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閑話4 メアリー編 リースからの手紙
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春の便り ― リースからの手紙
桜が満開を過ぎ、花びらが地面を薄紅に染めはじめた頃だった。
私は学院の自室で、机の上に広げられたノートを前にしても、どうにも文字が頭に入ってこなかった。
――リースが生きている。
あの日、中庭でアトラスさんから聞いた言葉が、何度も胸の中で繰り返される。
そのたびに胸がぎゅっと熱くなり、じっとしていられない。窓の外で舞う桜の花びらさえ、どこか夢のように見えた。
そんな時だった。
部屋の扉がこんこん、と控えめに叩かれた。
「メアリーさん、お手紙が届いてますよ」
同室の子が差し出してくれた封筒を見た瞬間、息が止まった。
封の部分に見覚えのある、繊細な筆跡。震える指で受け取ると、封筒は少し厚みがあり、丁寧に折られた紙の感触が伝わってくる。
「……リース」
小さくつぶやいてから、私はそっと封を切った。
「メアリー、お久しぶり。あなたがわたしを心配してくれて嬉しいです。
あの物置小屋が放火された後、冤罪で追放された後は、大変でした。
けれど、今は騎士団の寮のお手伝いとして、頑張って働いています。
突然のお便りになってごめんなさい。もしよかったら、来週の日曜日に会えませんか?
場所は、学院の東門を出て少し歩いた先の並木道。桜はもう散っているかもしれないけれど、静かで話しやすい場所です。
あなたに会えるのを、楽しみにしています。
リース=グラスゴー」
文字を目で追った瞬間、堰を切ったように涙があふれた。
リースの筆跡。どこか丸みを帯びて、几帳面なその文字。忘れるはずがない。
その一つひとつに、彼女の声や仕草が宿っているようで、胸がぎゅっと詰まる。
「……リース、生きてて、本当に……」
声にならない声が、唇からこぼれた。
追放されたあの日から、私はずっと後悔していた。何もできなかった自分を責めて、眠れぬ夜を重ねてきた。
けれど今、リースは確かに生きていて、働いていて、そして私を覚えていてくれた。
手紙を抱きしめると、胸の奥に新しい光が差し込むようだった。
その夜、私は布団に入っても眠れなかった。
もしリースに会えたら、最初に何を言おう?
ごめんね、と謝るべきだろうか。それとも、ありがとう、と伝えるべきか。
目を閉じれば、リースが笑う姿が思い浮かんで、心臓がどきどきして止まらない。
日曜日までの一週間が、永遠に続くのではないかと思うほど待ち遠しかった。
翌日から、私はなんだか落ち着かなかった。
授業中も、先生の声が遠くに聞こえるばかりで、ノートには桜の落書きばかりが並んでしまう。
友人たちは「メアリー、最近元気そうだね」と笑ったが、私の心はただ一つ――リースに会うことだけでいっぱいだった。
手紙のことは誰にも話せなかった。
もし知られてしまえば、またリースに迷惑がかかるかもしれない。
だから私は胸の中でだけ、何度もその名前を呼んだ。
そして――日曜日。
空は澄み渡り、春風がやわらかく頬をなでていた。
学院の東門を出ると、並木道には桜の花びらがまだかろうじて残っていて、道の両脇に薄紅色の絨毯を敷いたようになっていた。
胸の鼓動が早まる。
一歩進むたびに、足元から舞い上がる花びらが、私の心を急かすようだった。
「リース……」
小さくつぶやいた瞬間、並木道の先に人影が見えた。
陽射しに照らされて、金色の髪がきらりと光る。蒼い瞳が、こちらをまっすぐに見つめていた。
――リース=グラスゴー。
私の大切な友が、そこに立っていた。
胸がいっぱいになり、言葉にならないまま、私は駆け出していた。
桜が満開を過ぎ、花びらが地面を薄紅に染めはじめた頃だった。
私は学院の自室で、机の上に広げられたノートを前にしても、どうにも文字が頭に入ってこなかった。
――リースが生きている。
あの日、中庭でアトラスさんから聞いた言葉が、何度も胸の中で繰り返される。
そのたびに胸がぎゅっと熱くなり、じっとしていられない。窓の外で舞う桜の花びらさえ、どこか夢のように見えた。
そんな時だった。
部屋の扉がこんこん、と控えめに叩かれた。
「メアリーさん、お手紙が届いてますよ」
同室の子が差し出してくれた封筒を見た瞬間、息が止まった。
封の部分に見覚えのある、繊細な筆跡。震える指で受け取ると、封筒は少し厚みがあり、丁寧に折られた紙の感触が伝わってくる。
「……リース」
小さくつぶやいてから、私はそっと封を切った。
「メアリー、お久しぶり。あなたがわたしを心配してくれて嬉しいです。
あの物置小屋が放火された後、冤罪で追放された後は、大変でした。
けれど、今は騎士団の寮のお手伝いとして、頑張って働いています。
突然のお便りになってごめんなさい。もしよかったら、来週の日曜日に会えませんか?
場所は、学院の東門を出て少し歩いた先の並木道。桜はもう散っているかもしれないけれど、静かで話しやすい場所です。
あなたに会えるのを、楽しみにしています。
リース=グラスゴー」
文字を目で追った瞬間、堰を切ったように涙があふれた。
リースの筆跡。どこか丸みを帯びて、几帳面なその文字。忘れるはずがない。
その一つひとつに、彼女の声や仕草が宿っているようで、胸がぎゅっと詰まる。
「……リース、生きてて、本当に……」
声にならない声が、唇からこぼれた。
追放されたあの日から、私はずっと後悔していた。何もできなかった自分を責めて、眠れぬ夜を重ねてきた。
けれど今、リースは確かに生きていて、働いていて、そして私を覚えていてくれた。
手紙を抱きしめると、胸の奥に新しい光が差し込むようだった。
その夜、私は布団に入っても眠れなかった。
もしリースに会えたら、最初に何を言おう?
ごめんね、と謝るべきだろうか。それとも、ありがとう、と伝えるべきか。
目を閉じれば、リースが笑う姿が思い浮かんで、心臓がどきどきして止まらない。
日曜日までの一週間が、永遠に続くのではないかと思うほど待ち遠しかった。
翌日から、私はなんだか落ち着かなかった。
授業中も、先生の声が遠くに聞こえるばかりで、ノートには桜の落書きばかりが並んでしまう。
友人たちは「メアリー、最近元気そうだね」と笑ったが、私の心はただ一つ――リースに会うことだけでいっぱいだった。
手紙のことは誰にも話せなかった。
もし知られてしまえば、またリースに迷惑がかかるかもしれない。
だから私は胸の中でだけ、何度もその名前を呼んだ。
そして――日曜日。
空は澄み渡り、春風がやわらかく頬をなでていた。
学院の東門を出ると、並木道には桜の花びらがまだかろうじて残っていて、道の両脇に薄紅色の絨毯を敷いたようになっていた。
胸の鼓動が早まる。
一歩進むたびに、足元から舞い上がる花びらが、私の心を急かすようだった。
「リース……」
小さくつぶやいた瞬間、並木道の先に人影が見えた。
陽射しに照らされて、金色の髪がきらりと光る。蒼い瞳が、こちらをまっすぐに見つめていた。
――リース=グラスゴー。
私の大切な友が、そこに立っていた。
胸がいっぱいになり、言葉にならないまま、私は駆け出していた。
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2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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