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閑話16 真の女性を求める夜
真の女性を求める夜
王都での舞踏会が終わった夜。
人々の話題は、王家に新たに現れたアルル姫のことでもちきりだった。
最初から「王子と王女が一人ずつ存在していた」と信じる者もいれば、「第一子は娘だったが、王位継承のために王子として育てられてきた」と囁く者もいる。
憶測は尽きず、王宮は落ち着きを失っていた。
――だからこそ、アルル姫はその舞台から一度、静かに身を引いた。
王女としての誇りを胸に秘めながら、彼女は白いドレスに身を包み、柔らかな所作を崩さぬまま馬車に揺られた。
「わたくしは、ルーレット帝国に対抗できる国と同盟を結ぶ鍵ですわ……」
窓の外に広がる夜空へ呟く声は、気品と決意を帯びていた。
数日後。
アルル姫は、淡いピンク髪を揺らす男爵令嬢ミーアの屋敷に戻ってきた。
「アルル! お帰りなさい!」
ミーアは大きくなった腹を抱えながら、姫を迎え入れる。
彼女の声には安堵と喜びが満ちていた。
「ええ、ミーア。やはりここが一番落ち着きますわ」
アルル姫はやさしく抱擁を返した。
しかし屋敷の一室には、重く沈んだ気配が漂っていた。
窓辺に座る青年――アーサーである。
青髪をかき乱し、長身を椅子に沈める姿は、普段の堂々とした侯爵家の跡取りらしさを失っていた。
「アーサー。どうかなさったの?」
アルル姫が声をかけると、彼は顔を上げて苦笑した。
「……わたし、最近リチャードが冷たいんだ」
その声は低く、しかし胸の奥を絞り出すようだった。
「一緒にいる。触れ合っている。だけど、それ以上に進もうとはしてくれない……。わたしはもっと、愛されたいのに。リチャードの全部を、わたしに向けてほしいのに」
ミーアははっと息を呑み、アルル姫も言葉を失った。
アーサーは膝の上で拳を握りしめ、続ける。
「だから思ったんだ。わたしは、美しくならなきゃ駄目なんだ。もっと女として輝かないと、リチャードは本気でわたしを抱いてくれない。本当の女にならなければ、彼の心も体も手に入れられない……」
その告白は痛々しいほど切実で、静かな部屋に重く響いた。
アルル姫は一歩近づき、静かに告げる。
「アーサー、あなたはすでに誰より美しいわ。それでも、あなたがなお求めるのなら……」
そのとき、ミーアが小さく手を叩いた。
「そういえば……国境沿いのタイーラ伯爵領に、そういう手術をしてくれる場所があるって聞いたことがあるの」
「……手術?」
アーサーは目を見開き、食い入るように彼女を見つめた。
「本当に……女になれるのか?」
「噂ではそうよ。望む姿に近づける方法があるって」
瞬間、アーサーの瞳に光が宿った。
「そうだ……! それだ! そこへ行けば、わたしはリチャードの前で胸を張れる! 半端者じゃなく、本物の女として、あの人にすべてを捧げられるんだ!」
激しい声が部屋を震わせた。
すると、廊下から重い足音が響き、赤髪の巨漢マッスルが現れた。
筋肉に包まれた体を揺らしながら、彼は二人を睨むように見据える。
「アーサー! 今の言葉……本気で言ってるのか?」
「本気だ! わたしは女になる!」
アーサーが迷いなく答えると、マッスルはしばし沈黙したのち、豪快に笑った。
「ならあたいも行く! 筋肉に守られた最強の女性に。あたいも自由に、女として生きてみたい!」
「マッスル……!」
二人の決意が重なった瞬間、アルル姫はゆるやかに目を閉じ、唇を開いた。
「……では、わたくしも行きますわ」
驚く視線が集まる。アルル姫は真っ直ぐに彼らを見返した。
「わたくしは姫として表舞台に立っていますが、同盟国に嫁入りし、もし夜伽となれば、今のままでは婚約破棄されてしまうでしょう。だからこそ、本物の女性になる必要があるのですわ。ルーレット帝国を倒すまでは……ならば、わたくしも“真の女性”を目指しますわ。三人で共に女性になりますわ」
その声音は穏やかでありながら、決して揺らがぬ力を帯びていた。
翌朝。
屋敷の玄関先。馬車の前に並んでいた三人を、侍女サラーとミーアは腹を抱えながら見送った。
「……どうか気をつけて。無理はしないで」
彼女の瞳には不安と期待が交じっていた。
「この子が生まれる前に、必ず帰ってきてね」
アーサーは真剣な顔でうなずき、マッスルは力強く拳を掲げた。
アルル姫はドレスの裾を揺らし、優雅に一礼する。
「ええ、約束いたしますわ。ミーア」
声は澄み渡り、朝風に溶けていった。
こうして――アルル姫、アーサー、マッスルの三人は、タイーラ伯爵領へと旅立った。
それぞれの胸に、愛と誇りを宿しながら。
