118 / 179
第118話 エリーゼ捜索隊、ラグナス帝国最北の自由都市リグレットに到着
しおりを挟む
冷たい風が、リグレットの石畳を吹き抜けていく。
ここはラグナス帝国最北の自由都市。冒険者と傭兵の吹き溜まり。昼も夜もなく、どこかで誰かが剣を振るい、誰かが酒を呷っている。常に火薬の匂いと鉄の響きが混じるこの街で、一際上質な外套を着た男が、疲れを隠さず宿のロビーに腰を下ろした。
キリエム。シャルル王子直属の護衛騎士にして、唯一の側近である。
馬に揺られ続けて七日。ドワーフの山村を発ってからというもの、街道は荒れ、盗賊は潜み、食事は塩気の強い干し肉と冷えた湧き水ばかりだった。しかも、ここリグレットに入る際には、帝国の関所であれこれと書類を求められ、王子がいかに機嫌を損ねたかは想像に難くない。
(……とはいえ、ようやく、ここまで来た)
キリエムは椅子の背にもたれ、深く息を吐く。宿屋の木製カウンターでは、王子が銀貨を放り、豪華な部屋を二部屋押さえていた。
「ふん、こんな荒れ果てた街にもまともな部屋があるとはな……まあ、オレ様にふさわしいとは言えないが」
シャルルの皮肉混じりの声が聞こえる。だが、今の彼には珍しく、その声音にはどこか余裕があった。エリーゼがこの地にいる――あるいは、いたという確証が手に入ったからだろう。
キリエムは、仲間たち――情報収集に出向いた部下たちが戻ってくるのを待っていた。
そして、夕刻。三人の部下が相次いで帰還し、そのうち一人、帝国通の老兵が口を開いた。
「報告いたします。数日前、この街ではとある冒険者パーティーの名が大いに囁かれておりました。名は『スプレーマム』。構成員は四名、その中に……“桃髪の剣士”がいたとのこと」
キリエムの眉がわずかに動く。彼は続きを促した。
「そして、彼らはすでにこの地を離れ、聖教国マケドニアへ向かったとのことです」
「マケドニア? この辺境から?」
「はい。ですが、驚くべきはその後です。……なんと、“スプレーマム”は聖教国で勃発した魔族との戦いに加わり、これを撃退、聖都を解放するという快挙を成し遂げたとの情報が――」
「なに?」
思わず声を出したのは、シャルルではなくキリエムだった。
魔族。聖教国。そして、解放。
帝国の南部から流れてくるうわさ話の多くは誇張と脚色に満ちている。それでも――事実の核があるとすれば、それは一介の冒険者では到底成し得ない規模の戦果だ。
そして、その中心にいたのが――エリーゼ。
「……剣聖と、呼ばれていたようです」
そう締めくくる部下の報告に、キリエムは深く黙考する。
(剣聖……か)
思えば、初めて彼女を見た時も、その剣筋には尋常ならざる気配があった。王都の武術大会で、男たちを次々と倒していったあの少女。シャルル王子の隣で、誇らしげに剣を掲げていた姿は、もはや過去の幻のように遠い。
しかし。
今、彼女は――王子の影ではない。誰かの隣にいるだけの存在ではない。
一つの“伝説”になりかけている。
「キリエム。……エリーゼがそんな場所で戦っていたのか?」
背後から聞こえた声に、キリエムは振り返る。王子の表情には、驚きと……ほんのわずかに、動揺の色が混じっていた。
「……はい。ですが、王子。これは、むしろ喜ばしいことでございます」
「喜ばしい?」
「かつて貴殿が寵愛されていたお方が、今こうして世に名を轟かせている――それはすなわち、王子の御眼鏡が確かであったことの証明に他なりません」
それは、キリエムなりの言葉だった。
遠回しで、しかし敬意と事実を含む言い回し。彼が仕える者の自尊心を保ちつつ、現実を受け入れさせるための、苦心の語り。
「……ふん、まあな。あいつが強いのは知っていた。だが、まさか聖教国を救うとは……やはり、オレ様にふさわしい女だったということだろう?」
シャルルは誇らしげに微笑んだ。その笑みを見て、キリエムは静かに目を伏せた。
だが、心の中で彼は違う思いを抱いていた。
(もう、王子の“影”ではない)
その事実に、キリエム自身が胸を打たれたのだ。
あの桃髪の少女は、今や自らの意志で歩き、誰の庇護も求めず、世界にその名を刻んでいる。
(……あれが、本物の剣聖か)
彼の胸には、素直な感嘆と、わずかな敬意が灯っていた。
そして、同時に――
(シャルル様。あなたは、あの方に相応しい「主」であり続けられるのか)
その問いは、まだ答えの出ぬまま、彼の胸に残り続けていた。
外では夜の帳が下り始め、リグレットの街が再び喧噪に包まれる。
その喧騒の中で、エリーゼの名が、剣聖として語られていることを――彼らは確かに、耳にしたのだった。
