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第84話 仮面の神官、リュシアン
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仮面の神官、リュシアン
聖教国マケドニアの中心、神の名のもとに築かれた最深部「至聖省」。
そこは一般の信徒は決して立ち入ることのできない、“神域”と呼ばれる場所だった。白亜の回廊が幾重にも重なり、壁には淡く青白い光を放つ魔導結晶が埋め込まれている。僧たちは一言も発さず、祈りを捧げるように膝をついていた。
その奥、かつて聖女クラリスが火刑に処された――『審問の庭』。
石畳の上を、五人の影が静かに歩を進めていく。先頭を行くのは、仮面をつけた男――“案内人”ヴェルト。
「……ついに、ここまで来たか」
ヴェルトが足を止めた。彼の仮面越しの視線が、巨大な神殿の双扉を見据える。
と、その扉が、音もなくゆっくりと開いた。
「歓迎しよう。かつて神を疑い、異端とされた者たちよ」
甘く響く声。その声は柔らかいが、同時に氷のような冷たさと威圧を含んでいた。
現れたのは、蒼銀の法衣を纏った一人の神官――いや、その姿は神官以上の何かをまとっていた。
銀髪が頬にかかる中性的な容貌。琥珀色の瞳は不思議な光を宿し、見る者の心を縛るような威力を持っていた。
「……貴様が、リュシアン=ファーグレイヴか」
ヴェルトが、声を押し殺して問いかける。
「いかにも。我が名はリュシアン。神の声を代弁し、秩序を維持する者。かつて“火刑の浄化者”とも呼ばれた」
「神の声……? 笑わせるな!」
マスキュラーが腰の剣に手をかけ、踏み出そうとする。しかし――
「マスキュラー、待って!」
エリーゼが彼の前に立ちはだかる。彼女の目は、リュシアンを冷静に見据えていた。
「ここはまだ……話を引き出す場。無駄に動いては罠に嵌る」
「フフ……賢明だ、剣聖。君はやはり、私の観察通りだ」
リュシアンは数歩、彼らに向かって近づいた。神殿の陰が彼の背後を覆い、そのたびに魔力が地を這うように波打つ。
「貴様が……俺の弟を処刑した神官か?」
ヴェルトが仮面越しに睨みつけた。声に、抑えきれぬ怒気が滲む。
「“ルディアス・ザハール”。確かに私が処刑を命じた。神に背き、魔族と結託し、虚偽の神託を語った罪でな」
「……記録はすべて捏造だった。証人も筆跡も、全部、貴様が改竄した!」
「事実など問題ではない。神が求めるのは、秩序だ。混沌を拒み、定常を保つための犠牲。それが――“神の意志”だよ」
その言葉に、空気が凍りついた。
「混沌……?」
エリーゼの背中に冷たいものが走る。
「君のような存在こそが、そうだ。異なる世界から来た知識。未来を知る者。“筋書き”を乱す者。……エリーゼ=アルセリア。君は神にとって、“異物”だ」
「……っ!」
エリーゼの目が見開かれた。
「ボクたちのことを……知っていたってわけか」
アリスターの笑みが引きつる。
「リュシアン。貴様、何者だ」
「私は神ではない。だが、“神という物語”を紡ぐ者。人々が信じれば、それは力を持つ。神とは――信仰の積層体に過ぎない」
そう語るリュシアンの目は、理性と狂気の間に揺れていた。
「貴様ぁっ!」
怒声とともに、マスキュラーが斬りかかる。だが――
「無駄だ」
リュシアンの指先が光を放ち、放たれた魔光がマスキュラーの剣を弾き返す。火花が散り、石畳に焼け焦げが走る。
「……効かない?」
「その結界、普通の魔法防御じゃない。何層もの魔術結界が複合されてる……!」
アリスターが地面に指を走らせ、魔法陣の構造を瞬時に読み取る。
「破れないのか?」
「簡単には、ね……!」
リュシアンは手を掲げた。
「ここは“審問の檻”。貴様らを逃がすつもりはない」
その言葉とともに、辺りに人影が現れた。聖堂騎士、異端審問官、魔導詠唱師――すでに、周囲は完全に包囲されていた。
「拙者たち、ここまでのようで……は、ありません!」
その中、ダリルが前に出た。震える声、それでも芯の通った決意。
「リュシアン! 拙者は、そなたの言葉を信じ、聖女を告発した。クラリス様は焼かれ、拙者は全てを失った……!」
「哀れだな、ダリル=ベルトレイン。君のように純粋な者こそ、罪を被らせるには都合が良い」
その瞬間、ダリルの怒りが爆発した。
「黙れぇぇぇっ!!」
祈りの杖が天を指し、白き光が溢れ出す。
「これが……拙者の祈りだッ! 信じる心は、人を救うためにある!」
「封印術式・解放式――“浄化の環・ゼキエル”!!」
巨大な魔法陣が天を走り、神殿の天井に轟音と共に大穴を穿つ。光が差し込む。
「脱出口、確保!」
アリスターが叫ぶ。
「今は、勝てない。でも、次は――!」
エリーゼが叫び、マスキュラーが彼女をかばうように動く。五人は瓦礫を駆け抜け、崩壊する審問庭を飛び出した。
その背後で、リュシアンは静かに笑っていた。
「逃げるがいい……だが、やがて君たちは知ることになる。“この世界の神”とは何なのかを」
