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第11話 ディアス視点 マーガレットとの出会い
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失われた光、残された温もり
――ディアス視点
目を覚ましたアメジストは、しばらく天井を見つめていた。
知らない静けさだった。
「……まま?」
小さな声で呼ぶ。
返事はない。
よちよちとベッドを降り、部屋を出る。
寝る前までそこにいた人が、今はどこにもいない。
「ままぁ……?」
声が震え、次の瞬間、泣き声に変わる。
その声を聞いたとき、私は書斎で思わず立ち上がっていた。
廊下に出ると、アメジストがその場に座り込み、両手で目をこすっている。
「アメジスト」
抱き上げると、小さな腕が必死に私の首に回された。
「まま、いない……」
「……そうだな」
胸が、軋む。
エマはもう、屋敷を発った。
それが正しい選択だと、頭では理解している。
だが、娘にとっては――違う。
「まま、どこ……?」
私は答えられなかった。
◇ ◇ ◇
――思い出す。
あの日の舞踏会を。
婚約破棄を告げられた直後だった。
王命による一方的な破談。
理由も、猶予も、情けもなかった。
私は、あの夜、空っぽだった。
笑みを浮かべ、酒を口に運び、心だけが遠くに置き去りにされたまま。
そのときだ。
人混みの向こうに、見えたのは――桃色の髪。
息が止まった。
「……エマ?」
反射的に、その名を呼びながら近づいた。
だが、振り返った女性の瞳は、確かに紫水晶の色をしていたが――別人だった。
「……失礼いたしました」
慌てて頭を下げる私に、彼女は困ったように、そして少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「いいえ。誰かに間違えられたのですか?」
男爵家の娘、マーガレット=ソシエダーラ。
それが、彼女の名だった。
彼女は、私の様子を一目で察したのだろう。
それ以上、何も聞かず、ただ隣に座ってくれた。
「……無理に笑わなくていいですよ」
その一言で、胸の奥に溜め込んでいたものが、崩れた。
気づけば、私はすべてを話していた。
失った婚約。
未来だと思っていたものが、音を立てて崩れたこと。
マーガレットは、ただ黙って聞いていた。
「……それは、つらいですね」
そう言って、そっと、私の手に触れた。
それだけで、救われた気がした。
恋に落ちるのは、あまりにも自然だった。
◇ ◇ ◇
だが、彼女には理由があった。
二十歳になっても、婚約者がいなかった理由。
「……私は、生まれつき身体が弱いんです」
穏やかな声で、彼女は言った。
「医者には、二十歳まで生きられないだろう、と言われました」
だが、彼女は生きた。
二十歳を迎え、それでも生きていた。
「だから、もう十分なんです」
そう言って笑う彼女が、私は怖かった。
失う未来を、すでに受け入れている人の笑顔だったからだ。
私は、プロポーズした。
彼女は、首を左右に振った。
「私は、あなたの負担になりますから」
「……なりません」
「なります。長く、生きられないものですから」
私は、諦めなかった。
未来が短いなら、そのすべてを一緒に生きればいい。
そして、私たちは結婚した。
◇ ◇ ◇
妊娠を告げられた日の、彼女の笑顔を忘れない。
だが、同時に医者は告げた。
「出産は、母体が耐えられません」
子を諦めるべきだ、と。
私は、マーガレットに言った。
「……やめよう。君が生きてくれれば、それでいい」
彼女は、静かに首を振った。
「いやです」
穏やかだが、強い声だった。
「この子を諦めるくらいなら、このまま死んだほうがましです」
お腹を撫でながら、彼女は言った。
「私が生きた証は、この子なんです」
涙が止まらなかった。
私は、何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
アメジストは、生まれた。
しかし、マーガレットは、弱っていった。
最後の日。
彼女は、私の手を握り、言った。
「アメジストを、お願いします」
「……ああ」
「私の大切な赤ちゃんを、幸せにしてあげて」
それから、娘に顔を寄せ、囁いた。
「ごめんなさい……」
「あなたのそばに、ずっといられなくて」
「愛しているわ。私の赤ちゃん……」
その言葉とともに、彼女は、逝った。
私は、泣いた。
声を上げて、泣いた。
――また、大切な人を失った。
◇ ◇ ◇
「旦那様」
その夜、執事が言った。
「泣くのは、今日だけにしてください」
「……なぜだ」
「奥様の分まで、アメジスト様を愛する必要があるからです」
私は、言葉を失った。
「マーガレット様の最期の言葉を、思い出してください」
「……アメジスト様の幸せを、お考えください」
その通りだった。
私は、マーガレットとの約束を守らなければならない。
◇ ◇ ◇
腕の中で、アメジストは、まだ小さく泣いている。
「……大丈夫だ」
私は、背中を撫でた。
「エマは街に戻ったが、お前には父さんがいる」
私の元にエマはいない。
だが、マーガレットが残したものは、確かにここにある。
――この子を愛する気持ちだ。
私には、アメジストがいるのだ。
父として強くならなければならない。
そして、アメジストの髪を優しく撫でる。
