74 / 97
第55話 噂が王宮を揺るがす ― エリオットとローゼの危機
しおりを挟む
噂が王宮を揺るがす ― エリオットとローゼの危機
王都の朝は、いつもなら澄み切った鐘の音と共に始まる。だが、この日ばかりは違っていた。
城下の広場に集まる市民の口から口へと、ある言葉が広まっていったのだ。
「聞いたか? 第一王子殿下は聖女さまと――」
「いやいや、あれは禁忌だろう。まさか……」
「本当さ。教会の者が見たっていうんだ」
その声は、風よりも速く王宮へ届いた。貴族たちの控えの間、侍女や騎士たちの間、そしてやがては謁見の間にまで噂が響く。
エリオットとローゼの婚約は国の安定を象徴するもののはずだった。だが、そこに「王子が教会の聖女と密かに恋仲になっている」という囁きが入り込むだけで、均衡は音を立てて揺らぎ始めた。
午前の執務を終えたエリオットは、侍従から報告を受けるなり眉をひそめた。
「聖女エリシアと……私が? そんな根も葉もないことを」
侍従は怯えた顔で言葉を濁した。
「しかし、殿下、すでに複数の貴族がその話を持ち出しております。中には、正式に調査を求める声も……」
隣室で控えていたローゼも、さすがに顔色を失った。
「そんな……。どうしてこんな噂が広がるのですか? 殿下とわたくしが婚約をしてから、ようやく人々が安心し始めたのに」
彼女の声は震えていたが、それは怒りや不安だけではない。噂が真実かどうかではなく、噂という存在そのものが、人の心を揺さぶり、信頼を壊していく。その恐ろしさを直感していたのだ。
エリオットは深く息を吐き、ローゼの手をとった。
「信じてくれ、ローゼ。私は誰よりも君を想っている。だが……この噂は、確実に仕組まれたものだ」
「仕組まれた……?」
「そうだ。思い当たる節がある。シリウスから聞いた話といい、教会の中に怪しい動きがあるらしい」
ローゼはエリオットの瞳を見つめ、はっきりと頷いた。
「殿下、わたくしを巻き込むことを恐れないでください。共に戦いますわ」
その言葉は力強かった。しかし、二人を取り巻く状況は容赦なく厳しかった。
王宮の評議会では、すでに「第一王子の婚約を見直すべきでは」という意見が出始めていた。
ある老侯爵は厳しい顔で言う。
「殿下が聖女と密かに結びついているという噂は、決して放置できぬ。万が一それが真実であれば、国と教会の関係を揺るがす大事。ローゼ嬢を軽んじたという声も、貴族社会に広がりつつある」
その場に同席していたローゼは、唇をかみしめていた。
(これは……私一人の問題ではない。けれど、殿下の足を引っ張ることだけはしたくない)
その一方で、エリオットは毅然と反論した。
「私は断じてそのようなことはしていない。噂に振り回されて国を揺らすことこそ、敵の思うつぼだ」
だが、彼の強い言葉も、陰謀の種に揺さぶられる貴族たちの心を完全には止められない。人々の視線は次第に冷たく、疑いを帯びていった。
その日の午後。
王宮の庭園に出たエリオットとローゼは、短い時間ながら二人きりで言葉を交わしていた。
「ローゼ……すまない。君に辛い思いをさせて」
「殿下のせいではありませんわ。むしろ……噂を信じようとする人たちの弱さが憎いのです」
「私は君を守る。どんなことがあっても」
彼の声は真摯で、まるで誓いのように響いた。だが、その背後に忍び寄る気配を、二人はまだ知らない。
教会の奥で、紫髪の神官アーケンは人知れず笑みを浮かべていた。
「良いぞ……。王宮は揺らぎ始めた。セミーナ、次の段階へ移る時だ」
セミーナは少し怯えた顔をしていたが、それでもアーケンの囁きに従った。
「……はい。聖女の名誉を守るため、と言えば、人々はさらに信じます」
「そうだ。エリシアの純潔と、王子の純情。そこに同情と憤りを煽り立てれば、世論は一気に動く。あとは……」
アーケンの目が妖しく光る。
「王子とローゼ嬢の婚約を崩す。それだけだ」
その頃、シリウスは裏で奔走していた。
彼はエリオットに相談して以降、教会の動きを独自に調べ続けている。
だが、まだ確たる証拠は掴めていない。
「急がなければ……殿下も、ローゼ嬢も危うい」
噂は、すでに国の屋台骨を震わせるほどの力を持ち始めていた。
エリオットとローゼの絆は固い。だが、その絆が試されるときは、刻一刻と迫っていた。
王都の朝は、いつもなら澄み切った鐘の音と共に始まる。だが、この日ばかりは違っていた。
城下の広場に集まる市民の口から口へと、ある言葉が広まっていったのだ。
「聞いたか? 第一王子殿下は聖女さまと――」
「いやいや、あれは禁忌だろう。まさか……」
「本当さ。教会の者が見たっていうんだ」
その声は、風よりも速く王宮へ届いた。貴族たちの控えの間、侍女や騎士たちの間、そしてやがては謁見の間にまで噂が響く。
エリオットとローゼの婚約は国の安定を象徴するもののはずだった。だが、そこに「王子が教会の聖女と密かに恋仲になっている」という囁きが入り込むだけで、均衡は音を立てて揺らぎ始めた。
午前の執務を終えたエリオットは、侍従から報告を受けるなり眉をひそめた。
「聖女エリシアと……私が? そんな根も葉もないことを」
侍従は怯えた顔で言葉を濁した。
「しかし、殿下、すでに複数の貴族がその話を持ち出しております。中には、正式に調査を求める声も……」
隣室で控えていたローゼも、さすがに顔色を失った。
「そんな……。どうしてこんな噂が広がるのですか? 殿下とわたくしが婚約をしてから、ようやく人々が安心し始めたのに」
彼女の声は震えていたが、それは怒りや不安だけではない。噂が真実かどうかではなく、噂という存在そのものが、人の心を揺さぶり、信頼を壊していく。その恐ろしさを直感していたのだ。
エリオットは深く息を吐き、ローゼの手をとった。
「信じてくれ、ローゼ。私は誰よりも君を想っている。だが……この噂は、確実に仕組まれたものだ」
「仕組まれた……?」
「そうだ。思い当たる節がある。シリウスから聞いた話といい、教会の中に怪しい動きがあるらしい」
ローゼはエリオットの瞳を見つめ、はっきりと頷いた。
「殿下、わたくしを巻き込むことを恐れないでください。共に戦いますわ」
その言葉は力強かった。しかし、二人を取り巻く状況は容赦なく厳しかった。
