婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

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第38話 リリス=ヴァレンタインからの二度目の手紙

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◆月下の再会、裂かれる心◆
――リリス=ヴァレンタインの視点

 廃屋を出たとき、空はすっかり暮れていた。
 月が、まるで冷たい瞳のように高く昇っている。

 (あれが……アベル=ダンガー……)
 再会したあの人の瞳には、昔の面影なんて微塵もなかった。
 ただ、何かを――誰かを壊そうとする、深い闇だけがあった。

 「リリスっ!」

 振り返ると、そこにはクラリッサがいた。
 ドレスの裾を掴んで、息を切らしながら駆け寄ってくる。

 「……どうしてここに」
 「当たり前でしょ! あんな男と二人きりになって、無事で済むわけないと思ったの!」

 思わず息を呑んだ。
 クラリッサの瞳は、いつになく真剣だった。

 「リリス、あんた……アベル=ダンガーが、いま何してるか知ってるの?」
 「……それは、彼の話なら少し……」

 「少し? じゃあ教えてあげる」

 クラリッサはきっぱりと声を張った。

 「彼は……カールの家族を狙ってるのよ!」

 「……え……?」

 「前に父から連絡があったの。カール=キリトの兄が、王都郊外で何者かに襲撃されたって、だから、巻き込まれないように気を付けろってね。それが……ダンガー子爵らしき人物だったって、目撃者が証言したの」

 (まさか……)

 「リリス。あの男は、あんたを“駒”にしようとしてるのよ。あなたがまだカールに未練があるってことを知って、利用しようとしてるの」

 クラリッサの言葉が、胸に突き刺さる。
 わたしは……まんまと、アベルの掌の上で踊っていたの。

 「……でも、あの人……わたしにカールと付き合えって……」
 「そうなの? でも何か別の目的があるのかもしれないわよ。カールの家族を襲っているのだから」

 クラリッサは怒りに震えながら言った。

 「リリス、今のあんた、ちょっとおかしいわよ。ダンガー子爵と二人きりであったりして危なっかしいわよ。そんなに追い詰められてるの?」

 「……え、でも、アベルは元婚約者だったから、私は……」

 「だからって脱獄中なのよ、危険すぎるわよ。あんた、わかってるのダンガー子爵は違うのよ。ただの“復讐鬼”よ。あんなのに引きずられたら、あんたまでおかしくなる!」

 (……わたしが……おかしい……)

 クラリッサの言葉が、喉の奥にずっと引っかかっていた何かを、ようやく言葉にしてくれた。

 「あの人は、わたしがカールとの仲を取り持とうとしているのよ。あ、でも、それっておかしいのかな……」

 「そんなの、絶対に裏があるでしょう!」

 クラリッサは涙ぐんでいた。

 「リリス、あんたは昔、確かに意地っ張りで、完璧主義で、プライド高かったかもしれないけど――でも、本当は誰よりも、人を想える子だったじゃない!」

 「……クラリッサ……」

 「だから、カールに本当に会いたいなら……自分の足で会いに行って。誰かの言葉じゃなく、自分の心で話しなさい」

 それは――友達の言葉だった。
 貴族でも、策略でもなく、ただわたしを想ってくれる一人の友人の、まっすぐな願い。

 「……わたし、どうすれば……」

 「まずは自分の心に正直になることよ」

 夜風が、静かに吹いていた。
 クラリッサがわたしの肩に手を置いて、微笑む。

 「アベル=ダンガーは関係ない。リリス、あんたは自分の信じる道を進み七なさい。優しい自分に、誇り高い自分に――そして、カールの隣を目指しなさい」

 (……わたしは……正直になる……)

 もう誰もわたしと婚約してくれないとか言われたくない。
 老人の後家で愛人になんかなりたくない。
 そう、ただ――周囲に認めてほしいのだ。
 過去も、今も、そして……これからも。わたしは話の中心になりたい。褒められたい。賞賛されたいわ。
 それにはどうしてもカールが必要なの。あの男の、剣聖としての地位と王族の血が、わたしには必要なの。わたしが素敵に輝くために。

 「……会いに、行くわ」

 そう決めた。
 カール=キリトに。
 ちゃんと、この口で伝えるために。
 あの時のこと、今の気持ち、そして――わたしには、カールが必要なことを。

 クラリッサがそっと頷く。

 夜の路地裏、二人だけの誓い。
 誰にも聞こえないけれど、確かな鼓動だけが、未来を示していた。


◆君に届ける最後の手紙◆
――リリス=ヴァレンタインの視点

 朝靄が、王都を包み込んでいた。
 けれど、空はどこか重たく、澄み切った青さとはほど遠い。

 (どうして……こんな空気なの)

 馬車を降りた瞬間に、異変には気づいていた。
 衛兵たちの数が増えていて、街角には武装した騎士団の姿。
 道を歩く人々も、どこか浮足立っている。

 (まさか……もうアベルが動いているの?)

