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第81話 エリーゼ、神殿へ殴り込む
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霧が立ち込める東の森――薄明の帳が降り始める中、そこはまるで過去の亡霊が眠る地のようだった。
風が木々をざわめかせる。枝葉の間を抜ける冷気に、肌が粟立つ。どこかで遠く、フクロウが一声だけ鳴いた。
そこに、四つの影が身を潜めていた。木の根に背を預けるマスキュラー、しゃがみ込み地図を覗くアリスター、祈るように瞳を伏せるダリル、そして――ひときわ凛とした佇まいで立ち上がった少女、エリーゼ=アルセリア。
「ここから先は、私が引き受けるわ」
その言葉に、空気が凍りついた。
マスキュラーが顔を上げる。彼の黒い瞳が、エリーゼの桃色の髪と、それをなびかせる風を見つめていた。
「……おまえ、本気で言ってるのか」
「ええ。わたしが囮になる。ここで迷ってる時間はない。あの詰所の目を引きつけてる間に、みんなで井戸まで行って。ここが突破口よ」
アリスターが立ち上がる。金の髪が揺れ、その瞳が鋭く細められる。
「確かに時間はない……けど、それでもエリーゼ、君がひとりで突っ込むなんて!」
その声は、普段の軽やかさを失っていた。どこか焦りと怒りが混ざった音――それが、マスキュラーの心に刺さる。
「平気よ」
エリーゼは微笑んだ。その笑みはまっすぐで、どこまでも前向きだった。
「わたしには精霊の加護がある。金龍の右腕も、フェンリルの左足も――このためにあるって思えるの。わたしが走る、それだけでみんなを守れるなら、それが一番いい」
「でも、それでも……!」
アリスターがもう一歩踏み出しかけたとき、それを止めたのはマスキュラーだった。分厚い手が、アリスターの肩をぐっと押さえる。
「やらせてやれよ」
「マスキュラー……?」
「無茶だってのは分かってる。けど、エリーゼが今、命懸けで言ってんだ。止めたらあいつの信念ごと、ぶっ壊すことになる」
その言葉を絞り出すまでに、どれほどの葛藤があっただろう。
エリーゼを行かせたくない。
だが、それ以上に、彼女の覚悟を踏みにじりたくなかった。
――だから、マスキュラーはただ一言、彼女に言った。
「……頼む。絶対、無事で戻ってこい」
エリーゼはこくりと頷いた。その瞬間、何かが確かに結ばれたように感じた。
そして彼女は、風のように走り出した。
足元の土を蹴り、低く構えて林の間を抜ける。桃色の髪が宙に翻り、日差しを斜めに裂いていく。
「敵影、南から! 一人だ! 捕らえろ!」
詰所から怒声が上がる。次々に駆け出す信者兵たち。その視線と追跡のすべてを、エリーゼは引き受けた。
(いいわ、そのまま来て……もっと派手に……!)
目の前の地面を蹴るたびに、精霊の力が身体を駆け巡る。右腕には金龍の力が宿り、重力を無視するような推進力を生み出す。左足にはフェンリルの俊敏さが宿り、風のように敵の間をすり抜ける。
「止まれ! 魔族か!? 撃て、撃てぇっ!」
矢が放たれる。罵声が飛ぶ。だがその全てを、エリーゼは紙一重で回避しながら突き進む。
(わたしは平気。これくらい――)
それでも、胸の奥で疼く痛みがあった。
怖い――そう思うことがある。振り返ったら、もう戻れないのではないかという恐怖が、喉元に張りついていた。
(でも、わたしは前を向くって、決めたから)
誰かのために剣を振るう。それが、転生者としての生き方ならば、迷いはなかった。
仲間を信じる。マスキュラーの言葉を胸に――彼の瞳に映った自分の姿を裏切らないために。
その時、不意に視界が開けた。
道の先、木々の影から一人の見張りが現れた。鋭い眼光がエリーゼを捕らえ、懐から短剣を抜く。
(速い――!)