王都での舞踏会が終わった夜。
人々の話題は、王家に新たに現れたアルル姫のことでもちきりだった。
最初から「王子と王女が一人ずつ存在していた」と信じる者もいれば、「第一子は娘だったが、王位継承のために王子として育てられてきた」と囁く者もいる。
憶測は尽きず、王宮は落ち着きを失っていた。
――だからこそ、アルル姫はその舞台から一度、静かに身を引いた。
王女としての誇りを胸に秘めながら、彼女は白いドレスに身を包み、柔らかな所作を崩さぬまま馬車に揺られた。
「わたくしは、ルーレット帝国に対抗できる国と同盟を結ぶ鍵ですわ……」
窓の外に広がる夜空へ呟く声は、気品と決意を帯びていた。
数日後。
アルル姫は、淡いピンク髪を揺らす男爵令嬢ミーアの屋敷に戻ってきた。
「アルル! お帰りなさい!」
ミーアは大きくなった腹を抱えながら、姫を迎え入れる。
彼女の声には安堵と喜びが満ちていた。
「ええ、ミーア。やはりここが一番落ち着きますわ」
アルル姫はやさしく抱擁を返した。
しかし屋敷の一室には、重く沈んだ気配が漂っていた。
窓辺に座る青年――アーサーである。
青髪をかき乱し、長身を椅子に沈める姿は、普段の堂々とした侯爵家の跡取りらしさを失っていた。
「アーサー。どうかなさったの?」
アルル姫が声をかけると、彼は顔を上げて苦笑した。
「……わたし、最近リチャードが冷たいんだ」
その声は低く、しかし胸の奥を絞り出すようだった。
「一緒にいる。触れ合っている。だけど、それ以上に進もうとはしてくれない……。わたしはもっと、愛されたいのに。リチャードの全部を、わたしに向けてほしいのに」
ミーアははっと息を呑み、アルル姫も言葉を失った。
アーサーは膝の上で拳を握りしめ、続ける。
「だから思ったんだ。わたしは、美しくならなきゃ駄目なんだ。もっと女として輝かないと、リチャードは本気でわたしを抱いてくれない。本当の女にならなければ、彼の心も体も手に入れられない……」
その告白は痛々しいほど切実で、静かな部屋に重く響いた。
アルル姫は一歩近づき、静かに告げる。
「アーサー、あなたはすでに誰より美しいわ。それでも、あなたがなお求めるのなら……」
そのとき、ミーアが小さく手を叩いた。
「そういえば……国境沿いのタイーラ伯爵領に、そういう手術をしてくれる場所があるって聞いたことがあるの」
「……手術?」
アーサーは目を見開き、食い入るように彼女を見つめた。
「本当に……女になれるのか?」
「噂ではそうよ。望む姿に近づける方法があるって」
瞬間、アーサーの瞳に光が宿った。
「そうだ……! それだ! そこへ行けば、わたしはリチャードの前で胸を張れる! 半端者じゃなく、本物の女として、あの人にすべてを捧げられるんだ!」
激しい声が部屋を震わせた。
すると、廊下から重い足音が響き、赤髪の巨漢マッスルが現れた。
筋肉に包まれた体を揺らしながら、彼は二人を睨むように見据える。
「アーサー! 今の言葉……本気で言ってるのか?」
「本気だ! わたしは女になる!」
アーサーが迷いなく答えると、マッスルはしばし沈黙したのち、豪快に笑った。
「ならあたいも行く! 筋肉に守られた最強の女性に。あたいも自由に、女として生きてみたい!」
「マッスル……!」
二人の決意が重なった瞬間、アルル姫はゆるやかに目を閉じ、唇を開いた。
「……では、わたくしも行きますわ」
驚く視線が集まる。アルル姫は真っ直ぐに彼らを見返した。
「わたくしは姫として表舞台に立っていますが、同盟国に嫁入りし、もし夜伽となれば、今のままでは婚約破棄されてしまうでしょう。だからこそ、本物の女性になる必要があるのですわ。ルーレット帝国を倒すまでは……ならば、わたくしも“真の女性”を目指しますわ。三人で共に女性になりますわ」
その声音は穏やかでありながら、決して揺らがぬ力を帯びていた。
翌朝。
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「……どうか気をつけて。無理はしないで」
彼女の瞳には不安と期待が交じっていた。
「この子が生まれる前に、必ず帰ってきてね」
アーサーは真剣な顔でうなずき、マッスルは力強く拳を掲げた。
アルル姫はドレスの裾を揺らし、優雅に一礼する。
「ええ、約束いたしますわ。ミーア」
声は澄み渡り、朝風に溶けていった。
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それぞれの胸に、愛と誇りを宿しながら。
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