婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

文字の大きさ
29 / 97

第27話 アベル=ダンガー脱獄

しおりを挟む
◆獄中記――アベル=ダンガー子爵の独白2◆

―復讐の灯火―

 夜が、また訪れる。

 何度目かも分からぬ闇の時間。空は見えず、風も届かない。だが、獄中の隅にはうすら寒い空気が漂い、壁に刻まれた無数の爪痕が、誰かの絶望を語っていた。

 私は椅子に腰かけたまま、ただじっと、何かを待っていた。

 いや、正確には“何も”を待っていた。

 明日も同じ粥が出され、誰も来ず、ただ判決の日を迎えるだけだ。そう思っていたのだ――

「……なぁ、おまえ、ダンガー子爵だろ?」

 不意に、鉄格子の向こうから声がした。

 その声は、低く、くぐもり、どこか嘲るような響きを持っていた。

 「誰だ……」

 顔を上げると、隣の牢の影に一人の男が立っていた。囚人服に身を包み、髭を伸ばし放題にした中年。だが、その目は、妙にぎらついていた。

 「おまえが舞踏会でやられたって話、有名になってるぜ。黒衣の剣聖、カール=キリトにな」

 その名を聞いた瞬間、私の背筋が固まった。

 ……やはり、牢の中でも噂は流れている。皮肉なものだ。外では誰も私の名を口にせず、ここでは私の失墜が娯楽になっている。

 「ふん、好きに笑え」

 「いやいや、笑ってねぇさ。むしろ、ちょっと気の毒になったくらいだ。なぁ、知ってるか? あのカールって男、ただの平民じゃねぇぞ」

 「……何?」

 私は身を乗り出した。

 「ノルド王国、北方の魔導国家。そこの王族の血を引いてるって話だ。母親が失われた姫とかなんとか……」

 その言葉が、私の胸に鋭く刺さった。

 王族……カールが……? あの田舎貴族の三男坊が?

 「嘘だ……そんなことが……」

 「嘘じゃねぇ。俺のいたところじゃ、裏の情報にも詳しい奴が多くてな。カール=キリト、ノルド家の直系じゃねぇが、王弟の血を継ぐ“正統な”血筋。ノルドの剣術も叩き込まれてるってよ。そりゃ強いわけだ」

 衝撃だった。思考が追いつかない。

 私が蔑んだ男が、実は王の血を継ぐ者だった?

 私は彼を“下”に見ることで、自分の優位を保っていた。だが、その土台すら、幻だったのか。

 「……じゃあ、あいつは……私より、はるかに“上”の存在だったというのか……」

 絶望に似た焦燥が胸を満たした。だが、次の瞬間、男が口元を吊り上げた。

 「……なぁ、ダンガー子爵。おまえ、あいつに復讐したくないか?」

 「――なに?」

 私は思わず目を細めた。

 「こんなところで朽ちるくらいなら、あいつに一矢報いたくねぇか? おまえをここから出してやる。その代わり、ひとつ仕事をしてもらう」

 「脱獄……だと?」

 私は言葉を失った。

 「おまえに用があるやつがいる。外の連中だ。カール=キリトに恨みを持つ“本物”の連中がな」

 「“本物”……?」

 男はうすら笑いながら続ける。

 「貴族でも、軍人でも、政治家でもない。だが……力がある。あいつの動きを封じるために、“駒”が必要なんだよ。貴族の血を引いたおまえはな、その“顔”として都合がいい」

