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第119話 アリスター、妹・ルシアに会いに行く
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王都レグナス、中央区。石畳に月光が淡く降り注ぐ夜更け、人気の絶えた裏路地を、四つの影が滑るように進んでいく。
《スプレーマム》。追放者たちの寄せ集め、だが今や彼らの足取りは確固たるものだった。
「……あの高台の先に、西庭の門がある。警備の変わり目はちょうど――今だ」
アリスターがそう囁くと、仲間たちは一斉に頷き、物音ひとつ立てずに駆け出した。月明かりが彼の金髪をなびかせる。心の奥に渦巻く感情が、次第に焦りと期待をせめぎ合わせていた。
妹・ルシア。王都に残してきた唯一の家族。王子としての肩書を奪われても、なお忘れ難い存在。
「……アリスター」
エリーゼが、ぴたりとその隣に寄り添う。桃色の髪が風にたなびき、金の右腕が月光に煌めいた。
「敵の罠じゃないといいけど……」
「大丈夫さ。ルシアは、ボクのことを……忘れたりしない」
その言葉には、自信と不安が入り混じっていた。
衛兵の姿が見えた瞬間、マスキュラーが手で合図を送る。筋骨隆々の身体を伏せ、影に溶け込む。
「オレが陽動に出ようか?」
「いや、拙者が……幻光の結界を張るでござる」
ダリルが呟き、懐から淡い青の魔符を取り出した。彼の銀縁眼鏡が夜光に反射し、不安げな瞳が揺れる。
「失敗すれば……一網打尽。だが、やらねば、意味がないでござる」
エリーゼがそっと手を添えた。
「大丈夫、わたしたちがいるよ」
「うむ……では、行くでござる!」
王宮の西庭へと続く裏道は、今や使用されることもなく、蔦の絡まる古い石畳に覆われていた。
「この通路……まだ残っていたんだな」
アリスターが呟く。夜露に濡れた草木の匂いが、かつての日々を思い出させる。少年の頃、姉や妹と鬼ごっこをした庭、父王の目を盗んで忍び込んだ温室。今、同じ場所をこうして潜入することになるとは。
「懐かしい?」
エリーゼが隣に立ち、彼の顔を覗き込む。その瞳はいつも通りまっすぐで、どこか温かい。
「少しだけね。ボクが……まだ王子だった頃の記憶さ」
笑ってみせるが、その胸の奥では、今もあの追放の日の痛みが燻っていた。妹ルシアだけは、最後まで彼を信じてくれた。その想いだけが、今のアリスターを支えている。
「行こう。そろそろ結界の範囲に入る」
ダリルが警告の声をあげた。蒼い魔符を手に、慎重に歩を進める。
「王宮周囲には、四層の防御結界が張られておる。中でも温室周辺は特別で、結界術師が常駐していたはず……」
「でも、今日がその術師の交代日なんだろ?」
マスキュラーが低く囁く。たくましい肩に剣を担ぎながらも、足音ひとつ立てない動きは、さすが熟練の剣士だった。
「情報通りなら、今この瞬間だけ、結界が一時的に弱まる。次の巡回まで……二分もない」
「なら一気に駆け抜ける!」
エリーゼが身を沈め、右腕の金の鱗が月光に輝く。魔力が滾るたびに、空気が震えた。
「ダリル、幻光を!」
「了解……《幻光結界・夜霧の帳》!」
ダリルが魔符を空に掲げると、淡い霧が立ちこめ、彼らの姿を包み込んだ。まるで月明かりさえ屈折するように、四人の影が溶けていく。
そのまま西庭へと続く鉄柵をすり抜け、奥へ――。
「この先だ」
アリスターが止まり、石壁の裏に隠された小さな木戸を押し開けた。ギィ……という音に一瞬緊張が走るが、衛兵の気配はない。
中へと潜ると、ひんやりとした地下の通路が現れた。かつて庭師たちが使っていた手入れ用の抜け道――。
「昔、ルシアと一緒にここを通ってね……こっそり夜に花を見に行ったんだ」
呟くアリスターの声に、誰も言葉を返さなかった。だが、その背中をそっと押すように、エリーゼの手が肩に触れた。
「今度は、わたしたちも一緒にいるよ」
「……ありがとう」
地上への扉を抜けたとき、彼らの前に現れたのは、まるで夢のような光景だった。
魔法障壁の内側に、ぽつんと存在する温室。淡い光が花々を照らし、夜の静寂に包まれている。
バラ、チューリップ、白い百合、そして――
「……ブルームローズ。ルシアの好きな花だ」
温室の扉の前で、アリスターは一歩を踏み出した。胸の高鳴りが、耳の奥に響いている。
「アリスター、ここから先は……一人で行く?」
エリーゼが問う。彼は小さく頷いた。
「うん。ボクの過去と向き合うのは、ボク自身の役目だ」
「でも、何かあったら叫べ。三秒で駆けつけてやる」
マスキュラーが、にかっと笑った。アリスターも、少しだけ笑みを返す。
「ボクの妹に……会ってくるよ」
ゆっくりと、温室の扉を押し開けた。きぃ……という音と共に、夜風が花の香りを運んできた。
