婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第95話 マスキュラー、せつない恋の終わり

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【夕焼けの報せ】―マスキュラー視点・宿にて

 ***

 宿の扉を開けると、温かなランプの灯りと、ダリルのやかましい小言が出迎えてきた。

「ややっ! お二人とも遅かったではないか! 夕食が冷めてしまう寸前で……あっ、いや、その……心配していた、のですぞ?」

 テーブルに並ぶ料理はどれもまだ湯気を立てていて、エリーゼとアリスターの帰りを待っていたのが一目でわかった。俺は無言で椅子に腰を下ろすと、出されたパンをちぎりながら二人の様子を見た。

 エリーゼは顔を赤くしてる。アリスターは、あの調子でしれっと笑ってる。妙に距離が近くて、なんとなく――察した。

 いや、もう察するまでもなかった。

「ねえ、ちょっと聞いてほしいことがあるの」

 エリーゼが椅子に座るなり、真剣な顔で言った。俺もダリルも、手を止めて耳を傾ける。

「わたし、アリスターと――婚約したの。今日、正式に」

 一拍の沈黙のあと、ダリルが箸をぽとりと落とした。

「なななな、なんと……! けっ、けっ、けっこん!? いや、婚約!? あのお二人が!? いや、まあ、拙者も薄々とは……!」

「うん。突然かもしれないけど、ちゃんと考えて決めたの。だから、これからも変わらず、よろしくね」

 エリーゼの言葉に、ダリルはしどろもどろの祝福を口にした。アリスターは何も言わず、照れ隠しのように笑っていた。

 俺は、口を開けなかった。

 祝福の言葉も、茶化しの一つも、喉まで出かけて――やめた。

 だって、今、あいつは世界でいちばん綺麗な顔してた。

 隣の男を見つめるその目が、今まで俺が見たどのエリーゼよりも優しくて、柔らかくて、幸せそうで――。

(ああ……そうか)

 やっぱり、叶わなかったんだな。

 俺は気づいてた。気づかないふりをしてただけだ。

 惚れてたんだ。あの桃色の髪の剣聖に。誰より強くて、誰より前を向く、太陽みたいな女に。

 でも、そばにいるうちに、わかっちまった。

 あいつの隣に似合うのは、俺じゃない。

 エリーゼが迷ったとき、ふざけたようで真面目に支える男。
 誰より自分を信じて、誰より仲間を守るって言える、金髪のナルシスト。

 ――アリスター・セリオン。

 くそ、分かりやすいくらい絵になるじゃねえか。

「マスキュラー……?」

 エリーゼが、俺を見ていた。気づいたんだろう。俺が何も言わないことに。

「お前が選んだなら、そいつが正解なんだろうよ」

 それだけ言って、パンを口に放り込む。

「マスキュラー……ありがとう」

 その声が優しかったから、余計に痛かった。

「エリーゼ」

「なに?」

「幸せになれよ。……絶対にな」

 振り絞ったそれだけの言葉で、俺の恋は終わった。

 ***

 夜が更け、仲間たちは部屋に戻った。ひとり残った俺は、空になったコップを眺めていた。酒も飲んでないのに、胸が焼けるようだった。

 惚れた女が、笑ってる。そばにいるのは、自分じゃない。

 ……それで、いいんだ。

 それでいいって、何度でも言い聞かせる。

 あいつが幸せなら、それでいいって。

 誰にも言わない。この想いは、俺だけのもんだ。誰にも見せねえ。

 だって俺は――そういう役回りだ。

 報われなくてもいい。選ばれなくてもいい。

 だけど、俺の中では、ずっと惚れてたんだ。あの笑顔に、あの背中に。

 「幸せになれよ」って言えた自分を、少しだけ誇ってやる。

 そして明日も、何食わぬ顔で隣に立つ。

 きっと、そういう“仲間”でいられるなら、俺は――

 それで、充分だ。
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