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第30話 クラリッサの失望
―父の言葉、薔薇の終焉―
リドグレイ伯爵邸の応接間。
いつもは穏やかな陽射しが差し込む部屋なのに、その日はやけに薄暗く感じられた。クラリッサ=リドグレイは、父ラウルの向かいに座りながら、何とも言えない胸騒ぎを覚えていた。
ラウル=リドグレイ伯爵――いや、正確には“入り婿”であったその男は、長旅の疲れも見せず、まっすぐな瞳で娘を見据えていた。
「クラリッサ……お前に話さねばならぬことがある」
その口調は、いつになく重々しかった。
「……何の話?」
クラリッサは眉をひそめながらも、平静を装う。だが、指先はかすかに震えていた。胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。
「リドグレイ伯爵家の家督についてだ」
「……それなら私が継ぐのは当然でしょう? 私は、あなたの娘ですもの。母上は正妻、あなたは伯爵。そして私は、その娘」
「――それは違う。そもそもリドグレイ家は母系相続だ」
クラリッサの心臓が、一瞬止まった気がした。
「……え?」
ラウルはゆっくりと息を吐きながら言葉を続ける。
「この家の本当の血筋は、トリノの祖母……つまり、先代の伯爵夫人にある。わたしは、その娘――トリノの母リリアーナと政略結婚で婿入りしたに過ぎん」
「でも……じゃあ、私は……」
「お前はアナスタシアとわたしの間に生まれた娘。だが、リドグレイ家の直系の血は、お前の腹違いの妹であるトリノだけに受け継がれている」
「そんな、馬鹿な……!」
クラリッサは立ち上がり、ラウルに詰め寄った。
「トリノは“灰かぶり”だったのよ!? 誰も魔力も認めず、家の恥とまで言われた! どうしてそんな子が、私より……!」
「クラリッサ、落ち着け。トリノの母――リリアーナは、先代伯爵家の長女だが、婿入りしたリリアーナの父は異国の子爵家でもあった。彼女は異国の子爵家とリドグレイ伯爵家の継承者でもあった。そして、その娘……すなわちトリノこそが、正統なリドグレイの継承者なのだ」
クラリッサは顔面から血の気が引いていくのを感じた。
あの無能な少女が、自分よりも高貴な立場だというのか?
――信じられない。信じたくない。
「で、でも……あの子は家出したのよ? 戻ってこない。だったら、私が……!」
「それはできぬ」
ラウルの声は静かだったが、鋼のような断固たる響きを持っていた。
「王都でも、この家系の血統確認は正式に行われた。リドグレイ家は、トリノを迎え入れることができなければ、取りつぶしになるだろう」
「――取りつぶし……?」
クラリッサの頭が真っ白になった。
「それほど、リリアーナの系譜は重いのだ。そもそもこの家は、長らく女系の力によって保たれていた。魔力、政治力、そして影響力。それに対してお前の母は平民だ。わたしとは愛人関係でお前たち二人ができた。だから、リリアーナが旅立った後、アナスタシアと結婚したのだ……なので平民と伯爵家では血筋の面で、とてもトリノには勝てない」
「……嘘よ」
クラリッサの肩が震える。視界がぼやけてきた。
「私が、どれだけ努力してきたか知らないくせに……! 私は、ずっと、完璧でいようと……誰よりも美しく、頭もよく、品位を保って……! すべては、この家のために……!」
「わかっている。お前の努力は誇りだ。だが――相続とは、努力だけでは選ばれない」
それは、あまりにも残酷な現実だった。
――なぜ、あの娘なの?
――なぜ、私じゃないの?
クラリッサは崩れるようにソファに腰を下ろした。
頭の中で、ローマンの顔が浮かんだ。あの美しく、理知的な青年。自分の隣にふさわしいのは、自分だと信じていた。
だが――もしも、トリノが正式な伯爵家の後継者だと知られたら……平民の血が流れていると知られたら?
