婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス

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第29話 リノとレオニスの誓い

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『旅立ちの旋律 ―ふたりだけの約束―』
王宮での晩餐会から数日が過ぎた。

リノとレオニス――いや、“リノ”と“第3王子レオニス”の距離は、あの夜を境に確かに変わっていた。

でも、すぐに恋人になったわけじゃない。

お互いの秘密を打ち明けたことで、むしろ一歩、慎重になっていた。

「……ねぇ、今日、空き時間ある?」

音楽隊の稽古が終わったあと、リノがぽつりと聞いた。

「うん。王宮の仕事もひと段落してる。どうして?」

「ちょっと……行きたい場所があるの。付き合ってくれる?」

レオニスはにっこりと笑って、頷いた。

「もちろん」

リノはその笑顔に、ほっと息をつく。

たとえ“王子様”でも、変わらない。この人はやっぱり“レオ”だ。自分が好きになった、あの優しい青年のまま。

馬車で揺られて向かったのは、王都の南にある高台の丘だった。

かつてリノが、音楽隊の仲間たちと訪れたことのある場所。王都が一望できるその丘は、夕暮れどきになると空が真っ赤に染まり、とても綺麗だった。

「……ここ、好きなんだ。空が広くて、風も気持ちよくて」

リノは草の上に座り、靴を脱いで足を伸ばす。

レオニスも隣に座り、同じように空を見上げた。

「……子どもの頃、よく兄たちとこの景色を見に来たんだ。王子だとか、責任だとか、何も考えずにいられる時間だった」

「じゃあ、私たち……ここでちょっとだけ、子どもに戻ってみる?」

レオニスは目を見開いたあと、ふっと笑って、うなずいた。

「うん。今だけ、レオとリノでいよう」

しばらくは、風に揺れる草の音と、街の遠い鐘の音だけが耳に届いた。

「……あのね、ひとつだけ聞いてもいい?」

リノが、静かに口を開いた。

「なに?」

「もし……わたしが、もう歌えなくなったら。それでも、レオはわたしを……好きでいてくれる?」

レオニスは少し驚いたような顔をして、リノを見つめた。

「どうしてそんなことを?」

「……怖くなるの。わたし、歌しか取り柄がないから。もし声が出なくなったら、もし……全部なくしてしまったら、それでも誰かがそばにいてくれるのかなって」

しばらくの沈黙の後、レオニスはそっと手を伸ばし、リノの手を握った。

「歌ってなくても、リノはリノだよ。強くて、優しくて、ちょっと泣き虫な、僕の大切な人。僕が惹かれたのは、君の声だけじゃない。君の心だよ」

リノの目に、また涙が浮かんだ。でも、それは悲しみじゃない。

あたたかくて、ほっとするような――どこか安心した涙だった。

夕焼けが、街全体を茜色に染めていく。

「……レオ」

「ん?」

「わたし、もう逃げない。自分のことも、過去のことも、あなたのことも。全部ちゃんと、向き合う」

「……ありがとう。僕も、同じ気持ちだよ」

ふたりはそっと寄り添い、風の中に身を預けた。

その時間が、永遠みたいに感じられた。

帰り道、リノはふと、笑いながら言った。

「ねぇ、もし王様になったらどうする? わたし、隣にいていいの?」

「当たり前じゃないか。君がいるなら、僕はどこにだって行ける。……でも」

「でも?」

「君が望むなら、一緒に逃げてもいいよ。王子も王位も全部投げ出して、旅に出よう。ふたりで歌いながら」

リノは驚いた顔をしたあと、吹き出して笑った。

「ばか。でも、ちょっとだけ……その未来、見てみたいかも」

ふたりの手は、自然に重なっていた。

もう秘密はない。

あるのは、これから歩いていく未来だけ。

王都の灯が、ゆっくりと灯りはじめた。

その光の中を、ふたりは並んで歩いていく。

一歩一歩が、確かで、あたたかかった。

そして、心の中にあった迷いが、少しずつ溶けていくのがわかった。

これは、恋のはじまり。

でも――きっと、ただの恋では終わらない。

ふたりで奏でる旋律は、これからもっと深く、もっと強く、響いていく。

その約束を胸に、夜の帳の中へと歩いていった。
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