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第116話 魔導軍師リデル・グレゴール 処刑されたんじゃ
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「リデル・グレゴール……かつて父に仕え、王国を支えた魔導軍師。知略の人と呼ばれながら、謀反の罪で処刑されたはずの男」
アリスターの声は低く、風に紛れて消えそうだった。水車小屋の軒先。涼やかな夜風が草を揺らし、虫の音が微かに響く。
エリーゼはそっとその横顔を見た。
「その人が、あの“紅の仮面”……?」
「ああ、間違いない。口調も、魔力の質も、あの瞳の色も――ボクを育てる中で、何度も目にしてきた。それは、リデルそのものだった」
アリスターの拳が、膝の上で小さく震えていた。
「でも……処刑されたんじゃ」
「“処刑された”ことになっていた、んだ。死体は見つからなかった。もしかしたら、いや……きっと何かと取引をしたんだ。王家を見限り、何か……魔族と、あるいは“契約”を」
エリーゼは唇を引き結んだ。言葉が出てこない。ただ、風が水面をかすかに揺らし、夜の静寂が二人の間に流れる。
「……アリスター」
「うん?」
「わたし、あの時、少しだけ怖かった」
「……」
「魔族を見たのも、“悪意”ってやつをあんなに感じたのも初めてだった。でも、不思議と足は止まらなかった。アリスターがいたから。マスキュラーも、ダリルも。みんなが、信じてくれてるって、思えたから」
アリスターは少しだけ目を細めた。その横顔は、どこか幼さを残した無防備な少年のようだった。
「エリーゼ……君って、強いね」
「え?」
「信じるって、すごく難しいことなんだよ。ボクは……まだ少し怖い。誰かを信じるのも、裏切られるのも」
エリーゼはやさしく笑んだ。
「大丈夫。わたしは裏切らないよ」
その言葉に、アリスターの頬がゆるみ、ふっと笑みがこぼれた。
「なら……信じてみようかな。少しずつでも」
そのとき、水車小屋の扉がきしみ音を立てて開いた。月光に照らされた大きな影――マスキュラーが現れた。
「よォ。夜風、気持ちいいな」
「どうしたの? 眠れないの?」
エリーゼの問いに、マスキュラーは肩をすくめてみせる。
「明日の作戦のこと、考えてたら目が冴えちまってな。あの仮面野郎、何してくるか分からねぇし」
「奴は“選民”という言葉を使った。思想的な支柱か、儀式の一環か……自分たちを特別視している。魔族と契約し、古代魔術を扱う連中だ」
「……つまり、ぶっ飛んでるってわけだな」
「ええ。しかも“王”として出直すとまで言っていた」
「……傲慢だな」
エリーゼが低く吐き捨てた。
と、その背後からふらりと現れた影。手に湯気立つカップを抱えたダリルだった。
「眠れぬ夜に、温かいカモミールでも……と気取ってみたでござるが、皆も起きていたとは」
「お、気が利くじゃねえか。飲むか、アリスター?」
マスキュラーがダリルからカップを受け取り、仲間たちにも手渡す。温かな湯気が、張り詰めた空気を少し和らげた。
「……あの仮面の言葉、正直、胸に刺さったでござる」
ぽつりと、ダリルが呟いた。
「“力なき者が平穏を語るな”と。あれは……拙者が教会で言われた言葉と同じ。“お前の正義は、ただの思い上がりだ”と」
マスキュラーが、ダリルの肩をぽんと叩く。
「誰だよ、そんなこと言ったのは。ぶん殴ってやろうか」
「ふふ……ありがたいが、過ぎたこと。しかし、拙者はもう逃げないでござる。アリスター殿のように、エリーゼ殿のように、己の信じる道を――歩みたい」
その言葉に、エリーゼは穏やかに頷いた。
「明日の夜、いよいよ妹に会いに行くのよね」
「……楽しみなような、少し怖いような。あの子が今、どんな想いでいるのか、ちゃんと向き合えるか自信ないけど」
アリスターはそう言って笑った。その笑みには、僅かな戸惑いと、それでも進もうとする決意があった。
夜が更けていく。言葉は減り、代わりに月が四人を照らした。湯気立つカップを手に、それぞれが思いを胸に抱く。
“次は勝つ”
“誰も犠牲にしない”
“信じた力で運命を覆す”
その想いは、静かに、水面に落ちる月影のように彼らの胸を照らしていた。
しかしその夜――
誰も気づかぬ小屋の外壁。ひとつの影が、闇に紛れて静かに張りついていた。
“紅の仮面”――否、グレゴールの配下。その男はわずかに口元を動かす。
「……あの女。右腕に金龍、左足にフェンリルの加護……計画に必要な“器”としては、申し分ない」