王宮の評議会では、すでに「第一王子の婚約を見直すべきでは」という意見が出始めていた。
ある老侯爵は厳しい顔で言う。
「殿下が聖女と密かに結びついているという噂は、決して放置できぬ。万が一それが真実であれば、国と教会の関係を揺るがす大事。ローゼ嬢を軽んじたという声も、貴族社会に広がりつつある」
その場に同席していたローゼは、唇をかみしめていた。
(これは……私一人の問題ではない。けれど、殿下の足を引っ張ることだけはしたくない)
その一方で、エリオットは毅然と反論した。
「私は断じてそのようなことはしていない。噂に振り回されて国を揺らすことこそ、敵の思うつぼだ」
だが、彼の強い言葉も、陰謀の種に揺さぶられる貴族たちの心を完全には止められない。人々の視線は次第に冷たく、疑いを帯びていった。
その日の午後。
王宮の庭園に出たエリオットとローゼは、短い時間ながら二人きりで言葉を交わしていた。
「ローゼ……すまない。君に辛い思いをさせて」
「殿下のせいではありませんわ。むしろ……噂を信じようとする人たちの弱さが憎いのです」
「私は君を守る。どんなことがあっても」
彼の声は真摯で、まるで誓いのように響いた。だが、その背後に忍び寄る気配を、二人はまだ知らない。
教会の奥で、紫髪の神官アーケンは人知れず笑みを浮かべていた。
「良いぞ……。王宮は揺らぎ始めた。セミーナ、次の段階へ移る時だ」
セミーナは少し怯えた顔をしていたが、それでもアーケンの囁きに従った。
「……はい。聖女の名誉を守るため、と言えば、人々はさらに信じます」
「そうだ。エリシアの純潔と、王子の純情。そこに同情と憤りを煽り立てれば、世論は一気に動く。あとは……」
アーケンの目が妖しく光る。
「王子とローゼ嬢の婚約を崩す。それだけだ」
その頃、シリウスは裏で奔走していた。
彼はエリオットに相談して以降、教会の動きを独自に調べ続けている。
だが、まだ確たる証拠は掴めていない。
「急がなければ……殿下も、ローゼ嬢も危うい」
噂は、すでに国の屋台骨を震わせるほどの力を持ち始めていた。
エリオットとローゼの絆は固い。だが、その絆が試されるときは、刻一刻と迫っていた。
335
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !
恋せよ恋
ファンタジー
富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。
もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、
本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。
――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。
その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、
不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。
十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。
美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、
いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。
これは、
見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、
無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 エール📣いいね❤️励みになります!
🔶表紙はAI生成画像です🤖
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
騎士団長を追放した平和ボケ王国は、七日で滅びました
藤原遊
ファンタジー
長らく戦のなかった王国で、
騎士団長の父を病で失った令嬢は、その座を引き継いだ。
だが王城に呼び出された彼女に告げられたのは、
騎士団の解体と婚約破棄。
理由はただ一つ――
「武力を持つ者は危険だから」。
平和ボケした王子は、
非力で可愛い令嬢を侍らせ、
彼女を“国の火種”として国外追放する。
しかし王国が攻められなかった本当の理由は、
騎士団長家が持つ“戦況を覆す力”への恐れだった。
追放された令嬢は、即座に隣国帝国へ迎えられ、
軍人として正当に評価され、安泰な地位を得る。
――そして一週間後。
守りを捨てた王国は、あっけなく陥落した。
これは、
「守る力」を理解しなかった国の末路と、
追放された騎士団長令嬢のその後の物語。
時が巻き戻った悪役令嬢は、追放先で今度こそ幸せに暮らしたい
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【その断罪、待っていました!】
私は侯爵令嬢オフィーリア・ドヌーブ。王太子アシル・バスチエの婚約者だった。良い国母になる為、日々努力を怠らなかった。そんなある日、聖女を名乗る女性ソネットが現れ、あっという間にアシルは彼女に夢中になってしまう。妃の座を奪われることに危機感を抱いた私は、ありとあらゆる手段でソネットを陥れようとして失敗。逆に罰として侯爵家から除籍され、辺境の地へ幾人かの使用人達と共に追放されてしまう。追放先の村での暮らしは不便だったが、人々は皆親切だった。けれど元侯爵令嬢というプライドから最後まで私は素直になれなかった。そんな自分に後悔しながら長い時を孤独に過ごしていたある日。不思議な懐中時計の力によって、何故か断罪の真っ最中に時が巻き戻っていた。聖女への嫌がらせは無かったことに出来ない。それなら今世はおとなしく追放されて和やかに過ごそう。今度こそ幸せに暮らす為に——
※他サイトでも投稿中
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる