婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

文字の大きさ
39 / 179

第39話 情報屋“ヴェルト” 奴は、損得勘定で動かない

しおりを挟む
「加えて、情報屋“ヴェルト”が現地で合流する手筈になっている。道案内と支援のために配置した」

 その名が告げられた瞬間、エリーゼは微かに目を見開いた。

「“仮面の案内人”……なかなか渋い選択ね」

 笑みを浮かべながら、しかしその声はどこか硬さを帯びていた。彼女の脳裏に、数年前の記憶が鮮明に甦っていた。

 まだ王国の第一王子との婚約が成立していた頃、彼女は未来の王妃候補として様々な教育を受けていた。剣の修練の傍ら、政務、外交、暗号解読、礼儀作法、さらには諜報術――王妃とはただ王の隣に立つ飾りではなく、国の安定を支える柱でもあると教えられていた。
 だからこそ、王城の書庫や密室で開かれる秘密裏の講義に呼ばれることも少なくなかった。

 彼と出会ったのは、そんな日の一つだった。

(あのときの仮面の男……まさか、また会うことになるなんて)

 エリーゼは視線を落とす。彼は確かに、当時から只者ではなかった。

 黒衣に銀の仮面をつけ、無表情のようでいて、何かを探っているような目。
 そして一切の所属を明かさず、しかし王族すら黙って耳を傾けるほどの情報を持っていた。

「気をつけなさい。彼は便利だが、信用しすぎると足をすくわれる」

 エルシアの忠告に、エリーゼはふっと息を吐いた。

「大丈夫。あの人の嘘と本音くらい、見抜ける自信あるから」

 その言葉は、自分に言い聞かせるようでもあった。

 “ヴェルト”――どこの国にも属さず、ただ情報を売り、生き延びることを選んだ男。
 彼は冷静で合理的だったが、同時に奇妙な情を感じさせる一面もあった。

(あのとき、わたしが父の密書を見破れずにいたら、たぶん、わたしはあのまま……)

 それは思い出すのもしゃくな過去だった。

 王妃候補のひとりが、エリーゼの婚約を引きずり下ろそうと裏工作をしていたとき。エリーゼがその陰謀に巻き込まれかけた際、“仮面の案内人”は奇妙なタイミングで接触してきた。

「その書類、印影が二重になっている。“彼”の書斎で本物を確かめてみるといい」

 冷淡にそう言い放った男の言葉は真実だった。彼のおかげで、王家の内部腐敗の一端を掴むことができたのだ。

 だが、見返りは何も求めなかった。

(いや、違う。求めなかった“ように見せかけていた”)

 ヴェルトの目的は、その後もずっと霧の中だった。金のためでも、権力のためでもない。ならば――何のために、あんな危険な綱渡りをしているのか。

「奴は、損得勘定で動かない」

 エリーゼは小さく呟くように言った。
 マスキュラ―が不思議そうに彼女を見た。

「どういう意味だ?」

「言葉通りだよ。利益のためなら、もっと安全で儲かる依頼だけ受けてるはず。でもあの人は……ときどき、“本当に不利な場所”に姿を見せる。誰にも気づかれないように、まるで――」

「何かの“意志”に従ってるみたい、ってこと?」

 そう口を挟んだのは、珍しく神妙な顔のアリスターだった。
 金色の前髪を指でかき上げながら、鏡のように整った顔に思案の色を浮かべていた。

「案外、ボクたちよりもずっと“何か大きなもの”を見ているのかもしれないな、あの人は」

「拙者……ちょっと怖くなってきたでござる」

 ダリルが自分のローブの袖を握りしめた。彼の目に、仮面の案内人の姿は影そのものだったのだろう。

「けどさ。そんなヤツが、今回は味方ってわけだ」

 マスキュラ―が豪快に笑って肩を叩いた。

「いいじゃねぇか。敵に回すと厄介な奴ほど、味方なら頼もしい。そういうもんだろ?」

「そうだね。少なくとも、ダンジョンで道に迷うことはない。――信用はできなくても、利用することはできる」

 エリーゼの声には、かすかに冷たさが混じっていた。それは少女のものではなく、幾多の戦場をくぐり抜けた剣士の声だった。

(わたしは知っている。あの人がただの案内人じゃないってことを)

 ヴェルトは仮面を被っている。それは彼の素顔を隠すためではない。おそらく彼は、自分自身の正体――そして目的――すら隠す必要があるほど、危うい立場にいるのだ。

 ギルドマスター・エルシアもまた、そのことを知っているのだろう。彼女の瞳は、何かを測りかねているような、遠くを見据える目。

「エルシア、ありがとう」

 エリーゼが言った。その言葉には、ギルドマスターとしての采配だけでなく、あの男を“ここで繋いでくれた”ことへの感謝も含まれていた。

「礼を言われる筋合いはないわ。勝手に選んだのはあたしよ」

 エルシアは、そう言って背もたれに身を預けた。

 光が窓の外に差し込んでいた。空は高く、雲は流れていく。

 その中に、仮面の男の影があるように、エリーゼには思えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。

向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。 幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。 最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです! 勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。 だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!? ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?

向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。 というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。 私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。 だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。 戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...