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第49話 グランディア王国第二王子・アレクシス殿下からの依頼
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歌姫の外遊と、迷いの旋律
それは、一通の書状から始まった。
「グランディア王国第二王子・アレクシス殿下より、“歌姫リノ嬢の来訪”を強く望むとの要請が届いております」
王宮の会議室にて、報告を受けた国王は深く眉を寄せていた。
「……歌姫を、外交の場に?」
「いえ。彼らの北部地域で魔獣が暴れており、兵の士気が著しく低下していると。以前、王都で披露されたリノ嬢の歌に“兵士の心を癒す効果”があると聞きつけ……」
重臣たちの間に緊張が走る。
「だが、これは要請というより、ほとんど命令に近い。グランディアとの同盟はこの十年でようやく築かれたもの。ここで断れば、彼らは“王国が協力を渋った”と受け取るだろう」
「歌姫を危険地帯に送るなど――!」
声を荒らげる者もいたが、国王の沈黙がそれを押しとどめた。
そしてその視線は、一人の少女に向けられる。
「リノ……そなたの気持ちを聞かせてほしい」
***
「……正直、行きたくありません」
リノ=ヴァルシュタインは、肩を震わせながら言った。
その声は小さく、しかし確かな迷いを含んでいた。
「私は……歌いたいけど、あの国のこと、何も知らない。魔獣のいる場所で歌うなんて……こわいです」
重苦しい空気の中、誰もが言葉を失った。
その時――
「ですが、陛下」
前に出たのは、レオニスだった。
「どうしてもリノが行く必要があるのならば、私も随行させてください。王族として、彼女を守る責務があります」
リノははっとレオニスを見つめる。
彼の瞳は、いつもと変わらぬ優しさを湛えていた。
「リノ。無理にとは言わない。これは外交問題であって君の仕事ではない。でも、もし君の歌が誰かの心を癒せるなら……僕は、君が世界に必要とされているってことを誇りに思いたいんだ」
「……でも、私……」
視線を落とすリノに、王が静かに告げた。
「外交の場において、時に“歌”は剣にも勝る武器となる。お前の歌は、国と国とを結ぶ懸け橋となり得るのだ。……どうか、力を貸してくれぬか」
――断れない。
王のその口調は、命令に等しかった。王としても巨大な隣国に対して断れない苦しい選択だった。
(どうしても……私が……必要なの?何か裏があるのでは>)
胸の奥で、恐怖と使命感がせめぎあっている。
けれど、断れば外交問題でレオニスが苦しむのはわかりきっていた。レオニスのためならば、わたしを助けてくれた人のためならば、わたしも手を差し伸べたい。
リノは、震える手でその温もりに触れた。
「……わかりました。……私、行きます」
***
旅路の馬車の中、リノはぼんやりと風景を眺めていた。
「……本当は、断りたかった。逃げ出したかった。歌うことが好きなだけだったのに、いつの間にか“責任”なんて背負わされてて……」
ぽつりと漏れた言葉に、レオニスは黙って隣に座っていた。
リノは続ける。
「私は……戦いたくないの。誰かを癒したくて歌ってきたのに、今は……“武器”みたいに思われてる。アレクシス王子も、私を“使う”ために呼んでるんだよね」
「……そうかもしれない。でも、君の歌は“奪う”ものじゃない。“与える”ものだって、僕は信じてる」
レオニスのその言葉に、リノの肩からほんの少し、力が抜けた。
「……ありがとう。レオがいてくれるから、なんとか立っていられるよ」
***
グランディア王国・北部の村に到着した一行は、想像以上の惨状に息を飲んだ。
荒れた土地。怯える子供たち。疲れ果てた兵士たちの顔。
「……まるで戦場」
リノが呟くと、アレクシス王子が現れた。
「リノ嬢。貴女を危険な場所に呼んだこと、心から感謝している。だがこれは、我が国にとっても最後の賭けなのだ。貴女の歌が兵たちの心に火を灯せば、我々は再び戦える」
その言葉は“期待”ではなく、“依存”にも近いものだった。
「……責任が重すぎます」