――彼は、私から離れるかもしれない。
その恐怖が、クラリッサの胸を締め付けた。
「クラリッサ。……これが、現実だ」
ラウルは立ち上がると、そっと扉の方へ向かった。
その背中に、クラリッサは何も言えなかった。
ただ、銀の髪が揺れるのを感じながら、唇をかみしめるしかなかった。
リドグレイ伯爵邸の応接間。
いつもは穏やかな陽射しが差し込む部屋なのに、その日はやけに薄暗く感じられた。クラリッサ=リドグレイは、父ラウルの向かいに座りながら、何とも言えない胸騒ぎを覚えていた。
ラウル=リドグレイ伯爵――いや、正確には“入り婿”であったその男は、長旅の疲れも見せず、まっすぐな瞳で娘を見据えていた。
「クラリッサ……お前に話さねばならぬことがある」
その口調は、いつになく重々しかった。
「……何の話?」
クラリッサは眉をひそめながらも、平静を装う。だが、指先はかすかに震えていた。胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。
「リドグレイ伯爵家の家督についてだ」
「……それなら私が継ぐのは当然でしょう? 私は、あなたの娘ですもの。母上は正妻、あなたは伯爵。そして私は、その娘」
「――それは違う。そもそもリドグレイ家は母系相続だ」
クラリッサの心臓が、一瞬止まった気がした。
「……え?」
ラウルはゆっくりと息を吐きながら言葉を続ける。
「この家の本当の血筋は、トリノの祖母……つまり、先代の伯爵夫人にある。わたしは、その娘――トリノの母リリアーナと政略結婚で婿入りしたに過ぎん」
「でも……じゃあ、私は……」
「お前はアナスタシアとわたしの間に生まれた娘。だが、リドグレイ家の直系の血は、お前の腹違いの妹であるトリノだけに受け継がれている」
「そんな、馬鹿な……!」
クラリッサは立ち上がり、ラウルに詰め寄った。
「トリノは“灰かぶり”だったのよ!? 誰も魔力も認めず、家の恥とまで言われた! どうしてそんな子が、私より……!」
「クラリッサ、落ち着け。トリノの母――リリアーナは、先代伯爵家の長女だが、婿入りしたリリアーナの父は異国の子爵家でもあった。彼女は異国の子爵家とリドグレイ伯爵家の継承者でもあった。そして、その娘……すなわちトリノこそが、正統なリドグレイの継承者なのだ」
クラリッサは顔面から血の気が引いていくのを感じた。
あの無能な少女が、自分よりも高貴な立場だというのか?
――信じられない。信じたくない。
「で、でも……あの子は家出したのよ? 戻ってこない。だったら、私が……!」
「それはできぬ」
ラウルの声は静かだったが、鋼のような断固たる響きを持っていた。
「王都でも、この家系の血統確認は正式に行われた。リドグレイ家は、トリノを迎え入れることができなければ、取りつぶしになるだろう」
「――取りつぶし……?」
クラリッサの頭が真っ白になった。
「それほど、リリアーナの系譜は重いのだ。そもそもこの家は、長らく女系の力によって保たれていた。魔力、政治力、そして影響力。それに対してお前の母は平民だ。わたしとは愛人関係でお前たち二人ができた。だから、リリアーナが旅立った後、アナスタシアと結婚したのだ……なので平民と伯爵家では血筋の面で、とてもトリノには勝てない」
「……嘘よ」
クラリッサの肩が震える。視界がぼやけてきた。
「私が、どれだけ努力してきたか知らないくせに……! 私は、ずっと、完璧でいようと……誰よりも美しく、頭もよく、品位を保って……! すべては、この家のために……!」
「わかっている。お前の努力は誇りだ。だが――相続とは、努力だけでは選ばれない」
それは、あまりにも残酷な現実だった。
――なぜ、あの娘なの?
――なぜ、私じゃないの?
クラリッサは崩れるようにソファに腰を下ろした。
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だが――もしも、トリノが正式な伯爵家の後継者だと知られたら……平民の血が流れていると知られたら?
――彼は、私から離れるかもしれない。
その恐怖が、クラリッサの胸を締め付けた。
「クラリッサ。……これが、現実だ」
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