 キリト家。
 数日前、アベルが言っていた――“カールと寄りを戻す”という言葉。
 あのときは信じたくなかった。でも、今ならわかる。
 あれは、ただの嘘や酔狂じゃなかった。

 (彼の……目的は、カールだ)

 私は、護衛と一緒に王都の北区へ向かっていた。
 そこには、キリト家の屋敷がある。
 本当なら、玄関の扉を叩いて、彼に会いたかった。
 言葉で、ちゃんと――想いを伝えたかった。

 けれど。

「通行制限中です。ご用件は?」

 屋敷の前には、軍服姿の兵士が数名。
 表情は硬く、まるで戦場にいるかのような緊張感だった。

 「わ、わたしは……リリス=ヴァレンタインと申します。カール様にお会いしたくて――」

 「現在、キリト家の当主及びご令息に対する襲撃事件が発生しています。関係者以外の接触は禁止されております。お引き取りを」

 (……襲撃……クラリッサの言っていた通りのこと!?)

 まさか、もう警備が来ているの――このままでは会えない!

 「では……せめて、彼に手紙だけでも……」

 「検閲の上で、お届けできるか判断いたします」

 無表情な声に、心が締めつけられた。
 わたしの“想い”さえも、ここでは自由にならない。

 だけど、諦めるわけにはいかない。
 わたしはまだ、カールと向き合っていない。わたしは絶対にカールが必要なのだ。
 ちゃんと、自分の言葉で――彼に伝えなきゃいけない。

 (なら……あの場所で)

 ふと、昔の記憶が蘇る。
 学院時代、よく一緒に訪れた公園。
 小さな噴水と、ベンチと、落ち葉の舞う小道。
 あの頃のわたしたちは、まだすべてを知らなかった。
 でも、確かに――笑っていた。

 「わたし、そこで待つ」

 手紙に書くことを決めた。
 ダンガー子爵と会ったこと。
 今の王都の異変が、彼に繋がっていること。
 そして、それでも――会って話したいという気持ち。

 ◆

 その日の午後、わたしは屋敷に戻り、机に向かっていた。
 ペンを持つ手が、震える。けれど、止まらない。

 親愛なるカール=キリト様へ

 この手紙を、あなたが読んでくれていることを願います。

 突然のお手紙をお許しください。
 けれど、どうしても、伝えなければならないことがあるのです。

 ――わたしは、アベル=ダンガー子爵と再会しました。
 彼は今、王都に潜伏し、あなたやあなたの家族を狙っているようです。
 そして、わたしを……あなたを倒すための道具として、利用しようとしました。

 最初は、わたしもその意図に気づかず、ただ会話を交わしてしまいました。
 でも今は違います。わたしは、もう彼の言葉に惑わされません。

 あの日、あなたを傷つけたこと。
 心から、後悔しています。

 自分の愚かさと、傲慢さと、そしてあなたを失って初めて気づいた想い。
 それを、今さら伝えたところで、許されるとは思っていません。
 けれど、どうか……一度だけ、話をさせてください。

 待ち合わせ場所は、昔ふたりでよく訪れたあの公園です。
 東の噴水のそば。ベンチは、今も変わらずそこにあるはずです。

 明日の夕刻、そこで待っています。
 あなたが来てくれるかどうか――それは、もう、あなたの自由です。

 でも、どうしても伝えたいのです。
 わたしの言葉で、わたしの声で。

 リリス=ヴァレンタインより

 書き終えた手紙を、しばらく見つめた。
 完璧な内容だわ。口元から微かに笑みが零れる。これで上手く行く。
 ペン先に残ったインクの跡が、まるでわたしの涙みたいに見えるようにした。これならカールはわたしを心配するだろう。

 「……これでカールを落とす、そして、わたしを中心に物語が始まるわ」

 心の中の笑いが止まらない。
 彼は来る。絶対に来る。
 そして、わたしに夢中になる。いえ、夢中にされるのだ。

 (この媚薬の香水があれば……もう一度、やり直せる)

 紫色の香水が入った小瓶を眺めながら、わたしは微笑む。ノルド魔法王国特製の媚薬がある。これがあれば、カールは私の物。そのためならどんな手でも使ってみせる。
 あの頃とは違うの。
 たくさんの痛みを知って、たくさんの過ちを重ねてきた。

 だからこそ、ダンガー子爵との婚約が破談になり、わたしに後はなくなったのだ。    このままではわたしの運命は、後家となり、老人の愛人代わりに結婚させられるしかない。そんなことになれば、想像しただけでぞっとする。
 それは、絶対に避けなけらば。
 いまのわたしなら、経験を積み、賢くなったわたしなら、彼の隣に立てる――そう確信している。

 手紙を封筒に入れ、王都の信頼ある急便に託した。
 そして、明日。
 わたしは、あの公園で待つ。

 最後の希望と、一縷の祈りを胸に抱きながら。


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