婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第118話 エリーゼ捜索隊、ラグナス帝国最北の自由都市リグレットに到着

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冷たい風が、リグレットの石畳を吹き抜けていく。

 ここはラグナス帝国最北の自由都市。冒険者と傭兵の吹き溜まり。昼も夜もなく、どこかで誰かが剣を振るい、誰かが酒を呷っている。常に火薬の匂いと鉄の響きが混じるこの街で、一際上質な外套を着た男が、疲れを隠さず宿のロビーに腰を下ろした。

 キリエム。シャルル王子直属の護衛騎士にして、唯一の側近である。

 馬に揺られ続けて七日。ドワーフの山村を発ってからというもの、街道は荒れ、盗賊は潜み、食事は塩気の強い干し肉と冷えた湧き水ばかりだった。しかも、ここリグレットに入る際には、帝国の関所であれこれと書類を求められ、王子がいかに機嫌を損ねたかは想像に難くない。

(……とはいえ、ようやく、ここまで来た)

 キリエムは椅子の背にもたれ、深く息を吐く。宿屋の木製カウンターでは、王子が銀貨を放り、豪華な部屋を二部屋押さえていた。

「ふん、こんな荒れ果てた街にもまともな部屋があるとはな……まあ、オレ様にふさわしいとは言えないが」

 シャルルの皮肉混じりの声が聞こえる。だが、今の彼には珍しく、その声音にはどこか余裕があった。エリーゼがこの地にいる――あるいは、いたという確証が手に入ったからだろう。

 キリエムは、仲間たち――情報収集に出向いた部下たちが戻ってくるのを待っていた。

 そして、夕刻。三人の部下が相次いで帰還し、そのうち一人、帝国通の老兵が口を開いた。

「報告いたします。数日前、この街ではとある冒険者パーティーの名が大いに囁かれておりました。名は『スプレーマム』。構成員は四名、その中に……“桃髪の剣士”がいたとのこと」

 キリエムの眉がわずかに動く。彼は続きを促した。

「そして、彼らはすでにこの地を離れ、聖教国マケドニアへ向かったとのことです」

「マケドニア? この辺境から?」

「はい。ですが、驚くべきはその後です。……なんと、“スプレーマム”は聖教国で勃発した魔族との戦いに加わり、これを撃退、聖都を解放するという快挙を成し遂げたとの情報が――」

「なに?」

 思わず声を出したのは、シャルルではなくキリエムだった。

 魔族。聖教国。そして、解放。

 帝国の南部から流れてくるうわさ話の多くは誇張と脚色に満ちている。それでも――事実の核があるとすれば、それは一介の冒険者では到底成し得ない規模の戦果だ。

 そして、その中心にいたのが――エリーゼ。

「……剣聖と、呼ばれていたようです」

 そう締めくくる部下の報告に、キリエムは深く黙考する。

(剣聖……か)

 思えば、初めて彼女を見た時も、その剣筋には尋常ならざる気配があった。王都の武術大会で、男たちを次々と倒していったあの少女。シャルル王子の隣で、誇らしげに剣を掲げていた姿は、もはや過去の幻のように遠い。

 しかし。

 今、彼女は――王子の影ではない。誰かの隣にいるだけの存在ではない。

 一つの“伝説”になりかけている。

「キリエム。……エリーゼがそんな場所で戦っていたのか?」

 背後から聞こえた声に、キリエムは振り返る。王子の表情には、驚きと……ほんのわずかに、動揺の色が混じっていた。

「……はい。ですが、王子。これは、むしろ喜ばしいことでございます」

「喜ばしい?」

「かつて貴殿が寵愛されていたお方が、今こうして世に名を轟かせている――それはすなわち、王子の御眼鏡が確かであったことの証明に他なりません」

 それは、キリエムなりの言葉だった。

 遠回しで、しかし敬意と事実を含む言い回し。彼が仕える者の自尊心を保ちつつ、現実を受け入れさせるための、苦心の語り。

「……ふん、まあな。あいつが強いのは知っていた。だが、まさか聖教国を救うとは……やはり、オレ様にふさわしい女だったということだろう?」

 シャルルは誇らしげに微笑んだ。その笑みを見て、キリエムは静かに目を伏せた。

 だが、心の中で彼は違う思いを抱いていた。

(もう、王子の“影”ではない)

 その事実に、キリエム自身が胸を打たれたのだ。

 あの桃髪の少女は、今や自らの意志で歩き、誰の庇護も求めず、世界にその名を刻んでいる。

(……あれが、本物の剣聖か)

 彼の胸には、素直な感嘆と、わずかな敬意が灯っていた。

 そして、同時に――

(シャルル様。あなたは、あの方に相応しい「主」であり続けられるのか)

 その問いは、まだ答えの出ぬまま、彼の胸に残り続けていた。

 外では夜の帳が下り始め、リグレットの街が再び喧噪に包まれる。

 その喧騒の中で、エリーゼの名が、剣聖として語られていることを――彼らは確かに、耳にしたのだった。
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