「それでも、貴女にしかできない。王族の名にかけて、私はこの命令を“撤回しない”」
冷たい声に、リノは背筋を凍らせた。
彼はやはり、国家のために“手段としての歌姫”を求めている。
(こんなの……望んでない)
それでも――
(……でも、歌える。レオが、そばにいるなら)
***
その夜、満月の空の下。
リノは、兵士たちと村人たちの前に立った。
森の奥から、低くうねるような魔獣の咆哮が聞こえる。
「……震えが止まらない」
「大丈夫。君は君のままで、歌えばいい。僕がいる」
レオニスのその声に、リノはぎゅっと胸に手を当てた。
そして、息を吸い――歌い始めた。
♪――届かなくても 祈るように
名も知らぬ誰かに 寄り添えるように――♪
その旋律は、夜気を越えて森に染み込んでいく。
兵士たちの瞳が、少しずつ生気を取り戻していく。
♪――恐れの闇に 光を咲かせて
忘れていた 勇気を思い出して――♪
やがて、魔獣の唸りが止まった。
静寂の中、歌の余韻だけが満ちていく。
兵士が、村人が、そっと涙を拭う姿があった。
それを見て、リノもまた、静かに微笑んだ。
***
翌朝――
「歌姫殿。昨夜の奇跡、我が国は深く記憶に刻む」
アレクシス王子は、深く頭を下げた。
「……私、あなたの国のために歌ったんじゃない。ただ、目の前で怯える人がいたから。……それだけです」
リノの返答は静かで、そして毅然としていた。
彼女はもう、迷ってはいなかった。
「……そうか。ならば、我が国と君の国の“民”を繋ぐ懸け橋として、君の歌がこれからも届くことを願うよ」
***
帰路の途中。
再び馬車の中、レオニスはリノの手を取った。
「よく、頑張ったね。君は、誰にも使われなかった。君のままで、歌ったんだよ」
リノはうなずき、小さく囁いた。
「ねえレオ……次に歌うときは、もう少し自由でいてもいい?」
「もちろん。君が歌いたいときに、歌いたい場所で。僕は、その旅の道しるべでいたい」
「……ありがとう。レオがいれば、きっと私は、どこへでも行ける気がする」
その言葉に、風が応えたように、草原を静かに渡っていった。
“外交の義務”から始まった旅だった。
けれどその先に、彼女は自分の“意思”で選ぶ未来を見つけようとしていた。
世界はまだ広い。
そしてリノの歌は、今日も誰かの胸で、静かに鳴り響いている。
それは、一通の書状から始まった。
「グランディア王国第二王子・アレクシス殿下より、“歌姫リノ嬢の来訪”を強く望むとの要請が届いております」
王宮の会議室にて、報告を受けた国王は深く眉を寄せていた。
「……歌姫を、外交の場に?」
「いえ。彼らの北部地域で魔獣が暴れており、兵の士気が著しく低下していると。以前、王都で披露されたリノ嬢の歌に“兵士の心を癒す効果”があると聞きつけ……」
重臣たちの間に緊張が走る。
「だが、これは要請というより、ほとんど命令に近い。グランディアとの同盟はこの十年でようやく築かれたもの。ここで断れば、彼らは“王国が協力を渋った”と受け取るだろう」
「歌姫を危険地帯に送るなど――!」
声を荒らげる者もいたが、国王の沈黙がそれを押しとどめた。
そしてその視線は、一人の少女に向けられる。
「リノ……そなたの気持ちを聞かせてほしい」
***
「……正直、行きたくありません」
リノ=ヴァルシュタインは、肩を震わせながら言った。
その声は小さく、しかし確かな迷いを含んでいた。
「私は……歌いたいけど、あの国のこと、何も知らない。魔獣のいる場所で歌うなんて……こわいです」
重苦しい空気の中、誰もが言葉を失った。
その時――
「ですが、陛下」
前に出たのは、レオニスだった。
「どうしてもリノが行く必要があるのならば、私も随行させてください。王族として、彼女を守る責務があります」
リノははっとレオニスを見つめる。
彼の瞳は、いつもと変わらぬ優しさを湛えていた。
「リノ。無理にとは言わない。これは外交問題であって君の仕事ではない。でも、もし君の歌が誰かの心を癒せるなら……僕は、君が世界に必要とされているってことを誇りに思いたいんだ」
「……でも、私……」
視線を落とすリノに、王が静かに告げた。
