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閑 話 シャルル、エリーゼよ、そこまでオレ様のことが──愛され過ぎるのも罪なのか
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リグレットという名のこの街は、いかにも下品だった。
石畳は割れ、通りには吐瀉物と血の匂いが混じって漂い、昼間から酔い潰れた傭兵が路地裏に転がっている。街を歩く女は目つきが鋭く、男は腰の刃に手を添えて警戒を隠さない。
だが、オレ様・シャルル=レインハルトにかかれば、こんな腐った街も舞台に早変わりだ。かつて王都の中心で栄華を誇り、貴族の令嬢どもがうっとりとその金の髪を仰ぎ見ていたこのオレ様が、今この場に降り立ったのだからな。
そして何よりも──エリーゼが、ここにいた。
「剣聖、だと?」
リグレットの宿屋のロビーで部下の報告を受けたとき、オレ様は思わず笑いそうになった。
“スプレーマム”などという妙な名前の冒険者パーティー。その一員として、聖教国マケドニアを揺るがす魔族の襲撃を退け、王都を解放し、ついには『剣聖』などと持て囃されているという。
「へぇ……やるじゃないか。オレ様の目に狂いはなかったってことだな」
オレ様は立ち上がり、宿の窓辺へと歩く。薄暗い空の下、リグレットの街並みが黒く沈んでいた。
あの女が、エリーゼが、剣聖になった。
剣聖だぞ? 大陸でもそうそういない、あの肩書きを。かつてオレ様の婚約者だった女が、あの桃髪の侯爵令嬢がだ。
だがオレ様は知っている。なぜ彼女がそこまでになったのか──理由は一つしかあるまい。
「オレ様に、愛されたいがためにだ」
そう、あの女はいつだって必死だった。王宮で訓練を重ね、男どもに混じって稽古を受け、時には血を吐くほど剣を振っていた。貴族令嬢にも関わらず周囲の冷笑に晒されても、屈することなく、ただひたすらに剣を磨いていた。
すべては、オレ様に選ばれた『特別』であり続けるため。
愚かだが、実に可愛らしい発想ではないか。
「オレ様のために剣を極めるとはな……ふふっ、あいつらしいよ」
剣聖。妻が剣聖とは。悪くない。いや、むしろ完璧だ。
民草どもは英雄譚が大好きだ。剣聖エリーゼと王子シャルルの結婚など、詩人がよだれを垂らして飛びつくだろう。そして父上──あの老獪な王ですら、さすがに再考せざるを得なくなるはずだ。
『剣聖を妻に迎えるとなれば、王子としての立場を再考すべきでは?』
そう囁く者が、いずれ必ず現れる。王宮にうごめく連中など、その程度の節操でできている。
エリーゼを連れ戻し、民衆の喝采とともに王都へ凱旋する。あの金の王冠を、再びこのオレ様の頭に戴くのだ。
「これで、オレ様の人生は返り咲いた」
言いながら、オレ様は窓辺に片肘をつき、夜風に揺れる金の髪をなでつけた。
彼女はきっと、喜ぶに違いない。
オレ様が直々に会いに行ってやるのだ。あの頃のように、胸に薔薇でも挿して現れてやれば、きっと目を潤ませて飛び込んでくる。
『シャルル様……お会いしたかった!』
そんな甘い声を上げて、剣など放り出してすり寄ってくるだろう。
オレ様の隣に立ち、王妃として、いや『剣聖王妃』として国を支えてくれるに違いない。
──なあ、エリーゼ。お前は、そういう女だったじゃないか。
誇り高く、真っ直ぐで、不器用で、どこまでも愚直で。
そのすべてを、オレ様は気に入っていた。
……それを、忘れたわけじゃない。
「なあ、キリエム」
背後に控えていた忠義の騎士に、オレ様はふと問いかける。
「あいつは、ほんとうに……オレ様のことを、忘れてなどいないよな?」
キリエムは一瞬の間を置いて、静かに首を振った。
「エリーゼ様がシャルル殿下を忘れることなど、あり得ません。剣を極める中でも、殿下の存在はきっと、常に心の内にあったはず」
「だよな。まったく……可愛い女だ」
オレ様は満足げに微笑み、椅子に深く座り直した。
剣聖と王子。完璧な取り合わせだ。もはや誰も、オレ様の価値を疑うことなどできまい。失ったはずの王位も、民の信頼も、すべて──この手に戻ってくる。
「さあ、会いに行ってやるか。オレ様のために剣を磨き続けた、可憐な剣聖にな」
