婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第80話 桃色の剣聖~アリスター視点~

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どうして、君はそんなふうに笑えるんだろう。

 まるでこの世界に絶望なんて存在しないかのように。胸の奥に悲しみを秘めているはずなのに、それを誰にも見せずに――いや、誰にも見せたくなくて、笑うんだろう。

 霧が深くなり始めた昼下がり。ぼくらはマケドニア聖教国の外郭、かつて礼拝堂があったという場所にたどり着いた。地図には廃墟と記されていたはずのその地には、なぜか新たに整地され、木造の建物が立ち並んでいた。

 そして、中央にある詰所と、巡回する見張りたち――すべてが、僕らの予想を裏切っていた。

 「……このままじゃ井戸には近づけない。見張りが多すぎる……」

 そう口にしたとき、僕は自分の声が思った以上に震えていたことに気づいた。王子だった頃は、何事にも動じない仮面を被っていた。だが今は、彼女の前ではその仮面が役に立たない。

 エリーゼ=アルセリア。転生者であり、異世界から来た剣聖。仲間思いで、まっすぐで、強い。

 「わたしが行くわ。派手に走り抜けて気を引く。その間に、みんなは井戸へ」

 その言葉が出た瞬間、僕の中で何かが爆ぜた。

 「待て、エリーゼ。それは危険すぎる!」

 自分でも驚くほど、声が荒れていた。普段は「ボク」と呼ぶことにすら誇りを持つ僕が、今やただの一人の男として、必死に彼女を止めようとしていた。

 だが、彼女は微笑む。

 「わたしが一番速い。それに、精霊の加護もある。金龍の右腕とフェンリルの左足は伊達じゃないわ。大丈夫、すぐ戻る」

 彼女はそう言って笑った。何も恐れていないように。けれど、僕は知っている。あの笑顔の奥に、どれほどの決意と痛みがあるのか。

 君は、なぜそんなに強くあろうとするんだ。

 王子だった僕は、守られる立場だった。だが、君は守る側に立とうとする。いつだって先陣を切り、誰よりも前に立って走り出す。その背中を、僕はずっと追っていた。

 (怖いんだよ、エリーゼ。君がいなくなることが)

 だけど、その思いを口にすることはできなかった。

 それは臆病だったから? 卑怯だったから?

 いや、違う。きっと、それを言ってしまえば、彼女の選んだ強さを否定することになる。彼女が彼女であるために、僕はそれを黙って見ていなければならなかった。

 「……頼む。絶対に、無事で戻ってこい」

 そう告げたのはマスキュラーだった。拳を強く握りしめながら、彼は必死に堪えていた。僕には言えなかったその言葉を、彼が代わりに言ってくれた気がした。

 「ええ、任せて」

 そう言って、エリーゼは走り出す。

 霧の中を、桃色の髪が風を裂いていく。軽やかに、そして力強く。まるで、それが彼女の使命であるかのように――

 僕は目を閉じた。

 何もできない自分が、悔しかった。

 彼女を止められなかったことも、守れなかったことも。

 (僕は、何をしているんだ?)

 王子の名を捨て、魔法使いとして冒険者になって、スプレーマムの一員としてここまで来た。誰よりも自由でいるつもりだった。だけど、気づけば僕は、君の背中ばかり見つめていた。

 ――その背中に、追いつきたかった。

 ――その笑顔を、僕だけに向けてほしかった。

 なのに、どうして君はいつも、そうしてみんなのために走ってしまうんだ。

 仲間思いなところが、好きだ。

 どこまでもまっすぐなところが、好きだ。

 だけどその強さが、時に僕を置いていってしまう。

 きっと、君にとって僕は特別な存在じゃない。仲間、信頼する相棒、もしかしたら兄のような存在かもしれない。

 それでも、構わない。たとえ隣に立てなくても、せめて君の笑顔を守る力になりたい。たとえ君の未来に、僕の名が刻まれなくても。

 (僕は、君が笑っていてくれさえすれば、それでいい)

 地図を見つめる。彼女が引きつけてくれた敵の目をすり抜けて、僕らは井戸へと向かわなければならない。

 その先に、失われた真実がある。

 そして、彼女が命を賭して繋いだ希望がある。

 「行こう」

 僕はマスキュラーとダリルにそう告げ、背中を押した。エリーゼが戻る場所を、僕たちが守らなければならない。

 僕にできることは、それだけだ。

 それだけだけど、それを絶対にやり遂げる。だって、それが彼女が選んだ道だから。

 そして、彼女が帰ってきたとき――今度こそ、この気持ちを伝えられたなら。

 そのとき、彼女はどんな顔をするだろうか。

 いや、今はまだいい。今はただ、彼女が無事に戻ってくることを祈ろう。

 もう一度、あの笑顔が見たい。それだけが、僕の願いだ。


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