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第43話 リノが唄う、社交界のこと
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「光の輪の中へ」
その日、ヴァルシュタイン公爵家の屋敷は、朝から緊張した空気に包まれていました。
お嬢様――リノ様が、いよいよ王宮での“社交界デビュー”を果たされる日だったからです。
わたし、アニエスはリノ様の付き添いとして、一緒に王宮へと向かうことになっていました。光栄だけど、ものすごく緊張して……前の晩なんて、緊張しすぎてあまり眠れなかったくらいです。
「アニエスさん、大丈夫? 顔がちょっと白いよ?」
リノ様は、今日の主役だというのに、朝から私の心配ばかりしてくれて。
「い、いえっ、大丈夫ですっ! あの……お嬢様のほうこそ、緊張されていませんか?」
そう聞くと、リノ様は少しだけ唇をかんで、小さくうなずきました。
「うん……ちょっとだけ。でも、アニエスさんがいてくれるから、大丈夫だよ」
その言葉に、胸がじんと熱くなりました。
この方のそばにいられることが、わたしの誇りなんです。
**
馬車の中、お嬢様は鏡の前で、何度も髪を整えていました。
今日は王都でも有名なデザイナーが仕立てた淡いブルーのドレス。細かな刺繍はまるで音符のようで、歩くたびにひらりと優雅に揺れます。
「うまく話せるかな……みんな貴族の方ばっかりでしょ?」
「大丈夫です。リノお嬢様の歌を聴いた人は、皆さん心を開かれますから」
わたしがそう答えると、リノ様は少し安心したように笑いました。
「アニエスさんって、ほんとに魔法みたいな言葉をくれるよね」
わたしこそ、そんな言葉をもらえるなんて、もう本当にうれしくてたまらなかったんです。
**
王宮の大広間は、まるで夢のような光景でした。
高くそびえる天井、金細工が施されたシャンデリア、花々の香りが漂う白い大理石の床。
そこに集うのは、王族、貴族、そして各国の使節たち。どの人も、まるで絵画の中の人物のように完璧な身なりで、鋭い視線を投げかけてきます。
その中で、リノ様がひときわ輝いていたのは、間違いありませんでした。
だけど――視線の中には、好奇心だけでなく、明らかに“試すような”冷たい目もあって。
リノ様は、そのひとつひとつに堂々と微笑みを返していたけれど、わたしにはわかりました。
(お嬢様……やっぱり緊張してる)
私は、できるだけ近くでそっと背筋を伸ばしながら、お嬢様がいつでも息をつけるように心を配りました。
そんな中――
「リノ嬢ですね? “歌姫”と聞いておりましたわ」
その声は、ちょっと意地悪そうで。
振り向くと、紅いドレスを着た令嬢が、細く笑いながら立っていました。
名前は、リュシエンヌ嬢。王宮でも知られた伯爵令嬢で、きつめの言葉遣いで有名です。
「歌が上手いだけで王子と婚約? ふふ、おとぎ話もここまで来ると素敵ね」
その言葉に、周りの令嬢たちがくすっと笑い、空気が冷たくなりました。
(なんてことを……!)
わたしは思わず前に出そうになりましたが――そのとき。
「ありがとうございます。わたし、まだまだ未熟ですけど……でも、この国の人たちがくれた希望を歌で返せるように、がんばります」
そう言って微笑んだリノ様の声が、まるで音楽みたいに会場に響きました。
リュシエンヌ嬢が、わずかに目を見開いたのがわかりました。
「……まあ、しっかりした方なのね」
そう言い残して去っていくその背に、リノ様はただ、変わらぬ笑顔を向けていました。
「お嬢様……っ!」
わたしは思わず、声をかけてしまいました。
「……怖くなかったんですか?」
リノ様は、すこしだけ瞳を伏せてから、ぽつりと。
「怖かったよ。でも、アニエスさんがそばにいるって思ったら、前を向けたの」
それを聞いて、わたし、泣きそうになっちゃって――でも、それはきっと今日いちばんの誇りでした。
**
そして、社交会の終盤。
リノ様は王の前に立ち、広間で一曲、歌を披露することになりました。
ピアノの前に座り、深く息を吸うお嬢様。
そして――
♪――この手に集う 光の粒
見上げた空に 夢は咲く――♪
その声は、静かに、でも確かに、大広間を包んでいきました。
ざわついていた空気が、次第に静まり、ひとり、またひとりと人々が足を止めていく。
わたしは、ただ――その姿を、誇りと感動で見つめていました。
まるで、“音楽の精霊”が舞い降りたようでした。
♪――過去を越えて 明日へと
この歌を 風にのせて――♪
歌い終えたあと、一瞬の沈黙。そして、広がる拍手。
「なんて……美しい……」
「心に響いたわ」
そんな声が、わたしの耳にも届きました。
リノ様は、ゆっくりと頭を下げ、そのあと、わたしの方を振り返って――小さく、笑いました。
(お嬢様……本当に、立派になられて)
この日、リノ様は、王国の“歌姫”としてだけじゃなく――“未来の王妃”として、確かな一歩を踏み出したのです。
**
帰りの馬車の中、リノ様がそっと言いました。
「今日は、ほんとにありがとう、アニエスさん」
わたしはふるふると首を振って。
「いえ、こちらこそ。……お嬢様は、わたしの誇りです」
夜の星が、窓の外にまたたいていました。
そしてその光と同じくらいに、リノ様の笑顔が、静かに輝いていたのです。
その日、ヴァルシュタイン公爵家の屋敷は、朝から緊張した空気に包まれていました。
お嬢様――リノ様が、いよいよ王宮での“社交界デビュー”を果たされる日だったからです。
わたし、アニエスはリノ様の付き添いとして、一緒に王宮へと向かうことになっていました。光栄だけど、ものすごく緊張して……前の晩なんて、緊張しすぎてあまり眠れなかったくらいです。
「アニエスさん、大丈夫? 顔がちょっと白いよ?」
リノ様は、今日の主役だというのに、朝から私の心配ばかりしてくれて。
「い、いえっ、大丈夫ですっ! あの……お嬢様のほうこそ、緊張されていませんか?」
そう聞くと、リノ様は少しだけ唇をかんで、小さくうなずきました。
「うん……ちょっとだけ。でも、アニエスさんがいてくれるから、大丈夫だよ」
その言葉に、胸がじんと熱くなりました。
この方のそばにいられることが、わたしの誇りなんです。
**
馬車の中、お嬢様は鏡の前で、何度も髪を整えていました。
今日は王都でも有名なデザイナーが仕立てた淡いブルーのドレス。細かな刺繍はまるで音符のようで、歩くたびにひらりと優雅に揺れます。
「うまく話せるかな……みんな貴族の方ばっかりでしょ?」
「大丈夫です。リノお嬢様の歌を聴いた人は、皆さん心を開かれますから」
わたしがそう答えると、リノ様は少し安心したように笑いました。
「アニエスさんって、ほんとに魔法みたいな言葉をくれるよね」
わたしこそ、そんな言葉をもらえるなんて、もう本当にうれしくてたまらなかったんです。
**
王宮の大広間は、まるで夢のような光景でした。
高くそびえる天井、金細工が施されたシャンデリア、花々の香りが漂う白い大理石の床。
そこに集うのは、王族、貴族、そして各国の使節たち。どの人も、まるで絵画の中の人物のように完璧な身なりで、鋭い視線を投げかけてきます。
その中で、リノ様がひときわ輝いていたのは、間違いありませんでした。
だけど――視線の中には、好奇心だけでなく、明らかに“試すような”冷たい目もあって。
リノ様は、そのひとつひとつに堂々と微笑みを返していたけれど、わたしにはわかりました。
(お嬢様……やっぱり緊張してる)
私は、できるだけ近くでそっと背筋を伸ばしながら、お嬢様がいつでも息をつけるように心を配りました。
そんな中――
「リノ嬢ですね? “歌姫”と聞いておりましたわ」
その声は、ちょっと意地悪そうで。
振り向くと、紅いドレスを着た令嬢が、細く笑いながら立っていました。
名前は、リュシエンヌ嬢。王宮でも知られた伯爵令嬢で、きつめの言葉遣いで有名です。
「歌が上手いだけで王子と婚約? ふふ、おとぎ話もここまで来ると素敵ね」
その言葉に、周りの令嬢たちがくすっと笑い、空気が冷たくなりました。
(なんてことを……!)
わたしは思わず前に出そうになりましたが――そのとき。
「ありがとうございます。わたし、まだまだ未熟ですけど……でも、この国の人たちがくれた希望を歌で返せるように、がんばります」
そう言って微笑んだリノ様の声が、まるで音楽みたいに会場に響きました。
リュシエンヌ嬢が、わずかに目を見開いたのがわかりました。
「……まあ、しっかりした方なのね」
そう言い残して去っていくその背に、リノ様はただ、変わらぬ笑顔を向けていました。
「お嬢様……っ!」
わたしは思わず、声をかけてしまいました。
「……怖くなかったんですか?」
リノ様は、すこしだけ瞳を伏せてから、ぽつりと。
「怖かったよ。でも、アニエスさんがそばにいるって思ったら、前を向けたの」
それを聞いて、わたし、泣きそうになっちゃって――でも、それはきっと今日いちばんの誇りでした。
**
そして、社交会の終盤。
リノ様は王の前に立ち、広間で一曲、歌を披露することになりました。
ピアノの前に座り、深く息を吸うお嬢様。
そして――
♪――この手に集う 光の粒
見上げた空に 夢は咲く――♪
その声は、静かに、でも確かに、大広間を包んでいきました。
ざわついていた空気が、次第に静まり、ひとり、またひとりと人々が足を止めていく。
わたしは、ただ――その姿を、誇りと感動で見つめていました。
まるで、“音楽の精霊”が舞い降りたようでした。
♪――過去を越えて 明日へと
この歌を 風にのせて――♪
歌い終えたあと、一瞬の沈黙。そして、広がる拍手。
「なんて……美しい……」
「心に響いたわ」
そんな声が、わたしの耳にも届きました。
リノ様は、ゆっくりと頭を下げ、そのあと、わたしの方を振り返って――小さく、笑いました。
(お嬢様……本当に、立派になられて)
この日、リノ様は、王国の“歌姫”としてだけじゃなく――“未来の王妃”として、確かな一歩を踏み出したのです。
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帰りの馬車の中、リノ様がそっと言いました。
「今日は、ほんとにありがとう、アニエスさん」
わたしはふるふると首を振って。
「いえ、こちらこそ。……お嬢様は、わたしの誇りです」
夜の星が、窓の外にまたたいていました。
そしてその光と同じくらいに、リノ様の笑顔が、静かに輝いていたのです。
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