夜のリグレットに、ふわりとオレ様の笑みが浮かぶ。
その笑みの裏に、ほんの僅かに残る不安を、オレ様自身もまだ──知らなかった。
石畳は割れ、通りには吐瀉物と血の匂いが混じって漂い、昼間から酔い潰れた傭兵が路地裏に転がっている。街を歩く女は目つきが鋭く、男は腰の刃に手を添えて警戒を隠さない。
だが、オレ様・シャルル=レインハルトにかかれば、こんな腐った街も舞台に早変わりだ。かつて王都の中心で栄華を誇り、貴族の令嬢どもがうっとりとその金の髪を仰ぎ見ていたこのオレ様が、今この場に降り立ったのだからな。
そして何よりも──エリーゼが、ここにいた。
「剣聖、だと?」
リグレットの宿屋のロビーで部下の報告を受けたとき、オレ様は思わず笑いそうになった。
“スプレーマム”などという妙な名前の冒険者パーティー。その一員として、聖教国マケドニアを揺るがす魔族の襲撃を退け、王都を解放し、ついには『剣聖』などと持て囃されているという。
「へぇ……やるじゃないか。オレ様の目に狂いはなかったってことだな」
オレ様は立ち上がり、宿の窓辺へと歩く。薄暗い空の下、リグレットの街並みが黒く沈んでいた。
あの女が、エリーゼが、剣聖になった。
剣聖だぞ? 大陸でもそうそういない、あの肩書きを。かつてオレ様の婚約者だった女が、あの桃髪の侯爵令嬢がだ。
だがオレ様は知っている。なぜ彼女がそこまでになったのか──理由は一つしかあるまい。
「オレ様に、愛されたいがためにだ」
そう、あの女はいつだって必死だった。王宮で訓練を重ね、男どもに混じって稽古を受け、時には血を吐くほど剣を振っていた。貴族令嬢にも関わらず周囲の冷笑に晒されても、屈することなく、ただひたすらに剣を磨いていた。
すべては、オレ様に選ばれた『特別』であり続けるため。
愚かだが、実に可愛らしい発想ではないか。
「オレ様のために剣を極めるとはな……ふふっ、あいつらしいよ」
剣聖。妻が剣聖とは。悪くない。いや、むしろ完璧だ。
民草どもは英雄譚が大好きだ。剣聖エリーゼと王子シャルルの結婚など、詩人がよだれを垂らして飛びつくだろう。そして父上──あの老獪な王ですら、さすがに再考せざるを得なくなるはずだ。
『剣聖を妻に迎えるとなれば、王子としての立場を再考すべきでは?』
そう囁く者が、いずれ必ず現れる。王宮にうごめく連中など、その程度の節操でできている。
エリーゼを連れ戻し、民衆の喝采とともに王都へ凱旋する。あの金の王冠を、再びこのオレ様の頭に戴くのだ。
「これで、オレ様の人生は返り咲いた」
言いながら、オレ様は窓辺に片肘をつき、夜風に揺れる金の髪をなでつけた。
彼女はきっと、喜ぶに違いない。
オレ様が直々に会いに行ってやるのだ。あの頃のように、胸に薔薇でも挿して現れてやれば、きっと目を潤ませて飛び込んでくる。
『シャルル様……お会いしたかった!』
そんな甘い声を上げて、剣など放り出してすり寄ってくるだろう。
オレ様の隣に立ち、王妃として、いや『剣聖王妃』として国を支えてくれるに違いない。
──なあ、エリーゼ。お前は、そういう女だったじゃないか。
誇り高く、真っ直ぐで、不器用で、どこまでも愚直で。
そのすべてを、オレ様は気に入っていた。
……それを、忘れたわけじゃない。
「なあ、キリエム」
背後に控えていた忠義の騎士に、オレ様はふと問いかける。
「あいつは、ほんとうに……オレ様のことを、忘れてなどいないよな?」
キリエムは一瞬の間を置いて、静かに首を振った。
「エリーゼ様がシャルル殿下を忘れることなど、あり得ません。剣を極める中でも、殿下の存在はきっと、常に心の内にあったはず」
「だよな。まったく……可愛い女だ」
オレ様は満足げに微笑み、椅子に深く座り直した。
剣聖と王子。完璧な取り合わせだ。もはや誰も、オレ様の価値を疑うことなどできまい。失ったはずの王位も、民の信頼も、すべて──この手に戻ってくる。
「さあ、会いに行ってやるか。オレ様のために剣を磨き続けた、可憐な剣聖にな」
夜のリグレットに、ふわりとオレ様の笑みが浮かぶ。
その笑みの裏に、ほんの僅かに残る不安を、オレ様自身もまだ──知らなかった。
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