婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第76話 ヴェルトの正体は、誰か?ずばり!

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夜の風が静かに木々を揺らす。五人の旅路は、弟の墓を訪れたあと、北の断崖にある旧修道院跡を目指して続いていた。

 夕暮れ前、小さな泉の近くに幕を張り、今夜の野営地とする。焚き火の火がともり、薪がぱちぱちと音を立てる。

「オレ、焚き火のセンスだけは一級品だぜ?」

 マスキュラ―が胸を張り、火の加減を見ながら薪を調整する。

「……拙者、料理は得意ではありませんが……野菜の皮むきくらいなら」

 ダリルは眼鏡を曇らせながら、地味に黙々と作業に没頭する。

「ボクの舌を信じて。塩加減の妙を極めし者がスープを制す!」

 アリスターは香辛料を振りながら、妙に楽しげだ。

 その隣で、エリーゼが笑顔で野菜を刻んでいた。

「ねえ、アリスター。この人参、星型に切ってみてもいい?」

「可愛いけど煮崩れるかも? ……いや、まあいっか、ボクも映えは大事だと思ってたし!」

 彼らのやりとりに加わることなく、ヴェルト――仮面の案内人は、少し離れた岩の上に腰掛けて、ただ黙って空を仰いでいた。

 風が、彼のマントを揺らす。

 その目は遠く、まるで過去に取り残されたかのようだった。

 

 やがて夕食ができ、五人は焚き火を囲んで温かい食事を取った。

「うまい……うますぎる……」

「やったー!」

 そんな些細な会話が、かえって旅の緊張を和らげていく。

 その夜は、交代で見張りを立てることになった。最初はマスキュラ―、次にアリスター、そして三番目の番が、ヴェルトだった。

 月が、森の木々の隙間からこぼれている。
 野営地では、仲間たちが交代で見張りにつき、静かな夜がゆっくりと過ぎていた。

 焚き火の炎が、柔らかく風に揺れている。
 その前で、ヴェルト――かつて“ガーラン”と呼ばれた男が、じっと座っていた。

 仮面をつけたまま、動かない。
 その背に、静かに近づく足音がある。

「……失礼、次の見張り、交代の時間です」

 声をかけたのは、青髪の神官、ダリル=ベルトレインだった。

 ヴェルトは仮面を傾け、静かに頷く。

「起きていよう。二人で見るのも悪くない」

 いつものように淡々とした声だった。
 ダリルも無理には断らず、ヴェルトの隣に腰を下ろした。
 ふたりの間には、焚き火の熱と炎の音だけが流れていた。

 しばしの沈黙。だが、ダリルはやがて言葉を選びながら口を開いた。

「……かつて、聖教国で暮らしていた頃、ある青年がいました。名を、ルディアスといいました」

 ヴェルトの指がわずかにぴくりと動いた。

「彼は、拙者に“魔族と心を通わせたことがある”と話してくれたのです」

 静かに語られる言葉。ダリルの声には熱も誇張もなかった。ただ、真実を確認したいという、ひたむきな誠実さがあった。

「その魔族の名は、ガーラン。ルディアスは、彼のことを“兄さん”と呼び、とても慕っていました。人間と魔族が、共に未来を築けると、本気で信じていた」

 焚き火の炎が一瞬、風にあおられて揺れた。

 ヴェルトは沈黙したままだった。仮面の奥の瞳がどこを見ているのか、ダリルにはわからなかった。

「……もし、あなたが――ガーランであるなら、拙者には、話してほしい。あの時、ルディアスは……本当に、あなたと未来を夢見ていたのですか?」

 それは問いというより、祈りのような声だった。

 やがて、ヴェルトの肩がゆっくりと動いた。

「……おまえの言う通りだ。オレが……かつて、ガーランと名乗っていた魔族だ」

 ダリルの胸が、大きく揺れた。

 だが彼は動じなかった。ただ、深く息を吸って問い直す。

「なぜ、その名を隠していたのですか?」

「……仮面の案内人として生きるためだ。名前も、種族も、感情すら、捨てる必要があった」

 ヴェルトは炎を見つめたまま続ける。

「ルディアスは、愚かで、まっすぐで……どうしようもないほど優しい人間だった。人と魔族が理解し合えるなど、今も昔も夢物語だ。だが彼はそれを信じていた」

 焚き火の木片が爆ぜる音が、夜の静寂に混じった。

「最初は、オレも笑っていた。人間が魔族と? そんなもの、裏切られて殺されるのがオチだと……。だがルディアスは違った。怖がらず、憎まず、ただ……まっすぐだった」

 ヴェルトはふと、仮面を押さえた。
 その奥に、誰にも見せたことのない苦悩の表情があるのかもしれない。

「教義に逆らったとして、彼は処刑された。魔族に心を許しただけで、焚刑に――」

 その声に、ダリルは小さく頷いた。

「拙者も、同じように聖女を“魔族の手先”と訴えたとされ、追放されました。無実です。彼女は、神を否定せず、人々を救おうとした……それだけなのに」

 二人の影が、炎に照らされ、地面に滲んでゆく。

 ヴェルトは初めて、ダリルの方をまっすぐに見た。仮面の奥、目と目が合う。

「……ルディアスが最後に口にした名前は、おまえの名だった。“ダリルは、わかってくれる”と……そう言って、笑っていたよ」

 ダリルの胸に、熱いものがせり上がった。
 抑えきれず、拳を握る。

「……どうして……どうして、そんな優しい人が……!」

「世界が、間違っているからだ。正しさを語る者ほど、殺される。それが“マケドニア”だ。だから、オレはその国を……その欺瞞を、いつか潰すと誓った」

 ヴェルトの声には、感情の炎が宿っていた。普段の彼からは想像もつかないほどの、激しい焔だ。

「そのために、仮面をつけた。感情を捨て、情報屋として生き、敵を欺き……そして、いずれ――」

 彼は言葉を切った。だが、ダリルにはもうわかっていた。

「いずれ、聖教国に裁きを……」

「ああ」

 静かな肯定だった。

 やがて、夜が深まり、焚き火が静かに燃え尽きようとしていた。

「……ありがとう、話してくれて」

 ダリルは立ち上がり、ヴェルトに向かって深く頭を下げた。

「拙者は、あなたを信じます。たとえ、魔族であっても。ルディアスが信じた人なら……拙者もまた、そうありたい」

 その言葉に、ヴェルトはふと目を細めた。

「……そうか。あいつの見立ては、やはり間違っていなかったようだな」

 その夜、ふたりはそれ以上、多くを語らなかった。
 だが確かに、仮面の裏に隠された心と、神官の信念とが、静かに通じ合った。

 焚き火の残り火が、ゆっくりと夜風に消えていった。

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