婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

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第50話 カールの妹レティーナの恋2

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◆君と歩む、偽りの誓い――“恋の気づき”◆
――レティーナの視点

 リオンさんと踊ったあの日から、数日が過ぎた。

 あたたかい春の日差しの中、わたしは王都図書館の窓辺で本を読んでいた。けれど、ページをめくっても、文章が頭に入ってこない。

(……また、考えてる)

 カールお兄様のことでも、リリス様のことでもない。

 思い浮かぶのは――リオンさんのこと。

 あの日の言葉。

『ぼくは、カールの妹としてじゃなくて……あなた自身を見ています』

 思い出すたびに、胸の奥がじんわりと熱くなった。

(……わたし、リオンさんのこと……)

 ようやく気づいた。

 これは、ただの感謝でも、ただの憧れでもない。

 ――恋だ。

 今さら、なんて思う。でも、その気持ちは確かだった。

 あのとき、手を握り返したとき、心がふわりと浮かぶような感覚があった。何気ない会話にも、優しさのこもった声にも、わたしは心を動かされていた。

 それに気づいた瞬間、胸がきゅっと苦しくなる。

(……どうしよう)

 今度会ったとき、どんな顔をすればいいか分からない。

 でも、会いたい。声を聞きたい。

 迷っていると、受付の係の方が声をかけてきた。

「すみません、こちらにお届け物です。差出人は……リオン=グラッツさんからです」

「――えっ?」

 驚いて封筒を受け取る。

 手紙……?

 その場で急いで開けてみると、柔らかな字で、こう書かれていた。

『レティーナさんへ。
突然すみません。今度、王都の旧学院で開かれる春の交流パーティーに、ご一緒しませんか?
僕の知り合いも何人か来る予定ですし、気軽な催しなのでご安心を。
もしよければ、お返事をください。
リオンより』**

 胸が跳ねる音が、自分でも分かるくらいだった。

(パーティー……? リオンさんと……?)

 一瞬、戸惑った。

 けれど、すぐに思った。

 ――行きたい。

 お兄様の妹としてじゃなく、“レティーナ”として、彼と向き合いたい。

 わたしは返事を書くために紙とペンを取り出し、少し緊張しながらも丁寧に文字を綴った。

『リオンさんへ。
お誘い、ありがとうございます。とても驚きましたが……とても嬉しかったです。
ぜひご一緒させてください。
レティーナより』**

 数日後。パーティー当日。

 わたしは久しぶりにドレスを選んだ。

 控えめなクリーム色のドレスに、淡い桜色のリボン。髪は、セリア様に教えていただいた編み込みで、少しだけ大人っぽく結ってみた。

(これで……大丈夫かな?)

 鏡の前で深呼吸をひとつ。

 ドアの外で、リオンさんが迎えに来てくれていた。

「こんばんは、レティーナさん」

 その姿を見た瞬間、また胸が鳴る。

 リオンさんは、濃紺の正装に身を包み、いつもより少し大人びて見えた。

「わあ……」

 思わず声が出た。

「お似合いですね。とても、綺麗です」

 わたしの顔が一気に熱くなる。

「……ありがとうございます。リオンさんも、とても素敵です」

 お互い、照れ笑いを浮かべながら、わたしたちは並んで歩き出した。

 王立旧学院の講堂は、今夜だけ特別に開放され、華やかな飾り付けと音楽に包まれていた。貴族の子弟や平民の若者たちが思い思いに語らい、中央ではすでに何組かが踊っていた。