「外交の場において、時に“歌”は剣にも勝る武器となる。お前の歌は、国と国とを結ぶ懸け橋となり得るのだ。……どうか、力を貸してくれぬか」
――断れない。
王のその口調は、命令に等しかった。王としても巨大な隣国に対して断れない苦しい選択だった。
(どうしても……私が……必要なの?何か裏があるのでは>)
胸の奥で、恐怖と使命感がせめぎあっている。
けれど、断れば外交問題でレオニスが苦しむのはわかりきっていた。レオニスのためならば、わたしを助けてくれた人のためならば、わたしも手を差し伸べたい。
リノは、震える手でその温もりに触れた。
「……わかりました。……私、行きます」
***
旅路の馬車の中、リノはぼんやりと風景を眺めていた。
「……本当は、断りたかった。逃げ出したかった。歌うことが好きなだけだったのに、いつの間にか“責任”なんて背負わされてて……」
ぽつりと漏れた言葉に、レオニスは黙って隣に座っていた。
リノは続ける。
「私は……戦いたくないの。誰かを癒したくて歌ってきたのに、今は……“武器”みたいに思われてる。アレクシス王子も、私を“使う”ために呼んでるんだよね」
「……そうかもしれない。でも、君の歌は“奪う”ものじゃない。“与える”ものだって、僕は信じてる」
レオニスのその言葉に、リノの肩からほんの少し、力が抜けた。
「……ありがとう。レオがいてくれるから、なんとか立っていられるよ」
***
グランディア王国・北部の村に到着した一行は、想像以上の惨状に息を飲んだ。
荒れた土地。怯える子供たち。疲れ果てた兵士たちの顔。
「……まるで戦場」
リノが呟くと、アレクシス王子が現れた。
「リノ嬢。貴女を危険な場所に呼んだこと、心から感謝している。だがこれは、我が国にとっても最後の賭けなのだ。貴女の歌が兵たちの心に火を灯せば、我々は再び戦える」
その言葉は“期待”ではなく、“依存”にも近いものだった。
「……責任が重すぎます」
「それでも、貴女にしかできない。王族の名にかけて、私はこの命令を“撤回しない”」
冷たい声に、リノは背筋を凍らせた。
彼はやはり、国家のために“手段としての歌姫”を求めている。
(こんなの……望んでない)
それでも――
(……でも、歌える。レオが、そばにいるなら)
***
その夜、満月の空の下。
リノは、兵士たちと村人たちの前に立った。
森の奥から、低くうねるような魔獣の咆哮が聞こえる。
「……震えが止まらない」
「大丈夫。君は君のままで、歌えばいい。僕がいる」
レオニスのその声に、リノはぎゅっと胸に手を当てた。
そして、息を吸い――歌い始めた。
♪――届かなくても 祈るように
名も知らぬ誰かに 寄り添えるように――♪
その旋律は、夜気を越えて森に染み込んでいく。
兵士たちの瞳が、少しずつ生気を取り戻していく。
♪――恐れの闇に 光を咲かせて
忘れていた 勇気を思い出して――♪
やがて、魔獣の唸りが止まった。
静寂の中、歌の余韻だけが満ちていく。
兵士が、村人が、そっと涙を拭う姿があった。
それを見て、リノもまた、静かに微笑んだ。
***
翌朝――
「歌姫殿。昨夜の奇跡、我が国は深く記憶に刻む」
アレクシス王子は、深く頭を下げた。
「……私、あなたの国のために歌ったんじゃない。ただ、目の前で怯える人がいたから。……それだけです」
リノの返答は静かで、そして毅然としていた。
彼女はもう、迷ってはいなかった。
「……そうか。ならば、我が国と君の国の“民”を繋ぐ懸け橋として、君の歌がこれからも届くことを願うよ」
***
帰路の途中。
再び馬車の中、レオニスはリノの手を取った。
「よく、頑張ったね。君は、誰にも使われなかった。君のままで、歌ったんだよ」
リノはうなずき、小さく囁いた。
「ねえレオ……次に歌うときは、もう少し自由でいてもいい?」
「もちろん。君が歌いたいときに、歌いたい場所で。僕は、その旅の道しるべでいたい」
「……ありがとう。レオがいれば、きっと私は、どこへでも行ける気がする」
その言葉に、風が応えたように、草原を静かに渡っていった。
“外交の義務”から始まった旅だった。
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