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第53話 闇に潜む公爵家シリウス ― 教会潜入
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闇に潜む公爵家シリウス ― 教会潜入
夜の教会は、昼の清らかな雰囲気とはまるで別の顔をしていた。
ステンドグラスに月明かりが落ち、床に色とりどりの影を描いている。だが、人の気配はなく、空気は張り詰めて冷たい。
シリウス=ラ=ロシェルは黒の外套に身を包み、静かに柱の陰を移動した。
ロシェル家は、王家の暗部的な役目をしている家柄である。そのため、シリウスも潜入の特訓などもしていたのである。
武人として鍛え上げられた身体は、重い鎧を纏っていなくとも研ぎ澄まされた刃のように敏捷だ。
「……ここから先は、神官しか入れぬ領域だな」
昼間の下調べで、怪しい部屋の場所は突き止めてある。アーケンとセミーナが出入りしていた古い書庫だ。
表向きには封鎖されているはずだが、彼らは密かにそこを拠点としていた。
シリウスは深呼吸をしてから、錠前に指を伸ばした。
幼い頃に父から教え込まれた護身術の一つ――扉の仕組みを探り、音を立てずに解錠する。
「カチリ」と乾いた音がして、扉はわずかに開いた。
中は暗い。
ランプに火をともすわけにはいかない。シリウスは月明かりに目を慣らしながら、一歩、また一歩と足を踏み入れた。
書庫はほこりにまみれていたが、奥の机の上だけは妙に整えられていた。
そこに積まれた書簡の束、そして封蝋の破片。
「……やはり何かあるな」
シリウスは慎重に紙をめくっていく。
その中に、一通の手紙を見つけた。
見慣れぬ文字――だが、彼は気づいた。これは帝国の暗号だ。王都の防諜局がかつて解読した資料と同じ形式。
(ルーレット帝国……! やはり、背後にいるのはあの国か)
内容は断片的にしか分からない。
だが「第一聖女の座」「第二王子婚約阻止」「次なる標的」といった不穏な言葉が並んでいた。
――これこそ、アーケンとセミーナが仕組む陰謀の証。
シリウスは手紙を懐に収めた。
その時だった。
廊下から、誰かの足音が近づいてくる。
シリウスは即座に身を低くし、棚の影に隠れた。
扉が軋みを立てて開き、ランプの光が差し込む。
「……アーケン様、本当に王宮は陥とせるのでしょうか?」
それはセミーナの声だった。
彼女は純白の修道服に身を包んでいるが、その声音には甘さではなく焦燥が混じっていた。
「案ずるな。すでに仕組みは動き出している。エリシアはエリオット王子を求め王太子妃の座を求めている。その執念を利用すれば、我らの目的は果たされる」
紫髪の男――アーケンが冷たく答える。
シリウスは拳を固く握りしめた。やはりこの男が黒幕だ。
「ですが……ローゼ嬢と第二王子の仲は……」
「その時は彼女を陥れる策を使うだけだ。……セミーナ、忘れるな。我らの悲願は王国の混乱だ。第一王子を失脚させたのと同じようにな」
――第一王子転落の裏にも、この男が関わっていた。
シリウスは怒りを押し殺しながら、耳を澄ませ続けた。
「それに、エリシアを信じ込ませるのは容易い。彼女は純粋だが、その分盲目でもある。『エリオット殿下はあなたを想っている』とささやくだけでいい。……愛という幻想ほど、人を狂わせるものはない」
アーケンの嘲笑が響いた。
セミーナはわずかにうつむき、何も言えなくなったようだった。
やがて二人は扉を閉め、足音を遠ざけていく。
静寂が戻った瞬間、シリウスは全身から汗が噴き出していることに気づいた。
「……証拠は掴んだ。だが、これをどう殿下に伝えるべきか」
彼は懐の手紙を確かめながら、深く息を吐いた。
だが次の瞬間――背後で「コツ」と何かが鳴った。
反射的に振り返ると、そこには修道服の影が立っていた。
目が合う。相手の瞳が大きく見開かれた。
「シ、シリウス様……! なぜ、こんなところに……」
それはエリシアの侍女のステラだった。
彼女の表情は恐怖と動揺に揺れていた。
「……黙っていてくれるな?」
シリウスは低く告げ、視線で圧をかける。
ステラは唇を震わせたが、やがて小さくうなずいた。
「……わかりました。私は、何も見ていません」
シリウスは頷き、影のようにその場を去った。
王都の夜風を浴びたとき、彼はようやく息を吐き出した。
懐には帝国の暗号文、そして心には確信がある。
――エリシアは操られている。アーケンとセミーナが黒幕だ。
次にすべきは、殿下へ証拠を渡し、しかるべき対処を取ること。
だが同時に、敵がこちらの動きを察知すれば、必ず反撃してくるだろう。
シリウスは夜空を見上げ、星々に誓った。
