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閑話17 ミーア視点 ミーアの過去
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真の女性を求める夜 ― ミーア視点
朝の空気は少し冷たく、吐息が白く揺れた。
屋敷の玄関先で、私は腹を押さえながら三人の背を見送った。アルル姫の白いドレスが朝日にきらめき、アーサーの真剣な瞳と、マッスルの豪快な背中が並んで遠ざかっていく。
隣でサラーが手を振りながら小さく囁いた。
「……きっと無事に帰ってきますよ、ミーア様」
私は微笑もうとしたが、唇の端はうまく上がらなかった。
胸の奥にずっと沈んでいる秘密――それを抱えたまま、私は彼らを送り出したのだ。
屋敷に戻ると、静けさが押し寄せてきた。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、部屋には私とサラーしかいない。サラーは台所に向かい、私は客間のソファに腰を下ろした。
膨らんだお腹をそっと撫でながら、ふと目を閉じる。すると、遠い日の記憶が鮮やかに蘇るのだった。
母――カトリーヌ。
彼女はもともと、現ベネット男爵の妹だった。
学院を卒業したばかりのころ、母は穏やかな婚約者ベータラと共にアルファ商会の手伝いをしていた。笑顔が絶えず、未来を語り合い、幸せな日々を過ごしていたという。
けれど、その幸せは一夜にして崩れ去った。
隣国ルーレット帝国に商談へ出かけたその時、運悪く、宴の帰りで酔っていたダーダラ皇帝の目に母が止まったのだ。
皇帝の命令は絶対。
母とベータラは冤罪をでっち上げられて捕らえられ、ベータラは死刑を宣告された。
だが――「自分を差し出せば彼の命を助ける」と囁かれた母は、愛する人を救うために自らを犠牲にした。
その結果、母は皇宮に連れ去られ、皇帝の愛妾となった。
そして生まれたのが、私――ルーレット帝国の第二王女、ミーアだった。
皇宮での暮らしは、決して甘いものではなかった。
私は側妃の子として疎まれ、嘲笑され、時に使用人にすら下に見られた。
けれど、母は決して私を見捨てなかった。彼女は耐え、笑顔を保ち、私に生き延びる術を教えた。
「ミーア、泣いてはいけません。弱みを見せれば、あなたはすぐに飲み込まれてしまう」
だから私はしたたかになった。
自分を守るために強くなった。
だが、母の守りは長くは続かなかった。
皇帝が死去し、兄ラシアンが新たな皇帝となった時、全てが変わった。
母の体調は急激に悪化し、薬を常に必要とするほどになった。やがて私は知った――それが兄の差し金であることを。
そして彼は私に命じたのだ。
「隣国に行き、第一王子の婚約を壊せ。そうすれば公爵家を懐柔し、王国を滅ぼせる」
母の命を人質に、私は送り込まれた。
男爵家の養女として暮らすようになり、聖女の紹介でアーサーやマッスルと出会った。
そして最後に――アルベルト王子。
ルーレット帝国の魔法で心を縛られ、私は彼を誘惑し、王国を混乱させるための駒となった。
本来の私なら、決してそんなことはしない。
だが魔法の支配は抗えないほど強大で、私の意志を奪っていった。
その時の記憶は、今思い出しても手が震える。背筋に冷たい汗が流れる。
けれど、断罪の日が訪れた。
洗脳の霧が晴れた時、私の前にサラーが現れたのだ。彼女は母の遺言を携えていた。
母はラシアンに毒を盛られていた。
私もいずれ捨て駒として処分される予定だった。
最後に残された言葉は――「ごめんなさい。そして、私の分まで生きて」
私は泣いた。
そして誓った。兄を許さない。ルーレット帝国を滅ぼす。母を奪った帝国に、必ず裁きを下す。
「ミーア様」
サラーが湯気の立つお茶を持ってきて、静かに卓に置いた。
彼女もまた、私の秘密を知る一人だ。洗脳を解く技術を持つ彼女は、今も各地を回り、被害者たちを救おうとしている。
「……ありがとう、サラー」
私はカップを両手で包みながら答えた。
熱が指先に染み込み、冷えた心を温めていくようだった。
アルル姫たちが旅立った今、この屋敷には私たちしかいない。
だが孤独ではなかった。
母を奪われた私に、今は仲間がいる。守るべきものがある。
窓の外で、小鳥がさえずっていた。
私はお腹を撫でながら、小さく呟いた。
「お母さま……わたし、生きます。あなたが願ったように、強く、真っ直ぐに」
アルル姫は「真の女性」を求めて旅立った。
アーサーも、マッスルも、自らを変えるために歩み出した。
ならば、私もまた。
ここで立ち止まらず、母の遺志を継ぎ、王国を守るために、そして帝国を討つために――強くならなければならない。
窓から差し込む陽光を浴びながら、私は静かに拳を握った。