その目には、信仰ではない、“確信”が宿っていた。
――それが、どれほど偽りであったとしても。
聖教国マケドニアの中心、神の名のもとに築かれた最深部「至聖省」。
そこは一般の信徒は決して立ち入ることのできない、“神域”と呼ばれる場所だった。白亜の回廊が幾重にも重なり、壁には淡く青白い光を放つ魔導結晶が埋め込まれている。僧たちは一言も発さず、祈りを捧げるように膝をついていた。
その奥、かつて聖女クラリスが火刑に処された――『審問の庭』。
石畳の上を、五人の影が静かに歩を進めていく。先頭を行くのは、仮面をつけた男――“案内人”ヴェルト。
「……ついに、ここまで来たか」
ヴェルトが足を止めた。彼の仮面越しの視線が、巨大な神殿の双扉を見据える。
と、その扉が、音もなくゆっくりと開いた。
「歓迎しよう。かつて神を疑い、異端とされた者たちよ」
甘く響く声。その声は柔らかいが、同時に氷のような冷たさと威圧を含んでいた。
現れたのは、蒼銀の法衣を纏った一人の神官――いや、その姿は神官以上の何かをまとっていた。
銀髪が頬にかかる中性的な容貌。琥珀色の瞳は不思議な光を宿し、見る者の心を縛るような威力を持っていた。
「……貴様が、リュシアン=ファーグレイヴか」
ヴェルトが、声を押し殺して問いかける。
「いかにも。我が名はリュシアン。神の声を代弁し、秩序を維持する者。かつて“火刑の浄化者”とも呼ばれた」
「神の声……? 笑わせるな!」
マスキュラーが腰の剣に手をかけ、踏み出そうとする。しかし――
「マスキュラー、待って!」
エリーゼが彼の前に立ちはだかる。彼女の目は、リュシアンを冷静に見据えていた。
「ここはまだ……話を引き出す場。無駄に動いては罠に嵌る」
「フフ……賢明だ、剣聖。君はやはり、私の観察通りだ」
リュシアンは数歩、彼らに向かって近づいた。神殿の陰が彼の背後を覆い、そのたびに魔力が地を這うように波打つ。
「貴様が……俺の弟を処刑した神官か?」
ヴェルトが仮面越しに睨みつけた。声に、抑えきれぬ怒気が滲む。
「“ルディアス・ザハール”。確かに私が処刑を命じた。神に背き、魔族と結託し、虚偽の神託を語った罪でな」
「……記録はすべて捏造だった。証人も筆跡も、全部、貴様が改竄した!」
「事実など問題ではない。神が求めるのは、秩序だ。混沌を拒み、定常を保つための犠牲。それが――“神の意志”だよ」
その言葉に、空気が凍りついた。
「混沌……?」
エリーゼの背中に冷たいものが走る。
「君のような存在こそが、そうだ。異なる世界から来た知識。未来を知る者。“筋書き”を乱す者。……エリーゼ=アルセリア。君は神にとって、“異物”だ」
「……っ!」
エリーゼの目が見開かれた。
「ボクたちのことを……知っていたってわけか」
アリスターの笑みが引きつる。
「リュシアン。貴様、何者だ」
「私は神ではない。だが、“神という物語”を紡ぐ者。人々が信じれば、それは力を持つ。神とは――信仰の積層体に過ぎない」
そう語るリュシアンの目は、理性と狂気の間に揺れていた。
「貴様ぁっ!」
怒声とともに、マスキュラーが斬りかかる。だが――
「無駄だ」
リュシアンの指先が光を放ち、放たれた魔光がマスキュラーの剣を弾き返す。火花が散り、石畳に焼け焦げが走る。
「……効かない?」
「その結界、普通の魔法防御じゃない。何層もの魔術結界が複合されてる……!」
アリスターが地面に指を走らせ、魔法陣の構造を瞬時に読み取る。
「破れないのか?」
「簡単には、ね……!」
リュシアンは手を掲げた。
「ここは“審問の檻”。貴様らを逃がすつもりはない」
その言葉とともに、辺りに人影が現れた。聖堂騎士、異端審問官、魔導詠唱師――すでに、周囲は完全に包囲されていた。
「拙者たち、ここまでのようで……は、ありません!」
その中、ダリルが前に出た。震える声、それでも芯の通った決意。
「リュシアン! 拙者は、そなたの言葉を信じ、聖女を告発した。クラリス様は焼かれ、拙者は全てを失った……!」
「哀れだな、ダリル=ベルトレイン。君のように純粋な者こそ、罪を被らせるには都合が良い」
その瞬間、ダリルの怒りが爆発した。
「黙れぇぇぇっ!!」
祈りの杖が天を指し、白き光が溢れ出す。
「これが……拙者の祈りだッ! 信じる心は、人を救うためにある!」
「封印術式・解放式――“浄化の環・ゼキエル”!!」
巨大な魔法陣が天を走り、神殿の天井に轟音と共に大穴を穿つ。光が差し込む。
「脱出口、確保!」
アリスターが叫ぶ。
「今は、勝てない。でも、次は――!」
エリーゼが叫び、マスキュラーが彼女をかばうように動く。五人は瓦礫を駆け抜け、崩壊する審問庭を飛び出した。
その背後で、リュシアンは静かに笑っていた。
「逃げるがいい……だが、やがて君たちは知ることになる。“この世界の神”とは何なのかを」
その目には、信仰ではない、“確信”が宿っていた。
――それが、どれほど偽りであったとしても。
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