愛する娘を、何よりも大切にしたい。
それが私に残された、ただ一つの生き方なのだから。
――ディアス視点
目を覚ましたアメジストは、しばらく天井を見つめていた。
知らない静けさだった。
「……まま?」
小さな声で呼ぶ。
返事はない。
よちよちとベッドを降り、部屋を出る。
寝る前までそこにいた人が、今はどこにもいない。
「ままぁ……?」
声が震え、次の瞬間、泣き声に変わる。
その声を聞いたとき、私は書斎で思わず立ち上がっていた。
廊下に出ると、アメジストがその場に座り込み、両手で目をこすっている。
「アメジスト」
抱き上げると、小さな腕が必死に私の首に回された。
「まま、いない……」
「……そうだな」
胸が、軋む。
エマはもう、屋敷を発った。
それが正しい選択だと、頭では理解している。
だが、娘にとっては――違う。
「まま、どこ……?」
私は答えられなかった。
◇ ◇ ◇
――思い出す。
あの日の舞踏会を。
婚約破棄を告げられた直後だった。
王命による一方的な破談。
理由も、猶予も、情けもなかった。
私は、あの夜、空っぽだった。
笑みを浮かべ、酒を口に運び、心だけが遠くに置き去りにされたまま。
そのときだ。
人混みの向こうに、見えたのは――桃色の髪。
息が止まった。
「……エマ?」
反射的に、その名を呼びながら近づいた。
だが、振り返った女性の瞳は、確かに紫水晶の色をしていたが――別人だった。
「……失礼いたしました」
慌てて頭を下げる私に、彼女は困ったように、そして少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「いいえ。誰かに間違えられたのですか?」
男爵家の娘、マーガレット=ソシエダーラ。
それが、彼女の名だった。
彼女は、私の様子を一目で察したのだろう。
それ以上、何も聞かず、ただ隣に座ってくれた。
「……無理に笑わなくていいですよ」
その一言で、胸の奥に溜め込んでいたものが、崩れた。
気づけば、私はすべてを話していた。
失った婚約。
未来だと思っていたものが、音を立てて崩れたこと。
マーガレットは、ただ黙って聞いていた。
「……それは、つらいですね」
そう言って、そっと、私の手に触れた。
それだけで、救われた気がした。
恋に落ちるのは、あまりにも自然だった。
◇ ◇ ◇
だが、彼女には理由があった。
二十歳になっても、婚約者がいなかった理由。
「……私は、生まれつき身体が弱いんです」
穏やかな声で、彼女は言った。
「医者には、二十歳まで生きられないだろう、と言われました」
だが、彼女は生きた。
二十歳を迎え、それでも生きていた。
「だから、もう十分なんです」
そう言って笑う彼女が、私は怖かった。
失う未来を、すでに受け入れている人の笑顔だったからだ。
私は、プロポーズした。
彼女は、首を左右に振った。
「私は、あなたの負担になりますから」
「……なりません」
「なります。長く、生きられないものですから」
私は、諦めなかった。
未来が短いなら、そのすべてを一緒に生きればいい。
そして、私たちは結婚した。
◇ ◇ ◇
妊娠を告げられた日の、彼女の笑顔を忘れない。
だが、同時に医者は告げた。
「出産は、母体が耐えられません」
子を諦めるべきだ、と。
私は、マーガレットに言った。
「……やめよう。君が生きてくれれば、それでいい」
彼女は、静かに首を振った。
「いやです」
穏やかだが、強い声だった。
「この子を諦めるくらいなら、このまま死んだほうがましです」
お腹を撫でながら、彼女は言った。
「私が生きた証は、この子なんです」
涙が止まらなかった。
私は、何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
アメジストは、生まれた。
しかし、マーガレットは、弱っていった。
最後の日。
彼女は、私の手を握り、言った。
「アメジストを、お願いします」
「……ああ」
「私の大切な赤ちゃんを、幸せにしてあげて」
それから、娘に顔を寄せ、囁いた。
「ごめんなさい……」
「あなたのそばに、ずっといられなくて」
「愛しているわ。私の赤ちゃん……」
その言葉とともに、彼女は、逝った。
私は、泣いた。
声を上げて、泣いた。
――また、大切な人を失った。
◇ ◇ ◇
「旦那様」
その夜、執事が言った。
「泣くのは、今日だけにしてください」
「……なぜだ」
「奥様の分まで、アメジスト様を愛する必要があるからです」
私は、言葉を失った。
「マーガレット様の最期の言葉を、思い出してください」
「……アメジスト様の幸せを、お考えください」
その通りだった。
私は、マーガレットとの約束を守らなければならない。
◇ ◇ ◇
腕の中で、アメジストは、まだ小さく泣いている。
「……大丈夫だ」
私は、背中を撫でた。
「エマは街に戻ったが、お前には父さんがいる」
私の元にエマはいない。
だが、マーガレットが残したものは、確かにここにある。
――この子を愛する気持ちだ。
私には、アメジストがいるのだ。
父として強くならなければならない。
そして、アメジストの髪を優しく撫でる。
愛する娘を、何よりも大切にしたい。
それが私に残された、ただ一つの生き方なのだから。
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