ここはラグナス帝国最北の自由都市。冒険者と傭兵の吹き溜まり。昼も夜もなく、どこかで誰かが剣を振るい、誰かが酒を呷っている。常に火薬の匂いと鉄の響きが混じるこの街で、一際上質な外套を着た男が、疲れを隠さず宿のロビーに腰を下ろした。
キリエム。シャルル王子直属の護衛騎士にして、唯一の側近である。
馬に揺られ続けて七日。ドワーフの山村を発ってからというもの、街道は荒れ、盗賊は潜み、食事は塩気の強い干し肉と冷えた湧き水ばかりだった。しかも、ここリグレットに入る際には、帝国の関所であれこれと書類を求められ、王子がいかに機嫌を損ねたかは想像に難くない。
(……とはいえ、ようやく、ここまで来た)
キリエムは椅子の背にもたれ、深く息を吐く。宿屋の木製カウンターでは、王子が銀貨を放り、豪華な部屋を二部屋押さえていた。
「ふん、こんな荒れ果てた街にもまともな部屋があるとはな……まあ、オレ様にふさわしいとは言えないが」
シャルルの皮肉混じりの声が聞こえる。だが、今の彼には珍しく、その声音にはどこか余裕があった。エリーゼがこの地にいる――あるいは、いたという確証が手に入ったからだろう。
キリエムは、仲間たち――情報収集に出向いた部下たちが戻ってくるのを待っていた。
そして、夕刻。三人の部下が相次いで帰還し、そのうち一人、帝国通の老兵が口を開いた。
「報告いたします。数日前、この街ではとある冒険者パーティーの名が大いに囁かれておりました。名は『スプレーマム』。構成員は四名、その中に……“桃髪の剣士”がいたとのこと」
キリエムの眉がわずかに動く。彼は続きを促した。
「そして、彼らはすでにこの地を離れ、聖教国マケドニアへ向かったとのことです」
「マケドニア? この辺境から?」
「はい。ですが、驚くべきはその後です。……なんと、“スプレーマム”は聖教国で勃発した魔族との戦いに加わり、これを撃退、聖都を解放するという快挙を成し遂げたとの情報が――」
「なに?」
思わず声を出したのは、シャルルではなくキリエムだった。
魔族。聖教国。そして、解放。
帝国の南部から流れてくるうわさ話の多くは誇張と脚色に満ちている。それでも――事実の核があるとすれば、それは一介の冒険者では到底成し得ない規模の戦果だ。
そして、その中心にいたのが――エリーゼ。
「……剣聖と、呼ばれていたようです」
そう締めくくる部下の報告に、キリエムは深く黙考する。
(剣聖……か)
思えば、初めて彼女を見た時も、その剣筋には尋常ならざる気配があった。王都の武術大会で、男たちを次々と倒していったあの少女。シャルル王子の隣で、誇らしげに剣を掲げていた姿は、もはや過去の幻のように遠い。
しかし。
今、彼女は――王子の影ではない。誰かの隣にいるだけの存在ではない。
一つの“伝説”になりかけている。
「キリエム。……エリーゼがそんな場所で戦っていたのか?」
背後から聞こえた声に、キリエムは振り返る。王子の表情には、驚きと……ほんのわずかに、動揺の色が混じっていた。
「……はい。ですが、王子。これは、むしろ喜ばしいことでございます」
「喜ばしい?」
「かつて貴殿が寵愛されていたお方が、今こうして世に名を轟かせている――それはすなわち、王子の御眼鏡が確かであったことの証明に他なりません」
それは、キリエムなりの言葉だった。
遠回しで、しかし敬意と事実を含む言い回し。彼が仕える者の自尊心を保ちつつ、現実を受け入れさせるための、苦心の語り。
「……ふん、まあな。あいつが強いのは知っていた。だが、まさか聖教国を救うとは……やはり、オレ様にふさわしい女だったということだろう?」
シャルルは誇らしげに微笑んだ。その笑みを見て、キリエムは静かに目を伏せた。
だが、心の中で彼は違う思いを抱いていた。
(もう、王子の“影”ではない)
その事実に、キリエム自身が胸を打たれたのだ。
あの桃髪の少女は、今や自らの意志で歩き、誰の庇護も求めず、世界にその名を刻んでいる。
(……あれが、本物の剣聖か)
彼の胸には、素直な感嘆と、わずかな敬意が灯っていた。
そして、同時に――
(シャルル様。あなたは、あの方に相応しい「主」であり続けられるのか)
その問いは、まだ答えの出ぬまま、彼の胸に残り続けていた。
外では夜の帳が下り始め、リグレットの街が再び喧噪に包まれる。
その喧騒の中で、エリーゼの名が、剣聖として語られていることを――彼らは確かに、耳にしたのだった。
5
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる