婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス

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第44話 リノが唄う、母とのドレス選びの歌

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「ドレスと、ひだまりと」
 王宮での社交界デビューを終えて数日。
 ほっとする間もなく、次に控えていたのは――「レオニス様との正式な婚約式」。

 ヴァルシュタイン公爵家では、式の準備が少しずつ進んでいた。

「さあ、リノ。今日は大切な一日よ!」

 そう声をかけてくれたのは、公爵夫人・マリーゼ様。今では、私の“お母様”だ。

 今日は、婚約式のためのドレス選び。
 王都一と名高い仕立て屋から特別に呼ばれた職人が、何着ものドレスを持って公爵邸にやってきていた。

「でも……こんなにたくさん……!」

 私は目を丸くして、部屋いっぱいに並べられたドレスたちを見渡した。
 白、淡いピンク、空色、ラベンダー――どれもそれぞれに美しくて、うっとりしてしまう。

「どれがいいかしらねえ。あなたには、淡い色も似合うし、濃い色でも負けない目をしてるわ」

 マリーゼ様は、にこにこと笑いながら、私の髪を優しく撫でた。

 その手のぬくもりが、あたたかくて――私は、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。

「こんな日が来るなんて、思ってなかったな……」

 ぽつりとこぼすと、マリーゼ様が、そっと私の手を取った。

「リノ。あなたがここに来てくれて、私は毎日が楽しくて仕方ないのよ。女の子とドレスを選ぶなんて、夢だったの」

 そう言って、目を細めて笑うその姿は、本当のお母さんみたいで――私は思わず、

「お母様……っ」

 と、声を震わせていた。

 マリーゼ様の胸に飛び込んで、そのまま、ぎゅっと抱きしめられる。

「リノ。泣かないで。あなたは、私たちの大切な娘なんだから」

「うん……うん……ありがとう」

 涙が止まらなくなってしまった。

 **

 「さて。お父様にも見てもらいましょうか」

 少し涙を拭いてから、私たちは数着のドレスを選び、鏡の前で試着を始めた。

 そこへ入ってきたのは、公爵様――今では“お父様”。

「おお、これはこれは。リノ、よく似合ってるじゃないか」

 低く落ち着いた声。でも、その眼差しはとても優しくて。
 公爵様がまるで、本当の娘を見るように、微笑んでくれていた。

「お父様……わたし、変じゃないですか?」

「変? とんでもない。君はもう、この家の誇りだよ」

 その言葉に、胸がいっぱいになって、私はドレスの裾をそっとつまんだ。

 お母様がふふっと笑いながら、鏡の前でドレスを整えてくれる。

「どうかしら? この空色のドレスは、リノの目にぴったりよね?」

「うむ。だが、このラベンダーのほうも落ち着きがあっていい。レオニスの隣に立つなら、どちらも似合いそうだな」

 お父様は腕を組みながら、真剣に悩んでいる。
 そんな姿を見て、私はふふっと笑ってしまった。

「じゃあ、どっちも着ますか?」

 そう冗談を言うと、ふたりがそろって「それもいいわね」「贅沢だな、まったく」と笑い合った。

 こんな風に、家族で過ごす時間が――たまらなく、嬉しかった。

 **

 ドレス選びがひと段落したあと、お母様が、私の髪を編みながら言った。

「リノ。あなたは、“王子の婚約者”としてだけじゃなくて、“この家の娘”として、幸せになってほしいの」

「お母様……」

「何か不安なことがあったら、すぐに話してちょうだいね。あなたが笑っていないと、私も、きっとレオニスも、困ってしまうから」

 そう言って微笑むお母様の顔が、きらきらして見えた。

 私はそのまま、膝の上に頭を預けるようにして甘えてしまった。

「……お母様、しばらくレオニス様のところに行かずに、ずっとここにいたいです」

「あらまあ。可愛いこと言ってくれるわね。でも、そうしていいのよ。婚約式までは、ずっとここにいてちょうだい」

「ほんとに?」

「ええ。お父様も、きっと喜ぶわ」

 そう言ったとき、ちょうど廊下の向こうから公爵様の声が響いた。

「マリーゼ、リノ、今日は何を食べたい? 特別にリクエストを受け付けようと思ってな」

「ふふ。甘やかしすぎじゃない?」

「娘に甘くして何が悪い」

 そんなやりとりを聞いて、私は思わず吹き出してしまった。

「じゃあ、私はお父様の手作りオムレツが食べたいです!」

「……料理人じゃなくて私にか? よーし、やってみせようじゃないか」

 それからその晩、広間にはちょっと焦げたけど、とっても美味しい“お父様のオムレツ”が並びました。

 **

 夜、部屋に戻って、ひとりベッドに横になる。

 ふわふわのシーツ、やわらかな羽毛布団、窓の外には月の光。

 思い返すと――今日一日が夢みたいだった。

 ドレスを選んだこと、お母様に甘えたこと、お父様のオムレツの味。

 そのどれもが、私にとってかけがえのない“家族のぬくもり”だった。

「……ありがとう。お母様。お父様。わたし、ちゃんと幸せです」

 小さくささやいて、私は目を閉じた。

 明日は、また新しい朝がやってくる。
 でももう、“ひとりぼっちの朝”じゃない。

 家族がいて、笑顔がある――この場所で、私はようやく“本当の自分”になれる気がしていた。

 月の光は、静かにベッドを照らし、優しい夜が、私をそっと包んでくれていた。
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