婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第121話 アリスターとルシア 兄妹として生きる道は

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温室の花々が、月の光を受けて静かに揺れる中、アリスターとルシアは向き合ったままだった。

 しばしの沈黙の後、アリスターが口を開いた。

 「ルシア。どうしてあの時、何も言わずに黙っていたんだ。ボクが、追放された時……君なら止められたはずだ」

 その声音には、怒りではなく、ただ静かな哀しみが滲んでいた。

 ルシアは小さく息をのむと、震える指先で胸元を押さえ、うつむいた。

 「……止めようとした。でも……父上に“反逆者の娘になるか”と問われたの。王族である責務と、兄を選ぶことは両立しないと、そう言われて……」

 声が震える。彼女の頬に、一筋の涙が流れた。

 「怖かったの……何もかもが……。お兄様を信じていた。でも、それを口にしたら、今度はわたしまで処刑されるかもしれなかった。兄妹として生きる道は、どこにもなかったの……!」

 アリスターはルシアに歩み寄り、そっと肩に手を置いた。

 「ボクは……恨んでなんかいないよ。君が生きていてくれてよかった。今こうして会えた……それだけで、十分だ」

 その言葉に、ルシアは声をあげて泣いた。幼い頃、兄の後ろを追いかけていたあの時間に戻ったかのように。肩を震わせながら、彼女はアリスターの胸元に顔を埋める。

 「お兄様……わたし……ずっと、謝りたかった……!」

 温室の中に、花々の香りと静かなすすり泣きが満ちていく。

 その様子を少し離れた場所から見守っていたエリーゼが、そっとダリルとマスキュラーの方を向いた。

 「……再会って、いいものですね」

 「拙者も、少し泣きそうでござる……」

 「いや、泣いていいぞ。今はそれだけの場面だ」

 マスキュラーの低い声が、どこか優しげに響いた。

 しばらくして、ルシアはようやく涙をぬぐい、顔を上げた。赤くなった目元を手の甲で押さえながら、彼女は真っ直ぐに兄を見た。

 「……お兄様。いま、戻ってきたということは……まさか、王位を?」

 アリスターは静かにうなずいた。

 「ボクを陥れた“紅の仮面”の者たちが、まだ王宮に根を張っている。父上も、きっと彼らの手に操られていた。王族として、それを放っておくわけにはいかない。だからボクは……この国を、取り戻したい」

 ルシアは、少しだけ目を見開いた。そして小さく笑みを浮かべた。

 「……昔のお兄様なら、そんなことを言うはずがなかった。でも今は違う。変わったのね、旅をして……いろんな人に出会って」

 「そうかもしれない。ボクは今、仲間と共にここまで来た。彼らは、国に捨てられた存在だけど……それでもなお、人を信じて戦っている。ボクも、彼らに恥じない生き方をしたいんだ」

 アリスターの目に宿る覚悟を見て、ルシアはそっと頷いた。

 「わたしも……手伝う。王宮の中にいる“紅の仮面”の動きは、少しずつ情報を集めていたの。わたし一人では何もできなかったけど、あなたたちとなら……きっと抗える」

 「ありがとう、ルシア」

 アリスターの声に、ルシアもまた微笑んだ。兄妹として、ようやく交わされた本当の言葉。

 それは、長い別れと沈黙の果てにようやく芽吹いた、再生の絆だった。

 エリーゼが歩み寄る。

 「アリスター、ルシア殿。わたしたちは、この国の闇を暴きたい。そのために王宮に潜り込んだ。どうか協力してほしい」

 「ええ。お兄様の仲間なら、わたしも信じられる。わたしにできることがあるなら、何でもするわ」

 その言葉に、ダリルも感嘆の息を漏らした。

 「まことに立派な姫君でござる……」

 「この兄妹、やっぱり似てるんだよ。芯の強さがさ」

 マスキュラーがつぶやいた。温室の空気が、どこか柔らかく変わっていく。

 月明かりの中、王宮に新たな反逆の灯がともる。兄と妹、そして仲間たち――国に捨てられた者たちの、反撃がいま始まろうとしていた。
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