「必ず守る……殿下と、ローゼ嬢、そして……愚かにも操られているエリシア様も」
その瞳には、静かな炎が宿っていた。
夜の教会は、昼の清らかな雰囲気とはまるで別の顔をしていた。
ステンドグラスに月明かりが落ち、床に色とりどりの影を描いている。だが、人の気配はなく、空気は張り詰めて冷たい。
シリウス=ラ=ロシェルは黒の外套に身を包み、静かに柱の陰を移動した。
ロシェル家は、王家の暗部的な役目をしている家柄である。そのため、シリウスも潜入の特訓などもしていたのである。
武人として鍛え上げられた身体は、重い鎧を纏っていなくとも研ぎ澄まされた刃のように敏捷だ。
「……ここから先は、神官しか入れぬ領域だな」
昼間の下調べで、怪しい部屋の場所は突き止めてある。アーケンとセミーナが出入りしていた古い書庫だ。
表向きには封鎖されているはずだが、彼らは密かにそこを拠点としていた。
シリウスは深呼吸をしてから、錠前に指を伸ばした。
幼い頃に父から教え込まれた護身術の一つ――扉の仕組みを探り、音を立てずに解錠する。
「カチリ」と乾いた音がして、扉はわずかに開いた。
中は暗い。
ランプに火をともすわけにはいかない。シリウスは月明かりに目を慣らしながら、一歩、また一歩と足を踏み入れた。
書庫はほこりにまみれていたが、奥の机の上だけは妙に整えられていた。
そこに積まれた書簡の束、そして封蝋の破片。
「……やはり何かあるな」
シリウスは慎重に紙をめくっていく。
その中に、一通の手紙を見つけた。
見慣れぬ文字――だが、彼は気づいた。これは帝国の暗号だ。王都の防諜局がかつて解読した資料と同じ形式。
(ルーレット帝国……! やはり、背後にいるのはあの国か)
内容は断片的にしか分からない。
だが「第一聖女の座」「第二王子婚約阻止」「次なる標的」といった不穏な言葉が並んでいた。
――これこそ、アーケンとセミーナが仕組む陰謀の証。
シリウスは手紙を懐に収めた。
その時だった。
廊下から、誰かの足音が近づいてくる。
シリウスは即座に身を低くし、棚の影に隠れた。
扉が軋みを立てて開き、ランプの光が差し込む。
「……アーケン様、本当に王宮は陥とせるのでしょうか?」
それはセミーナの声だった。
彼女は純白の修道服に身を包んでいるが、その声音には甘さではなく焦燥が混じっていた。
「案ずるな。すでに仕組みは動き出している。エリシアはエリオット王子を求め王太子妃の座を求めている。その執念を利用すれば、我らの目的は果たされる」
紫髪の男――アーケンが冷たく答える。
シリウスは拳を固く握りしめた。やはりこの男が黒幕だ。
「ですが……ローゼ嬢と第二王子の仲は……」
「その時は彼女を陥れる策を使うだけだ。……セミーナ、忘れるな。我らの悲願は王国の混乱だ。第一王子を失脚させたのと同じようにな」
――第一王子転落の裏にも、この男が関わっていた。
シリウスは怒りを押し殺しながら、耳を澄ませ続けた。
「それに、エリシアを信じ込ませるのは容易い。彼女は純粋だが、その分盲目でもある。『エリオット殿下はあなたを想っている』とささやくだけでいい。……愛という幻想ほど、人を狂わせるものはない」
アーケンの嘲笑が響いた。
セミーナはわずかにうつむき、何も言えなくなったようだった。
やがて二人は扉を閉め、足音を遠ざけていく。
静寂が戻った瞬間、シリウスは全身から汗が噴き出していることに気づいた。
「……証拠は掴んだ。だが、これをどう殿下に伝えるべきか」
彼は懐の手紙を確かめながら、深く息を吐いた。
だが次の瞬間――背後で「コツ」と何かが鳴った。
反射的に振り返ると、そこには修道服の影が立っていた。
目が合う。相手の瞳が大きく見開かれた。
「シ、シリウス様……! なぜ、こんなところに……」
それはエリシアの侍女のステラだった。
彼女の表情は恐怖と動揺に揺れていた。
「……黙っていてくれるな?」
シリウスは低く告げ、視線で圧をかける。
ステラは唇を震わせたが、やがて小さくうなずいた。
「……わかりました。私は、何も見ていません」
シリウスは頷き、影のようにその場を去った。
王都の夜風を浴びたとき、彼はようやく息を吐き出した。
懐には帝国の暗号文、そして心には確信がある。
――エリシアは操られている。アーケンとセミーナが黒幕だ。
次にすべきは、殿下へ証拠を渡し、しかるべき対処を取ること。
だが同時に、敵がこちらの動きを察知すれば、必ず反撃してくるだろう。
シリウスは夜空を見上げ、星々に誓った。
「必ず守る……殿下と、ローゼ嬢、そして……愚かにも操られているエリシア様も」
その瞳には、静かな炎が宿っていた。
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