だが、エリーゼは止まらない。
「――通さないでっ!」
金龍の加護が炸裂した。右腕を振るい、純粋な魔力の衝撃波が飛ぶ。見張りの男は吹き飛び、呻き声を残して地面に沈んだ。
だが、次の瞬間――
「くっ……!」
森の陰からさらに三人が現れ、取り囲むように距離を詰めてくる。
エリーゼは一瞬、立ち止まった。
息が白く曇る。背筋に、冷たいものが這い上がった。
――けれど、その時。
《……エリーゼ、聞こえるか?》
耳の奥に、アリスターの声が届いた。魔道具による念話だった。
《こっちは抜けた。井戸まで行ける! ありがとう、エリーゼ!》
(……よかった)
その一言で、全てが報われたような気がした。
「さて……ここからは、わたしの仕事よ」
エリーゼは剣を抜いた。その切っ先は、揺るがぬ意志を映すように真っ直ぐだった。
霧の森に、またひとつ風が吹いた。
風が木々をざわめかせる。枝葉の間を抜ける冷気に、肌が粟立つ。どこかで遠く、フクロウが一声だけ鳴いた。
そこに、四つの影が身を潜めていた。木の根に背を預けるマスキュラー、しゃがみ込み地図を覗くアリスター、祈るように瞳を伏せるダリル、そして――ひときわ凛とした佇まいで立ち上がった少女、エリーゼ=アルセリア。
「ここから先は、私が引き受けるわ」
その言葉に、空気が凍りついた。
マスキュラーが顔を上げる。彼の黒い瞳が、エリーゼの桃色の髪と、それをなびかせる風を見つめていた。
「……おまえ、本気で言ってるのか」
「ええ。わたしが囮になる。ここで迷ってる時間はない。あの詰所の目を引きつけてる間に、みんなで井戸まで行って。ここが突破口よ」
アリスターが立ち上がる。金の髪が揺れ、その瞳が鋭く細められる。
「確かに時間はない……けど、それでもエリーゼ、君がひとりで突っ込むなんて!」
その声は、普段の軽やかさを失っていた。どこか焦りと怒りが混ざった音――それが、マスキュラーの心に刺さる。
「平気よ」
エリーゼは微笑んだ。その笑みはまっすぐで、どこまでも前向きだった。
「わたしには精霊の加護がある。金龍の右腕も、フェンリルの左足も――このためにあるって思えるの。わたしが走る、それだけでみんなを守れるなら、それが一番いい」
「でも、それでも……!」
アリスターがもう一歩踏み出しかけたとき、それを止めたのはマスキュラーだった。分厚い手が、アリスターの肩をぐっと押さえる。
「やらせてやれよ」
「マスキュラー……?」
「無茶だってのは分かってる。けど、エリーゼが今、命懸けで言ってんだ。止めたらあいつの信念ごと、ぶっ壊すことになる」
その言葉を絞り出すまでに、どれほどの葛藤があっただろう。
エリーゼを行かせたくない。
だが、それ以上に、彼女の覚悟を踏みにじりたくなかった。
――だから、マスキュラーはただ一言、彼女に言った。
「……頼む。絶対、無事で戻ってこい」
エリーゼはこくりと頷いた。その瞬間、何かが確かに結ばれたように感じた。
そして彼女は、風のように走り出した。
足元の土を蹴り、低く構えて林の間を抜ける。桃色の髪が宙に翻り、日差しを斜めに裂いていく。
「敵影、南から! 一人だ! 捕らえろ!」
詰所から怒声が上がる。次々に駆け出す信者兵たち。その視線と追跡のすべてを、エリーゼは引き受けた。
(いいわ、そのまま来て……もっと派手に……!)
目の前の地面を蹴るたびに、精霊の力が身体を駆け巡る。右腕には金龍の力が宿り、重力を無視するような推進力を生み出す。左足にはフェンリルの俊敏さが宿り、風のように敵の間をすり抜ける。
「止まれ! 魔族か!? 撃て、撃てぇっ!」
矢が放たれる。罵声が飛ぶ。だがその全てを、エリーゼは紙一重で回避しながら突き進む。
(わたしは平気。これくらい――)
それでも、胸の奥で疼く痛みがあった。
怖い――そう思うことがある。振り返ったら、もう戻れないのではないかという恐怖が、喉元に張りついていた。
(でも、わたしは前を向くって、決めたから)
誰かのために剣を振るう。それが、転生者としての生き方ならば、迷いはなかった。
仲間を信じる。マスキュラーの言葉を胸に――彼の瞳に映った自分の姿を裏切らないために。
その時、不意に視界が開けた。
道の先、木々の影から一人の見張りが現れた。鋭い眼光がエリーゼを捕らえ、懐から短剣を抜く。
(速い――!)
だが、エリーゼは止まらない。
「――通さないでっ!」
金龍の加護が炸裂した。右腕を振るい、純粋な魔力の衝撃波が飛ぶ。見張りの男は吹き飛び、呻き声を残して地面に沈んだ。
だが、次の瞬間――
「くっ……!」
森の陰からさらに三人が現れ、取り囲むように距離を詰めてくる。
エリーゼは一瞬、立ち止まった。
息が白く曇る。背筋に、冷たいものが這い上がった。
――けれど、その時。
《……エリーゼ、聞こえるか?》
耳の奥に、アリスターの声が届いた。魔道具による念話だった。
《こっちは抜けた。井戸まで行ける! ありがとう、エリーゼ!》
(……よかった)
その一言で、全てが報われたような気がした。
「さて……ここからは、わたしの仕事よ」
エリーゼは剣を抜いた。その切っ先は、揺るがぬ意志を映すように真っ直ぐだった。
霧の森に、またひとつ風が吹いた。
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