その決意は、誰にも奪わせはしない。
こうして私の戦いは、まだ始まったばかりなのだ。
朝の空気は少し冷たく、吐息が白く揺れた。
屋敷の玄関先で、私は腹を押さえながら三人の背を見送った。アルル姫の白いドレスが朝日にきらめき、アーサーの真剣な瞳と、マッスルの豪快な背中が並んで遠ざかっていく。
隣でサラーが手を振りながら小さく囁いた。
「……きっと無事に帰ってきますよ、ミーア様」
私は微笑もうとしたが、唇の端はうまく上がらなかった。
胸の奥にずっと沈んでいる秘密――それを抱えたまま、私は彼らを送り出したのだ。
屋敷に戻ると、静けさが押し寄せてきた。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、部屋には私とサラーしかいない。サラーは台所に向かい、私は客間のソファに腰を下ろした。
膨らんだお腹をそっと撫でながら、ふと目を閉じる。すると、遠い日の記憶が鮮やかに蘇るのだった。
母――カトリーヌ。
彼女はもともと、現ベネット男爵の妹だった。
学院を卒業したばかりのころ、母は穏やかな婚約者ベータラと共にアルファ商会の手伝いをしていた。笑顔が絶えず、未来を語り合い、幸せな日々を過ごしていたという。
けれど、その幸せは一夜にして崩れ去った。
隣国ルーレット帝国に商談へ出かけたその時、運悪く、宴の帰りで酔っていたダーダラ皇帝の目に母が止まったのだ。
皇帝の命令は絶対。
母とベータラは冤罪をでっち上げられて捕らえられ、ベータラは死刑を宣告された。
だが――「自分を差し出せば彼の命を助ける」と囁かれた母は、愛する人を救うために自らを犠牲にした。
その結果、母は皇宮に連れ去られ、皇帝の愛妾となった。
そして生まれたのが、私――ルーレット帝国の第二王女、ミーアだった。
皇宮での暮らしは、決して甘いものではなかった。
私は側妃の子として疎まれ、嘲笑され、時に使用人にすら下に見られた。
けれど、母は決して私を見捨てなかった。彼女は耐え、笑顔を保ち、私に生き延びる術を教えた。
「ミーア、泣いてはいけません。弱みを見せれば、あなたはすぐに飲み込まれてしまう」
だから私はしたたかになった。
自分を守るために強くなった。
だが、母の守りは長くは続かなかった。
皇帝が死去し、兄ラシアンが新たな皇帝となった時、全てが変わった。
母の体調は急激に悪化し、薬を常に必要とするほどになった。やがて私は知った――それが兄の差し金であることを。
そして彼は私に命じたのだ。
「隣国に行き、第一王子の婚約を壊せ。そうすれば公爵家を懐柔し、王国を滅ぼせる」
母の命を人質に、私は送り込まれた。
男爵家の養女として暮らすようになり、聖女の紹介でアーサーやマッスルと出会った。
そして最後に――アルベルト王子。
ルーレット帝国の魔法で心を縛られ、私は彼を誘惑し、王国を混乱させるための駒となった。
本来の私なら、決してそんなことはしない。
だが魔法の支配は抗えないほど強大で、私の意志を奪っていった。
その時の記憶は、今思い出しても手が震える。背筋に冷たい汗が流れる。
けれど、断罪の日が訪れた。
洗脳の霧が晴れた時、私の前にサラーが現れたのだ。彼女は母の遺言を携えていた。
母はラシアンに毒を盛られていた。
私もいずれ捨て駒として処分される予定だった。
最後に残された言葉は――「ごめんなさい。そして、私の分まで生きて」
私は泣いた。
そして誓った。兄を許さない。ルーレット帝国を滅ぼす。母を奪った帝国に、必ず裁きを下す。
「ミーア様」
サラーが湯気の立つお茶を持ってきて、静かに卓に置いた。
彼女もまた、私の秘密を知る一人だ。洗脳を解く技術を持つ彼女は、今も各地を回り、被害者たちを救おうとしている。
「……ありがとう、サラー」
私はカップを両手で包みながら答えた。
熱が指先に染み込み、冷えた心を温めていくようだった。
アルル姫たちが旅立った今、この屋敷には私たちしかいない。
だが孤独ではなかった。
母を奪われた私に、今は仲間がいる。守るべきものがある。
窓の外で、小鳥がさえずっていた。
私はお腹を撫でながら、小さく呟いた。
「お母さま……わたし、生きます。あなたが願ったように、強く、真っ直ぐに」
アルル姫は「真の女性」を求めて旅立った。
アーサーも、マッスルも、自らを変えるために歩み出した。
ならば、私もまた。
ここで立ち止まらず、母の遺志を継ぎ、王国を守るために、そして帝国を討つために――強くならなければならない。
窓から差し込む陽光を浴びながら、私は静かに拳を握った。
その決意は、誰にも奪わせはしない。
こうして私の戦いは、まだ始まったばかりなのだ。
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