 「少し、外の空気を吸いませんか?」

 リオンさんが言って、中庭へと誘ってくれた。

 夜空には星が瞬き、白いランタンの明かりが風に揺れていた。

「……この中庭、昔の学院の思い出が詰まってて。なんか落ち着くんです」

「そうなんですね……」

 わたしも、今なら少しわかる気がした。

 この空気、この静けさの中で、隣にいる彼の存在が、とても自然に感じる。

 しばらく沈黙が続いたあと、リオンさんがぽつりと口を開いた。

「……レティーナさん」

「はい」

「この前、踊ったとき。気づいてたかもしれませんが……ぼく、少しだけ勇気を出しました」

 「……勇気、ですか?」

「はい。君に、本気で向き合ってみたいって。まだ“好きです”なんて言うには、早すぎるかもしれないけど……」

 わたしの心が、鼓動を早めた。

 言葉は、確かに届いている。

 でも、わたしも……もう、決めていた。

「……リオンさん」

「……うん?」

 わたしは、一歩だけ彼に近づいた。

「わたしも、あなたといると、自分のことを“好き”になれるんです。カールお兄様の妹じゃなくて、“わたし自身”として、ちゃんと笑っていられる。だから……」

 ほんの少しだけ、勇気を振り絞って言った。

「――あなたの隣に、もっといたいです」

 リオンさんの目が、優しく細まった。

 そして、そっと手を差し出してくれた。

「じゃあ、もう一度――踊りませんか?」

「……はい」

 わたしたちは、また手を取り合って歩き出す。

 あの日よりも、もう少しだけ、確かな気持ちを胸に抱いて。

 妹じゃない、“レティーナ”としての恋のはじまりが、静かに幕を開けようとしていた。

◆君と歩む、偽りの誓い――“はじまりの口づけ”◆
――レティーナの視点

 春が過ぎて、初夏の風が心地よく感じられる頃。

 王都の街は、どこか浮き立つような雰囲気に包まれていた。露店には果物や花が並び、人々は軽やかな服装で歩いている。

 そんなある日。

 わたしはリオンさんに誘われて、王都の郊外にある湖畔の街へ出かけることになった。

「今日は、特に予定もない日だから、ただの散歩でもよければ……」

 その言葉に、わたしはすぐに「行きます」と答えていた。

 理由なんて、いらなかった。

 ただ、会いたい。それだけで胸が高鳴る。

 待ち合わせ場所に現れたリオンさんは、淡い水色のシャツに薄手のマントを羽織っていて、どこか旅人のような雰囲気だった。

「おはようございます、レティーナさん」

「おはようございます。今日……お天気、すごくいいですね」

「ええ、まるで君との時間にぴったりな空ですね」

 そんなことをさらっと言うから、胸がどきんと跳ねた。

 湖畔の街までは、王都から馬車で小一時間ほど。

 街の中心には、澄んだ湖が広がり、そのほとりには小さな花畑とカフェが並んでいた。

「ここ、昔カールと一緒に来たことがあるって言ってましたよね?」

「はい……あの時は、まだわたし、子どもだったから……。でも今日は――」

 今日は、大人として来ている。

 そして、リオンさんと一緒に。

 それだけで、景色が全然違って見えた。

「じゃあ、まずはあのカフェで休憩しましょうか。湖が見える席があるんです」

 店の窓際の席は、噂通りの絶景だった。

 水面は陽光を反射してキラキラと輝き、遠くでは白鳥がゆったりと泳いでいた。

「……すごい、綺麗」

 思わず声が漏れた。

 けれど、ふと視線を感じてリオンさんの方を向くと、彼はわたしを見て微笑んでいた。

「景色もいいですけど……君の笑顔の方が、ずっと綺麗ですよ」

 また、胸がぎゅっとなった。

 言葉が出てこなくて、ただ頬が熱くなるのを感じた。

 その後も、わたしたちは街を歩きながら、たくさんの話をした。

 お兄様のこと。学院時代のこと。リオンさんが将来やってみたい仕事のこと。

「……僕は、誰かの“支え”になれるような人間になりたいんです」

「支え……?」

「カールみたいに、剣で人を守るのもすごいと思う。でも、僕はどちらかというと、隣で“信じて見守る”方が向いてる気がして」

「……それ、すごく素敵だと思います」

 わたしも、そんな“支え”がほしかった。

 だからこそ、今、隣にいるリオンさんの言葉が、心に深く染み込んでくる。

 そして、夕方。

 湖に夕日が沈みはじめ、辺りがやわらかな橙色に染まったころ。

「――少し、歩きましょうか」

 リオンさんが、手を差し出してくれた。

 わたしは、何も言わずにその手を取った。

 繋いだ手は、温かくて、安心する。

 湖畔の遊歩道を、ふたり並んで歩く。

 誰もいない時間帯だった。

 波の音と、遠くの小鳥の声だけが、静かに響いていた。

「……ねえ、レティーナさん」

「はい?」

「この前、踊った夜のこと……覚えてますか?」

「もちろん……忘れるわけ、ありません」

「実は、あの時……言えなかったことがあるんです」

 彼は、わたしの手をぎゅっと握った。

「――あなたに、恋をしています」

 その言葉が、空気を震わせた。

 わたしの胸が、一気に熱くなった。

「リオン、さん……」

「最初は、ただ守ってあげたいと思っていました。でも、今は違う。君が笑うと、僕の世界も明るくなる。泣いていると、胸が痛む。……そんな自分に気づいたんです」

 わたしの視界が、涙でにじんだ。

 こんなに、まっすぐな気持ちを向けられたのは、初めてだった。

 震える声で、わたしも答えた。

「……わたしも、リオンさんのことが、好きです。ずっと前から、気づいてた……でも、怖くて、気づかないふりしてました」

 ふたりの距離が、自然と近づいた。

 沈む夕日が、水面を染める。

 リオンさんが、そっとわたしの頬に手を添えた。

「……いいですか?」

 わたしは、小さくうなずいた。

 その瞬間――

 彼の唇が、やさしくわたしの唇に触れた。

 ほんの一瞬。でも、永遠のように感じられる時間だった。

 心が、ぽうっと光に包まれていくようだった。

 唇が離れたあと、わたしは何も言えずに、ただ彼の胸に顔を埋めた。

「ありがとう……リオンさん」

「こちらこそ、レティーナさん」

 ――恋人同士、という言葉を、まだはっきりと口にしたわけではない。

 けれど、この口づけが、何よりも確かな答えだった。

 わたしたちは、もう“ただの知り合い”じゃない。

 妹でも、旧友でもなく、ひとりの女と男として、今、ここにいる。

 あたたかな風が、ふたりをやさしく包み込んでいた。


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