婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

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第92話 夜風と秘密 ― エミリーゼとカールの語り合い

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『夜風と秘密 ― エミリーゼとカールの語り合い』


 火薬の匂いも波の音に溶けていった夜更け。
 誰もいないはずの浜辺に、またひとつ、足音が落ちる。

「……いたいた。カール、こんなとこで黄昏れてるなんて、らしくないわね」

 その声は、どこか飄々としていた。
 砂浜に降り立ったのは、紺と白の薄手のワンピースを羽織ったエミリーゼ。
 髪はいつもよりもラフに結われ、月明かりの中で柔らかな輪郭を描いていた。

「……珍しいな。エミリーゼがおれを探しに来るなんて」

「ふふ、いつもは追い払いたそうなのにね。今日は逆?」

 彼女はカールの隣に座ると、砂に手をつき、夜空を見上げた。
 星が降るように広がり、さきほどの花火とはまた違う、静かな輝きを放っていた。

「……セリアと話したんでしょ? リアナとも。エミリーゼの出番は最後かぁ、ってちょっと思っちゃった」

「そんな順番で話してるわけじゃない」

「分かってる。けど、ちょっとくらい拗ねてもいいでしょ?」

 エミリーゼは、いたずらっぽく微笑んだ。けれどその瞳の奥にあるものは、どこか切なさを含んでいる。

「カールって……不器用だよね。みんな、あなたのことが大好きなのに。誰も一人に選ばないくせに、誰も手放さない」

「……それが悪いことだってのは、分かってる」

「ううん、悪いとは言ってない。ただ……ずるいなぁって思うのよ。私もその“ずるさ”に、ちゃんと巻き込まれてるから」

 彼女は笑った。

 それは、いつものように軽くて、どこか重くて、どこか優しい笑みだった。

「ねえ、カール。私ね、ずっと思ってた。あなたが英雄になるって、きっと分かってた。でも……」

「……でも?」

「でも、それでも私だけは“普通の女の子”として、あなたに隣にいてほしかったのかもって。戦う仲間とか、魔法の天才とか、そんなのじゃなくて」

 カールは驚いたように彼女を見た。

 エミリーゼはいつだって距離を取る。冗談交じりに、からかい混じりに、深い本音は絶対に見せない。
 けれど今夜だけは、その仮面を少しだけ外していた。

「……寂しくなるね、こうやって海なんか見てると」

「寂しいか?」

「だって、明日にはまた旅が始まるでしょ? みんなが笑ってる時間は、いつもより早く終わる。そんなの、寂しいに決まってる」

 夜風が吹いた。
 彼女の髪が揺れ、香りがふわりとカールの鼻先をかすめる。
 潮と花火と、ほんのり甘い香り。

「カール、私のこと……どう思ってる?」

 唐突に問われ、カールは一瞬だけ言葉に詰まった。
 それでも、逃げずに言葉を選ぶ。

「……エミリーゼは、俺にとって、なくてはならない存在だ。頼りにもしてるし、助けられてばかりだ。……大切な仲間だよ」

「……そっか」

 彼女は目を閉じた。そして、そっと、肩にもたれかかる。

「ねえ、それ、今だけ“恋人”に変えてもいい?」

「……え?」

「ほんの数分でいい。ずっと“仲間”でいた私の、ちょっとしたワガママ。こういうの、ダメ?」

 カールは答えられなかった。
 けれど、彼女の肩に手を添え、離さずにいた。

「ありがとう。……やっぱりずるいなぁ、あなた」

「……そうかもな」

「でも、そのずるさが……私は、好きなの」

 夜の海が、ふたりを包むように寄せて返す。
 言葉より、静けさが胸にしみ込んでいく。

「ねえ、いつか――」

「……ん?」

「もし私が、本当にあなたの隣を選びたいって思ったら……ちゃんと、見てくれる?」

「……もちろんだ」

「じゃあ、いい。今はそれでいい」

 エミリーゼは、ゆっくりと体を離した。

「そろそろ戻るわ。……誰かに見られたら、“エミリーゼが本気だ”って思われちゃうから」

「本気じゃないのか?」

「それは秘密。あなたが、ちゃんと知ろうとするまで――内緒よ」

 いたずらっぽくウインクを残して、彼女は夜の砂浜を歩き去った。
 その背に、カールはそっと呟いた。

「……ありがとう、エミリーゼ」

 夜はまだ深く、けれど、静かに明けようとしていた。
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