あの頃と変わらぬ場所に、あの頃と変わらぬ――いや、少しだけ大人びた少女が、そっと背中を向けて立っていた。
《スプレーマム》。追放者たちの寄せ集め、だが今や彼らの足取りは確固たるものだった。
「……あの高台の先に、西庭の門がある。警備の変わり目はちょうど――今だ」
アリスターがそう囁くと、仲間たちは一斉に頷き、物音ひとつ立てずに駆け出した。月明かりが彼の金髪をなびかせる。心の奥に渦巻く感情が、次第に焦りと期待をせめぎ合わせていた。
妹・ルシア。王都に残してきた唯一の家族。王子としての肩書を奪われても、なお忘れ難い存在。
「……アリスター」
エリーゼが、ぴたりとその隣に寄り添う。桃色の髪が風にたなびき、金の右腕が月光に煌めいた。
「敵の罠じゃないといいけど……」
「大丈夫さ。ルシアは、ボクのことを……忘れたりしない」
その言葉には、自信と不安が入り混じっていた。
衛兵の姿が見えた瞬間、マスキュラーが手で合図を送る。筋骨隆々の身体を伏せ、影に溶け込む。
「オレが陽動に出ようか?」
「いや、拙者が……幻光の結界を張るでござる」
ダリルが呟き、懐から淡い青の魔符を取り出した。彼の銀縁眼鏡が夜光に反射し、不安げな瞳が揺れる。
「失敗すれば……一網打尽。だが、やらねば、意味がないでござる」
エリーゼがそっと手を添えた。
「大丈夫、わたしたちがいるよ」
「うむ……では、行くでござる!」
王宮の西庭へと続く裏道は、今や使用されることもなく、蔦の絡まる古い石畳に覆われていた。
「この通路……まだ残っていたんだな」
アリスターが呟く。夜露に濡れた草木の匂いが、かつての日々を思い出させる。少年の頃、姉や妹と鬼ごっこをした庭、父王の目を盗んで忍び込んだ温室。今、同じ場所をこうして潜入することになるとは。
「懐かしい?」
エリーゼが隣に立ち、彼の顔を覗き込む。その瞳はいつも通りまっすぐで、どこか温かい。
「少しだけね。ボクが……まだ王子だった頃の記憶さ」
笑ってみせるが、その胸の奥では、今もあの追放の日の痛みが燻っていた。妹ルシアだけは、最後まで彼を信じてくれた。その想いだけが、今のアリスターを支えている。
「行こう。そろそろ結界の範囲に入る」
ダリルが警告の声をあげた。蒼い魔符を手に、慎重に歩を進める。
「王宮周囲には、四層の防御結界が張られておる。中でも温室周辺は特別で、結界術師が常駐していたはず……」
「でも、今日がその術師の交代日なんだろ?」
マスキュラーが低く囁く。たくましい肩に剣を担ぎながらも、足音ひとつ立てない動きは、さすが熟練の剣士だった。
「情報通りなら、今この瞬間だけ、結界が一時的に弱まる。次の巡回まで……二分もない」
「なら一気に駆け抜ける!」
エリーゼが身を沈め、右腕の金の鱗が月光に輝く。魔力が滾るたびに、空気が震えた。
「ダリル、幻光を!」
「了解……《幻光結界・夜霧の帳》!」
ダリルが魔符を空に掲げると、淡い霧が立ちこめ、彼らの姿を包み込んだ。まるで月明かりさえ屈折するように、四人の影が溶けていく。
そのまま西庭へと続く鉄柵をすり抜け、奥へ――。
「この先だ」
アリスターが止まり、石壁の裏に隠された小さな木戸を押し開けた。ギィ……という音に一瞬緊張が走るが、衛兵の気配はない。
中へと潜ると、ひんやりとした地下の通路が現れた。かつて庭師たちが使っていた手入れ用の抜け道――。
「昔、ルシアと一緒にここを通ってね……こっそり夜に花を見に行ったんだ」
呟くアリスターの声に、誰も言葉を返さなかった。だが、その背中をそっと押すように、エリーゼの手が肩に触れた。
「今度は、わたしたちも一緒にいるよ」
「……ありがとう」
地上への扉を抜けたとき、彼らの前に現れたのは、まるで夢のような光景だった。
魔法障壁の内側に、ぽつんと存在する温室。淡い光が花々を照らし、夜の静寂に包まれている。
バラ、チューリップ、白い百合、そして――
「……ブルームローズ。ルシアの好きな花だ」
温室の扉の前で、アリスターは一歩を踏み出した。胸の高鳴りが、耳の奥に響いている。
「アリスター、ここから先は……一人で行く?」
エリーゼが問う。彼は小さく頷いた。
「うん。ボクの過去と向き合うのは、ボク自身の役目だ」
「でも、何かあったら叫べ。三秒で駆けつけてやる」
マスキュラーが、にかっと笑った。アリスターも、少しだけ笑みを返す。
「ボクの妹に……会ってくるよ」
ゆっくりと、温室の扉を押し開けた。きぃ……という音と共に、夜風が花の香りを運んできた。
あの頃と変わらぬ場所に、あの頃と変わらぬ――いや、少しだけ大人びた少女が、そっと背中を向けて立っていた。
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