婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス

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第45話 リノが唄う、兄弟の歌を

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「兄さまたちと、午後の紅茶を」
「おーい、リノー! おやつの時間だってさー!」

 屋敷の中庭から、明るい声が響いてきた。

「リト兄さま……!」

 リノは本を閉じ、慌てて廊下へ飛び出す。
 今日は“兄さまたち”と一緒に過ごす午後――ヴァルシュタイン家に来てから、初めてのことである。

 

 **

 

 紅茶と焼き菓子が並ぶサロンのテラス。
 そこに座っていたのは、背筋をぴんと伸ばした長男・ルードリッヒと、脚を投げ出して椅子にゆらゆら揺れている次男・リトバルスキー。

「リノ。ちゃんと時間通りに来たな。偉いぞ」

 ルードリッヒは一見厳しそうだけど、話し方はどこか優しい。
 それに――なぜか、彼だけは最後まで「リノ嬢」と呼ばず、「リノ」とまっすぐに呼んでくれる。

「ありがとうございます、兄さま……あっ」

 椅子に座ろうとした瞬間、足がもつれて危うく倒れかけた。
 そのとき――

「おっと! ナイスキャッチ、俺!」

 リトバルスキーが慌てて支えてくれた。
 その顔はどこか楽しそうで、まるで弟か、友達みたいな雰囲気を持っている。

「びっくりしました……」

「だーいじょーぶ。君が転びそうになったら、百回でも支えてやるって!」

 にかっと笑うリトバルスキーに、ルードリッヒが小さくため息をつく。

「軽薄すぎるぞ、リト。少しは淑女への接し方を学べ」

「兄貴こそ固すぎんだよ~。まあ、そこが“らしさ”なんだけど」

「やれやれ……」

 そんなふたりのやり取りを見て、リノは思わず笑ってしまった。

「なんだか、おふたりとも、すごく仲がいいんですね」

 その一言に、ルードリッヒとリトバルスキーがぴたりと止まり、同時に「うーん」と唸る。

「仲がいい……のか?」

「いや、兄貴とは子どもの頃からしょっちゅう喧嘩してたしなー」

「君が一方的に問題を起こしていただけだ」

「それを“喧嘩”って言うんだよ~」

 また始まった、とでも言いたげに、リノは紅茶をひとくち。

 でも、その空気がとても心地よかった。

 

 **

 

「リノ。少し庭を歩こうか。話したいことがある」

 紅茶を飲み終えたあと、ルードリッヒが静かに声をかけてきた。

 彼に案内されて向かったのは、屋敷の裏庭にある、手入れされた小さなバラ園だった。

「ここは、母上が特に大事にしている場所でね。リノにも見せたかった」

「……すごくきれい」

 白と薄ピンクのバラが、風に揺れている。
 リノの髪と同じ色合いに、ルードリッヒがふと微笑んだ。

「最初、君が公爵家に来ると聞いたとき、正直、戸惑った。だが……今は、来てくれてよかったと心から思っているよ」

「兄さま……」

「レオニスとは、昔から一緒に剣を学んだ仲だ。彼のそばに立つ女性が、誇り高く、強くあってほしいと願っていた。……君は、きっとそれができる」

 まっすぐな目だった。

 厳しさと、優しさと、そして確かな“信頼”が宿っている目。

「わたし、まだまだ未熟です。でも……そんな風に言ってもらえて、嬉しいです」

「焦る必要はない。家族なのだから」

 その言葉に、リノの胸がふわっとあたたかくなった。

 

 **

 

 庭から戻ると、今度はリトバルスキーがリノを呼び止める。

「リノ、ちょっと手ぇ貸して! 楽譜運ぶの手伝ってくんない?」

「楽譜?」

「うん、実はさ~。今日、ちょっとしたサプライズを用意してたんだよね!」

 そう言って、彼が案内したのは、屋敷の小さな音楽室。

 そこには、リトバルスキーが独自にアレンジした《風よ、遠くへ》の楽譜が置かれていた。

「これ……わたしの歌……?」

「だって、せっかく音楽の家に来たんだし、君と何か一緒に作りたかったんだよ」

 いつものおちゃらけた顔とは違い、真剣な目。

 リノはそっとピアノの前に座り、リトバルスキーの持つ楽譜を見て――少しずつ旋律を奏で始めた。

 

♪――風よ、遠くへ 想いを運んで――♪

 

 そこに、リトバルスキーのバイオリンが重なる。

 音が混ざり、広がり、部屋いっぱいにやさしい調べが舞う。

「……なんだか、不思議ですね。家族と音楽を奏でるなんて」

「いいだろ? うちの家訓は、“音楽は、心をつなぐ”だ」

「ふふ。素敵な家族です」

 

 **

 

 夕方、日が暮れるころ。

 リノは自室へ戻る前、そっとつぶやいた。

「お兄さまたち……ほんとうに優しいな」

 いつか、彼らの“妹”として、もっと自然に笑えるようになりたい。

 音楽と愛に満ちたこの家で、少しずつ家族になっていく――そんな幸せを、リノは胸いっぱいに感じていた。
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