 私は黙った。

 脱獄など、到底許されることではない。捕まれば、即刻処刑されるだろう。

 だが――

 カール=キリトのあの顔が脳裏に浮かぶ。

 あの舞踏会。嘲笑する貴族たちの前で、私を地に叩きつけた姿。剣を下ろしたあとも、冷たく一瞥し、背を向けたあの後ろ姿。

 「……奴に、復讐ができるのか」

 男は口角を吊り上げた。

 「ああ、できるとも。ただし――命を賭ける覚悟は必要だがな」

 私は立ち上がった。鉄格子の前に歩み寄り、低く、だが確かな声で言った。

 「……もちろんだ。奴に復讐できるなら、私は……なんでもしてやる」

 その瞬間、男は口笛を吹いた。

 それに応じるように、獄の奥の影が揺れ、何者かが現れた。看守の姿をした男。その目には、まるで獣のような光が宿っていた。

 「話はついてる。今夜、扉が開く。おまえは外へ出る。そして――奴に地獄を見せるんだ」

 私は、ゆっくりと拳を握りしめた。

 かつての栄華は失われた。名誉も、家も、すべてを失った。

 だが――私には、まだ“復讐”がある。

 それが、この人生最後の光であっても構わない。

 今度は、私が“玉座”を奪い返す番だ。



◆獄中記――アベル=ダンガー子爵の独白3◆

―父の背中と、復讐の誓い―

 夜の帳が王都を包み込む頃、私はその場所に立っていた。

 アウグスト侯爵家──かつて私が生まれ育ち、栄光と傲慢のすべてを手に入れた屋敷だ。遠目からでもわかる、堂々たる屋根と、無駄に広い中庭。薔薇が咲き乱れていたはずの花壇は、今や影に沈んでいた。

 門の前には衛兵が二人。かつては私の命ひとつで動いた者たちだ。今はもう、私の名を口にすることすら、禁じられているだろう。

 それでも、私は目を凝らす。まだ、あの窓に灯りがともっている。

 「……父上」

 あの部屋の奥に、彼はいる。病に伏していると聞いたが、まだ生きているのだろう。いや、生きていなければ困る。私は、まだ“なにも果たしていない”のだから。

 門前には近づかない。今の私はただの脱獄犯。顔を見せれば、すぐにでも騎士団に引き渡される。

 だが、今夜だけは。せめてこの夜だけは、許してほしい。

 私は、屋敷の向こうを見つめながら、記憶を辿っていた。



 あの日、父の書斎で怒鳴られたことを思い出す。

 「お前は、ダンガーの名に泥を塗った!」

 カール=キリトとの対立が表沙汰になったあの頃、私は王都の貴族たちの間で悪評を買い始めていた。虚偽の取引、裏金、女遊び──父はそのすべてを把握していたのだろう。

 だが、私は反論した。

 「何が悪い? 力のある者が、弱者を押さえつけて何が悪い? それが“貴族”というものではないのか!」

 父は無言だった。ただ、私を一度だけ、哀しそうな目で見た。

 あの時の表情が、今も焼きついている。

 「お前は、カール=キリトに敗れたのではない。自分の“驕り”に負けたのだ」

 父の言葉が、耳の奥で反響する。

 ……だが、それでも私は認めたくなかった。

 私は、敗者で終わりたくない。あの男の影に、二度と隠れて生きたくない。



 ふと、屋敷の窓が開いた。

 そこに立っていたのは──間違いない、父だ。

 痩せこけた体。杖にすがるように立つその姿。かつての威厳はない。

 だが、それでも、あの背中は“父”だった。

 私はその場にひざをつきそうになるのをこらえ、ただ見上げた。

 心のどこかで、こう叫びたかった。

 「父上……! まだ終わってなどおりません。私は、必ず立ち上がります。そして、すべてを取り戻します!」

 だが、その言葉を口にすることはできなかった。

 私は、父に“敗者”の顔を見せるわけにはいかない。

 このまま姿を消そう。そして、もう一度だけ“頂点”を目指すのだ。



 屋敷を背にして、私はゆっくりと歩き出した。

 背後の門が遠ざかるたびに、胸の奥で何かが揺れる。

 私には、帰る場所など、もうない。

 だが、それでも構わない。

 ──カール=キリト。

 お前が王族の血を引いていようと、民の英雄であろうと、関係ない。

 私はお前を、決して許さない。

 お前に敗れ、すべてを失い、塀の中で朽ちるはずだった私が、今、こうして外にいる。

 それは、すべて“復讐”のためだ。

 お前が信じた正義が、どれほど脆く、汚れた世界の中で崩れ去るか。

 それを、思い知らせてやる。

 ──今に見ていろ。
 お前が築き上げた“英雄譚”を、私はこの手で焼き払ってみせる。

 “敗者”の名を背負ったまま、私は再び、暗い路地へと歩き出した。

 そして、心の中で誓う。

 あの背を、再び越えるその日まで。

 ――アベル=ダンガー、反逆の刻、始動

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

処理中です...