婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス

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第55話 噂が王宮を揺るがす ― エリオットとローゼの危機

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噂が王宮を揺るがす ― エリオットとローゼの危機

 王都の朝は、いつもなら澄み切った鐘の音と共に始まる。だが、この日ばかりは違っていた。
 城下の広場に集まる市民の口から口へと、ある言葉が広まっていったのだ。

「聞いたか? 第一王子殿下は聖女さまと――」
「いやいや、あれは禁忌だろう。まさか……」
「本当さ。教会の者が見たっていうんだ」

 その声は、風よりも速く王宮へ届いた。貴族たちの控えの間、侍女や騎士たちの間、そしてやがては謁見の間にまで噂が響く。
 エリオットとローゼの婚約は国の安定を象徴するもののはずだった。だが、そこに「王子が教会の聖女と密かに恋仲になっている」という囁きが入り込むだけで、均衡は音を立てて揺らぎ始めた。

 午前の執務を終えたエリオットは、侍従から報告を受けるなり眉をひそめた。
「聖女エリシアと……私が? そんな根も葉もないことを」
 侍従は怯えた顔で言葉を濁した。
「しかし、殿下、すでに複数の貴族がその話を持ち出しております。中には、正式に調査を求める声も……」

 隣室で控えていたローゼも、さすがに顔色を失った。
「そんな……。どうしてこんな噂が広がるのですか? 殿下とわたくしが婚約をしてから、ようやく人々が安心し始めたのに」

 彼女の声は震えていたが、それは怒りや不安だけではない。噂が真実かどうかではなく、噂という存在そのものが、人の心を揺さぶり、信頼を壊していく。その恐ろしさを直感していたのだ。

 エリオットは深く息を吐き、ローゼの手をとった。
「信じてくれ、ローゼ。私は誰よりも君を想っている。だが……この噂は、確実に仕組まれたものだ」
「仕組まれた……?」
「そうだ。思い当たる節がある。シリウスから聞いた話といい、教会の中に怪しい動きがあるらしい」

 ローゼはエリオットの瞳を見つめ、はっきりと頷いた。
「殿下、わたくしを巻き込むことを恐れないでください。共に戦いますわ」

 その言葉は力強かった。しかし、二人を取り巻く状況は容赦なく厳しかった。

 王宮の評議会では、すでに「第一王子の婚約を見直すべきでは」という意見が出始めていた。
 ある老侯爵は厳しい顔で言う。
「殿下が聖女と密かに結びついているという噂は、決して放置できぬ。万が一それが真実であれば、国と教会の関係を揺るがす大事。ローゼ嬢を軽んじたという声も、貴族社会に広がりつつある」

 その場に同席していたローゼは、唇をかみしめていた。
(これは……私一人の問題ではない。けれど、殿下の足を引っ張ることだけはしたくない)

 その一方で、エリオットは毅然と反論した。
「私は断じてそのようなことはしていない。噂に振り回されて国を揺らすことこそ、敵の思うつぼだ」

 だが、彼の強い言葉も、陰謀の種に揺さぶられる貴族たちの心を完全には止められない。人々の視線は次第に冷たく、疑いを帯びていった。

 その日の午後。
 王宮の庭園に出たエリオットとローゼは、短い時間ながら二人きりで言葉を交わしていた。

「ローゼ……すまない。君に辛い思いをさせて」
「殿下のせいではありませんわ。むしろ……噂を信じようとする人たちの弱さが憎いのです」
「私は君を守る。どんなことがあっても」

 彼の声は真摯で、まるで誓いのように響いた。だが、その背後に忍び寄る気配を、二人はまだ知らない。

 教会の奥で、紫髪の神官アーケンは人知れず笑みを浮かべていた。
「良いぞ……。王宮は揺らぎ始めた。セミーナ、次の段階へ移る時だ」

 セミーナは少し怯えた顔をしていたが、それでもアーケンの囁きに従った。
「……はい。聖女の名誉を守るため、と言えば、人々はさらに信じます」
「そうだ。エリシアの純潔と、王子の純情。そこに同情と憤りを煽り立てれば、世論は一気に動く。あとは……」

 アーケンの目が妖しく光る。
「王子とローゼ嬢の婚約を崩す。それだけだ」

 その頃、シリウスは裏で奔走していた。
 彼はエリオットに相談して以降、教会の動きを独自に調べ続けている。
 だが、まだ確たる証拠は掴めていない。
「急がなければ……殿下も、ローゼ嬢も危うい」

 噂は、すでに国の屋台骨を震わせるほどの力を持ち始めていた。
 エリオットとローゼの絆は固い。だが、その絆が試されるときは、刻一刻と迫っていた。
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