そう呟くと、気配すら消すように姿を消す。
知らぬ間に、エリーゼの運命は、再び、静かに狂い始めていた。
アリスターの声は低く、風に紛れて消えそうだった。水車小屋の軒先。涼やかな夜風が草を揺らし、虫の音が微かに響く。
エリーゼはそっとその横顔を見た。
「その人が、あの“紅の仮面”……?」
「ああ、間違いない。口調も、魔力の質も、あの瞳の色も――ボクを育てる中で、何度も目にしてきた。それは、リデルそのものだった」
アリスターの拳が、膝の上で小さく震えていた。
「でも……処刑されたんじゃ」
「“処刑された”ことになっていた、んだ。死体は見つからなかった。もしかしたら、いや……きっと何かと取引をしたんだ。王家を見限り、何か……魔族と、あるいは“契約”を」
エリーゼは唇を引き結んだ。言葉が出てこない。ただ、風が水面をかすかに揺らし、夜の静寂が二人の間に流れる。
「……アリスター」
「うん?」
「わたし、あの時、少しだけ怖かった」
「……」
「魔族を見たのも、“悪意”ってやつをあんなに感じたのも初めてだった。でも、不思議と足は止まらなかった。アリスターがいたから。マスキュラーも、ダリルも。みんなが、信じてくれてるって、思えたから」
アリスターは少しだけ目を細めた。その横顔は、どこか幼さを残した無防備な少年のようだった。
「エリーゼ……君って、強いね」
「え?」
「信じるって、すごく難しいことなんだよ。ボクは……まだ少し怖い。誰かを信じるのも、裏切られるのも」
エリーゼはやさしく笑んだ。
「大丈夫。わたしは裏切らないよ」
その言葉に、アリスターの頬がゆるみ、ふっと笑みがこぼれた。
「なら……信じてみようかな。少しずつでも」
そのとき、水車小屋の扉がきしみ音を立てて開いた。月光に照らされた大きな影――マスキュラーが現れた。
「よォ。夜風、気持ちいいな」
「どうしたの? 眠れないの?」
エリーゼの問いに、マスキュラーは肩をすくめてみせる。
「明日の作戦のこと、考えてたら目が冴えちまってな。あの仮面野郎、何してくるか分からねぇし」
「奴は“選民”という言葉を使った。思想的な支柱か、儀式の一環か……自分たちを特別視している。魔族と契約し、古代魔術を扱う連中だ」
「……つまり、ぶっ飛んでるってわけだな」
「ええ。しかも“王”として出直すとまで言っていた」
「……傲慢だな」
エリーゼが低く吐き捨てた。
と、その背後からふらりと現れた影。手に湯気立つカップを抱えたダリルだった。
「眠れぬ夜に、温かいカモミールでも……と気取ってみたでござるが、皆も起きていたとは」
「お、気が利くじゃねえか。飲むか、アリスター?」
マスキュラーがダリルからカップを受け取り、仲間たちにも手渡す。温かな湯気が、張り詰めた空気を少し和らげた。
「……あの仮面の言葉、正直、胸に刺さったでござる」
ぽつりと、ダリルが呟いた。
「“力なき者が平穏を語るな”と。あれは……拙者が教会で言われた言葉と同じ。“お前の正義は、ただの思い上がりだ”と」
マスキュラーが、ダリルの肩をぽんと叩く。
「誰だよ、そんなこと言ったのは。ぶん殴ってやろうか」
「ふふ……ありがたいが、過ぎたこと。しかし、拙者はもう逃げないでござる。アリスター殿のように、エリーゼ殿のように、己の信じる道を――歩みたい」
その言葉に、エリーゼは穏やかに頷いた。
「明日の夜、いよいよ妹に会いに行くのよね」
「……楽しみなような、少し怖いような。あの子が今、どんな想いでいるのか、ちゃんと向き合えるか自信ないけど」
アリスターはそう言って笑った。その笑みには、僅かな戸惑いと、それでも進もうとする決意があった。
夜が更けていく。言葉は減り、代わりに月が四人を照らした。湯気立つカップを手に、それぞれが思いを胸に抱く。
“次は勝つ”
“誰も犠牲にしない”
“信じた力で運命を覆す”
その想いは、静かに、水面に落ちる月影のように彼らの胸を照らしていた。
しかしその夜――
誰も気づかぬ小屋の外壁。ひとつの影が、闇に紛れて静かに張りついていた。
“紅の仮面”――否、グレゴールの配下。その男はわずかに口元を動かす。
「……あの女。右腕に金龍、左足にフェンリルの加護……計画に必要な“器”としては、申し分ない」
そう呟くと、気配すら消すように姿を消す。
知らぬ間に、エリーゼの運命は、再び、静かに狂い始めていた。
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