影のようにその場を去った。
王都の夜風を浴びたとき、彼はようやく息を吐き出した。
懐には帝国の暗号文、そして心には確信がある。
――エリシアは操られている。アーケンとセミーナが黒幕だ。
次にすべきは、殿下へ証拠を渡し、しかるべき対処を取ること。
だが同時に、敵がこちらの動きを察知すれば、必ず反撃してくるだろう。
シリウスは夜空を見上げ、星々に誓った。
「必ず守る……殿下と、ローゼ嬢、そして……愚かにも操られているエリシア様も」
その瞳には、静かな炎が宿っていた。
夜の教会は、昼の清らかな雰囲気とはまるで別の顔をしていた。
ステンドグラスに月明かりが落ち、床に色とりどりの影を描いている。だが、人の気配はなく、空気は張り詰めて冷たい。
シリウス=ラ=ロシェルは黒の外套に身を包み、静かに柱の陰を移動した。
ロシェル家は、王家の暗部的な役目をしている家柄である。そのため、シリウスも潜入の特訓などもしていたのである。
武人として鍛え上げられた身体は、重い鎧を纏っていなくとも研ぎ澄まされた刃のように敏捷だ。
「……ここから先は、神官しか入れぬ領域だな」
昼間の下調べで、怪しい部屋の場所は突き止めてある。アーケンとセミーナが出入りしていた古い書庫だ。
表向きには封鎖されているはずだが、彼らは密かにそこを拠点としていた。
シリウスは深呼吸をしてから、錠前に指を伸ばした。
幼い頃に父から教え込まれた護身術の一つ――扉の仕組みを探り、音を立てずに解錠する。
「カチリ」と乾いた音がして、扉はわずかに開いた。
中は暗い。
ランプに火をともすわけにはいかない。シリウスは月明かりに目を慣らしながら、一歩、また一歩と足を踏み入れた。
書庫はほこりにまみれていたが、奥の机の上だけは妙に整えられていた。
そこに積まれた書簡の束、そして封蝋の破片。
「……やはり何かあるな」
シリウスは慎重に紙をめくっていく。
その中に、一通の手紙を見つけた。
見慣れぬ文字――だが、彼は気づいた。これは帝国の暗号だ。王都の防諜局がかつて解読した資料と同じ形式。
(ルーレット帝国……! やはり、背後にいるのはあの国か)
内容は断片的にしか分からない。
だが「第一聖女の座」「第二王子婚約阻止」「次なる標的」といった不穏な言葉が並んでいた。
――これこそ、アーケンとセミーナが仕組む陰謀の証。
シリウスは手紙を懐に収めた。
その時だった。
廊下から、誰かの足音が近づいてくる。
シリウスは即座に身を低くし、棚の影に隠れた。
扉が軋みを立てて開き、ランプの光が差し込む。
「……アーケン様、本当に王宮は陥とせるのでしょうか?」
それはセミーナの声だった。
彼女は純白の修道服に身を包んでいるが、その声音には甘さではなく焦燥が混じっていた。
「案ずるな。すでに仕組みは動き出している。エリシアはエリオット王子を求め王太子妃の座を求めている。その執念を利用すれば、我らの目的は果たされる」
紫髪の男――アーケンが冷たく答える。
シリウスは拳を固く握りしめた。やはりこの男が黒幕だ。
「ですが……ローゼ嬢と第二王子の仲は……」
「その時は彼女を陥れる策を使うだけだ。……セミーナ、忘れるな。我らの悲願は王国の混乱だ。第一王子を失脚させたのと同じようにな」
――第一王子転落の裏にも、この男が関わっていた。
シリウスは怒りを押し殺しながら、耳を澄ませ続けた。
「それに、エリシアを信じ込ませるのは容易い。彼女は純粋だが、その分盲目でもある。『エリオット殿下はあなたを想っている』とささやくだけでいい。……愛という幻想ほど、人を狂わせるものはない」
アーケンの嘲笑が響いた。
セミーナはわずかにうつむき、何も言えなくなったようだった。
やがて二人は扉を閉め、足音を遠ざけていく。
静寂が戻った瞬間、シリウスは全身から汗が噴き出していることに気づいた。
「……証拠は掴んだ。だが、これをどう殿下に伝えるべきか」
彼は懐の手紙を確かめながら、深く息を吐いた。
だが次の瞬間――背後で「コツ」と何かが鳴った。
反射的に振り返ると、そこには修道服の影が立っていた。
目が合う。相手の瞳が大きく見開かれた。
