婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第120話 アリスター、ルシア王女に会う どうして、今さら……

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王宮の西庭。魔法障壁の中にひっそりと存在する花の温室――ルシアが幼い頃から好んでいた場所だ。

 温室の中は、淡い光が漂っていた。夜咲きの花々が静かに揺れ、月明かりを受けた花弁が、まるで薄氷のように淡く煌めく。

 その中央、白いドレスの少女が一人、腰かけていた。石造りのベンチの上に佇むその姿は、まるで幻想の一部のようだった。

 「……やっぱり来たのね、お兄様」

 静かな声が、温室の中に響く。背を向けたままのその少女――ルシアは、まるで風の音に語りかけるように言葉を紡いだ。

 「“紅の仮面”の者たちが、再び王宮に動きを見せている。お兄様が戻ってくる気配がすれば、きっと彼らも動くと思っていた」

 アリスターは、そっと前へ歩み寄る。緊張と、懐かしさと、決意を混ぜたような面持ちで、彼は言葉を紡いだ。

 「ルシア……会いに来たよ」

 その言葉に、ルシアはゆっくりと振り返る。亜麻色の髪、深紅の瞳――優しかった幼き日と変わらぬ、けれどその瞳には、王女としての覚悟と知性が宿っていた。

 「アリスターお兄様……どうして、今さら……」

 声に揺れる感情が滲む。それは喜びか、困惑か、それとも痛みか。

 「真実を確かめたかった。ボクを追放に追い込んだのが、“紅の仮面”の仕業だったって……確信したから」

 アリスターの瞳には、迷いがなかった。過去ではなく、未来を見据えた決意があった。

 ルシアの表情が曇る。けれど、彼女の隣に歩み寄ったエリーゼが、静かに言葉を添えた。

 「ルシア殿。わたしたちは“冤罪”によってそれぞれの国を追われた者たちです。けれどそれでも、誰かを恨むだけでは終わらせたくない。兄妹として……あなたが苦しんでいるのなら、助けたい」

 その真っ直ぐな声に、ルシアは驚いたように目を見開く。

 「……あなたが、噂の“剣聖”ね。兄と共に……追放された者たちの中に、あなたがいると聞いていた」

 温室の入り口近く。ダリルとマスキュラーは距離を取って見守っていた。 

 「拙者たちの役目は情報収集でござるが……今は、ただ見届けるしかないでござるな」

 「そうだな。けど……アリスターの妹さん、賢い人みたいだ」

 マスキュラーが、ほっとしたように呟いた。

 アリスターは、妹の前に立った。もう「ただの兄」ではいられないと知っていた。

 「ルシア。君に頼みたいことがある」

 ルシアの瞳が揺れる。「頼みたいこと」――それは、ただの再会ではないという宣言だった。

 「ボクは……王位を目指すことにした」

 温室の空気が、静かに震えた。

 「国を、元に戻したい。腐敗した貴族たちと“紅の仮面”に操られたままの王政を、断ち切りたい。冤罪に苦しむ者たちを、もう出したくない。そのためには、この国を変えるしかないんだ」

 ルシアは言葉を失ったまま、兄を見つめていた。だが、アリスターはその視線を真っ直ぐ受け止めた。

 「かつてのボクは、自分のことしか考えていなかった。けれど仲間たちと出会って変わった。ボクには彼らがいる。そして、ルシア……君にも、この国を想う心があると信じている」

 「……私は」

 ルシアの唇がわずかに震えた。

 「私は、兄様が去ったあと……ずっと後悔していた。兄様の言葉を信じてあげられなかったこと、王室に従って黙っていたこと……ずっと、苦しかった」

 彼女はそっと胸に手を当てる。

 「でも……王女である以上、私はこの国を守らなくてはいけなかった。貴族たちに逆らえば、処刑される。それが現実なの」

 「分かってる」

 アリスターは小さく頷いた。

 「でも、ルシア――君が変わる気があるなら、ボクは全力で手を取りたい」

 その瞬間、温室の外から鳥の声が響いた。ガーランの使い魔による合図。どうやら“紅の仮面”の一部が何か動きを見せ始めているらしい。

 エリーゼが小声でアリスターに耳打ちする。

 「時間がないかもしれない。決断を……」

 アリスターはルシアに手を差し伸べた。月明かりの下、震える指先を、静かに向ける。

 「この国を、取り戻そう。もう誰にも、傷ついてほしくない。君と一緒に未来を変えたい」

 ルシアは、その手をしばらく見つめていた。そして、ゆっくりと、自分の手を伸ばした。

 「……はい、兄様。私にできることがあるなら、なんでも力を貸します。たとえ敵がこの王宮の中にいたとしても――私は、あなたの妹であり続けますから」

 その手が、しっかりと重なった。

 離れて見ていたエリーゼが、目元を少しだけ拭ったのを、アリスターは気づかぬふりをした。

 そして――王都奪還の第一歩が、温室の中で静かに踏み出された。
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