婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第64話 砦に潜む牙を断て

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 砦に潜む牙を断て
 

 夜明け前の空は、墨を溶かしたような灰色に染まっていた。スプレーマムの四人はクルトワ村の裏山に広がる廃砦へと向かっていた。かつては国境警備のために築かれたその砦も、今では石壁のあちこちが崩れ、ただの廃墟と化している。

 「この先、だな。足音を殺して行けよ。油断してると、返り討ちに遭う」

 マスキュラーが低く言う。その声音は、普段の軽口とはまるで違っていた。

 「了解~♪ エリーゼちゃん、頼りにしてるからね。敵の斥候くらいは見つけてみせて」

 アリスターが小声でささやき、エリーゼは小さく頷いた。

 「うん。行ってくるね」

 彼女は音もなく茂みに飛び込み、霧に紛れて姿を消す。転生者としての戦闘センスと、精霊によって強化された身体能力は、静かに動くことさえも可能にしていた。

 五分もしないうちに、彼女は戻ってきた。

 「見張りが二人。門の前と、崩れた東の塔に一人ずつ。中にも三、四人はいると思う」

 「……となると、東の塔から静かに制圧していくべきでござるな。門の奴らは陽動で……」

 ダリルが眼鏡を押し上げ、珍しく真剣な表情で言った。

 「じゃあ、ダリルとボクで正面から行く。爆裂系の魔法で騒ぎを起こすから、その隙にマスキュラーとエリーゼで中に潜入。どう?」

 「任せろ」

 マスキュラーがうなずく。エリーゼも拳を握った。

 「じゃ、派手に行こうか。——《火精霊よ、踊れ──フレイム・カーニバル!》」

 アリスターの詠唱と共に、門前の地面が爆ぜた。炎が夜空を照らし、砦の前哨が一斉に叫び声を上げる。

 その混乱を見計らい、エリーゼとマスキュラーは崩れた壁から砦内部へと滑り込んだ。暗い通路を音もなく進み、寝床に使われている広間の前で立ち止まる。

 「三人、寝てるな。先手を打つ」

 マスキュラーがそっと扉を押し開け、躊躇なく飛び込む。鈍く低い音が立て続けに響き、彼の拳と剣の柄が盗賊の意識を叩き落としていく。

 「残り、奥に二人!」

 エリーゼが駆け、足音もなく敵の背後に回り込む。一人が気づいて振り向くが、それよりも早く、金の右腕が拳を叩きつけた。

 「っ……なっ……!」

 残った男が短剣を抜きかけたその時、壁越しに響いたのは、祈りの声だった。

 「《聖光よ、我らの道を照らせ──サンクティス・レイ》!」

 ダリルの魔法が光の矢となって射抜く。男は悲鳴を上げ、腰を抜かして倒れ込んだ。

 「うおおおおっ!? 光ったあ!? し、死んでないよな……?」

 「拙者なりに頑張ったでござる……っ」

 ややへたり込みながらも、ダリルは敵の生存確認を行う。その背後で、アリスターは余裕の笑みで魔法の杖をくるりと回した。

 「さて、残りはリーダー格……奥の部屋だね。魔力の反応が強い」

 砦の最奥、かつての指揮官室を改造した部屋には、粗末な装飾と地図が広げられていた。その中央に、黒い鎧を纏った盗賊の頭領が待ち構えていた。

 「ほう……嬢ちゃんども、ずいぶんと手際がいいじゃねえか」

 鋭い目付きに傷だらけの顔。体格はマスキュラーに匹敵する。剣を抜く音が重く響いた。

 「さっさと降伏しなよ。怪我しないうちに」

 エリーゼが言うが、男は笑うだけだった。

 「俺にゃ関係ねえ。女がいりゃ金になる。お前も、連れて帰って売ってやるよ」

 その言葉に、エリーゼの笑顔が凍りついた。

 「……取り消して」

 「へ?」

 「わたしの仲間に、手を出すって言ったこと。今すぐ、取り消して!!」

 怒りと共に、エリーゼが踏み込んだ。男の剣が振るわれるが、それより速く彼女の左足が炸裂する。風を裂き、魔力が膝に集まり、飛ぶように放たれた回し蹴りが男の顎を跳ね上げた。

 その隙を逃さず、マスキュラーが突っ込む。剣と拳の連打。肉と鉄がぶつかる音が響き、最後には彼の拳が男の顔面に炸裂した。

 「……終わったか」

 倒れた男を確認し、マスキュラーは大きく息をついた。エリーゼは顔を上げ、仲間たちに向けて頷く。

 「娘たちは、奥の部屋にいた。全員無事よ。まだ震えてるけど……ひとまず、よかった」

 村に帰った後、スプレーマムの四人は英雄のように迎えられた。村長は何度も礼を述べ、老婆はエリーゼの手を取って泣き出した。

 「ありがとう……ありがとうよ、嬢ちゃん……」

 「うん。もう、誰にも怖い思いはさせないからね」

 エリーゼの瞳に宿る決意に、マスキュラーはそっと視線を落とす。

 ——お前が誰かを守る時、オレはいつだって、その隣にいたい。

 だが、それを口にすることはなかった。

 夜の帳が降りる頃、再び歩き出すスプレーマムの背中は、静かに希望を背負っていた。
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