「シ、シリウス様……! なぜ、こんなところに……」
それはエリシアの侍女のステラだった。
彼女の表情は恐怖と動揺に揺れていた。
「……黙っていてくれるな?」
シリウスは低く告げ、視線で圧をかける。
ステラは唇を震わせたが、やがて小さくうなずいた。
「……わかりました。私は、何も見ていません」
シリウスは頷き、影のようにその場を去った。
王都の夜風を浴びたとき、彼はようやく息を吐き出した。
懐には帝国の暗号文、そして心には確信がある。
――エリシアは操られている。アーケンとセミーナが黒幕だ。
次にすべきは、殿下へ証拠を渡し、しかるべき対処を取ること。
だが同時に、敵がこちらの動きを察知すれば、必ず反撃してくるだろう。
シリウスは夜空を見上げ、星々に誓った。
「必ず守る……殿下と、ローゼ嬢、そして……愚かにも操られているエリシア様も」
その瞳には、静かな炎が宿っていた。
あなたにおすすめの小説
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
【完結】帳簿令嬢の答え合わせ ~その不正、すべて帳簿が覚えています~
Lihito
ファンタジー
公爵令嬢アイリスは、身に覚えのない罪で婚約破棄され、辺境へ追放された。
だが彼女には秘密がある。
前世は経理OL。そして今世では、物や土地の「価値」が数字で見える能力を持っていた。
公爵家の帳簿を一手に管理していたのは、実は彼女。
追い出した側は、それを知らない。
「三ヶ月で破産すると思うけど……まあ、私には関係ないわね」
荒れ果てた辺境領。誰も気づかなかった資源。無口な護衛騎士。
アイリスは数字を武器に、この土地を立て直すことを決意する。
——追い出したこと、後悔させてあげる。
※毎日18時更新
※表紙画像はAIにて作成しています
※ 旧題:婚約破棄された令嬢ですが、帳簿があれば辺境でも無双できます
トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……
王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。
時が巻き戻った悪役令嬢は、追放先で今度こそ幸せに暮らしたい
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【その断罪、待っていました!】
私は侯爵令嬢オフィーリア・ドヌーブ。王太子アシル・バスチエの婚約者だった。良い国母になる為、日々努力を怠らなかった。そんなある日、聖女を名乗る女性ソネットが現れ、あっという間にアシルは彼女に夢中になってしまう。妃の座を奪われることに危機感を抱いた私は、ありとあらゆる手段でソネットを陥れようとして失敗。逆に罰として侯爵家から除籍され、辺境の地へ幾人かの使用人達と共に追放されてしまう。追放先の村での暮らしは不便だったが、人々は皆親切だった。けれど元侯爵令嬢というプライドから最後まで私は素直になれなかった。そんな自分に後悔しながら長い時を孤独に過ごしていたある日。不思議な懐中時計の力によって、何故か断罪の真っ最中に時が巻き戻っていた。聖女への嫌がらせは無かったことに出来ない。それなら今世はおとなしく追放されて和やかに過ごそう。今度こそ幸せに暮らす為に——
※他サイトでも投稿中
姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています
もちもちほっぺ
恋愛
侯爵家の地下室に住み、姉の食べかけで飢えをしのぎ、婚約者には初対面で「老婆のようだ、姉の方がよかった」と言われた令嬢リリアーナ。
ある日その婚約者に問答無用で公爵邸に連れ帰られた。
庭の恵みを口にするたびに肌が輝き、髪が艶めき、体に力が満ちていく。首に巻いたお守りの秘密、十数年続く国の不作の真実、虐げられ続けた令嬢の出生の謎。
全てが明かされる時、地下室令嬢の逆転劇が始まる。
なお婚約者は今日も庭でグルメリポートを最後まで聞いている。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中