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第153話 ルシア王女の想い 私は……この国の王になる
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月明かりの下、ルシアは静かに目を閉じた。硝子越しに見える白薔薇の花々が、まるで兄の歩んできた数奇な運命を語るように、風に揺れている。
それはいつからだったろうか。父王グレイ陛下と兄ユリウスの命が、魔族の刃によって奪われたあの夜。王都を覆った血と炎の記憶は、今も胸の奥に焼きついている。
国の中枢が壊され、人々は混乱し、誰もが絶望していた。
だが、帰ってきたのだ。あの兄が、アリスターが。
追放された王子。冤罪により国を追われ、誰にも信じられず、魔法だけを友としていた孤独な兄。だが彼は、戻ってきた。人々を守るため、国を守るため、そして、全てを終わらせるために。
兄がその手で討ったのは、魔族が呼び寄せた悪魔そのものだった。かつての王家が持っていた封印の鍵を逆手に取られ、召喚された邪悪。絶望の象徴。
だが、アリスターは恐れなかった。
――彼の隣には、エリーゼがいた。
ルシアはその姿を、王城の塔の上から見ていた。血の匂いが漂う戦場で、剣を振るう桃髪の少女。炎の中、魔法を紡ぐ兄。そのふたりが、背中を預け合い、命を賭して戦う姿に、誰もが目を奪われた。
そして、勝利のあと。
アリスターは民の前で、静かに告げた。
「私は……この国の王になる」
それは復讐でも、野心でもなかった。ただ、誰かが引き受けなければならなかったのだ。この荒れ果てた王国を、再び立ち上がらせるために。かつて自分が生まれ育ち、そして失った王都を取り戻すために。
民は歓声を上げた。
その傍らにいたのが、エリーゼだった。剣を収め、微笑みを浮かべた彼女は、その瞬間すでに「王妃」としての風格を漂わせていた。
ルシアは、その場では笑顔で拍手を送った。
だが、心の中では、嵐のような感情が渦巻いていた。
彼はもう、私の知らない場所へ行ってしまった――。
そんな寂しさと、ほんの少しの嫉妬。そして、祝福と誇らしさ。
けれど今、こうして温室でエリーゼの手を取って、真正面から向き合ってみて、ようやくそれら全てが穏やかに溶けていくのを感じていた。
「……こちらこそ、よろしくね。エリーゼ“姉様”」
その言葉が、すべてだった。
ルシアは、自分の感情に整理をつけた。そして今、新たな一歩を踏み出そうとしている。
その証拠に、最近は気になる存在がいた。
ダリル=ベルトレイン。
少し変わった人だと思った。最初に会ったときから、自称「拙者」などという風変わりな話し方をしていて、どこか他人行儀で、距離を取っているような態度。だがその奥に、ひどく優しいものを感じた。
王都に戻ってからの忙しない日々の中、ふとした瞬間にその姿を目で追っている自分に気づいたのは、ほんの数日前だった。
薬草の仕分けを手伝ってくれたとき。文官たちに囲まれて困っていた自分を、さりげなく助けてくれたとき。何気ない会話の端々に、彼の人柄が滲んでいた。
彼もまた、冤罪によって追放された者だった。
それなのに、誰を恨むこともなく、困っている人のために祈り、癒しを与え続けていた。
「ダリルさんって、不思議な人よね……」
そんな独り言が、夜の温室に溶けていく。
ふと、足音がした。振り返れば、まさにその本人が扉の向こうに立っていた。
「あっ……拙者、失礼しました。まさか、お一人とは思わず……」
「あら、違うの。姉様と少し、お話していただけよ。今は……ふたりきりだけど」
ルシアの言葉に、ダリルはどぎまぎと目を泳がせた。彼のそういう反応が、なぜか嬉しいと思ってしまう自分がいた。
「……拙者、少しだけ……おそばにいても?」
「ええ、もちろん」
並んで月を見上げた。遠くにいた人が、少しずつ近づいてくる気がした。
きっと時間はかかるだろう。けれど、少しずつ、少しずつ――。
兄の未来が動き出したように、自分の未来もまた、始まりつつあるのかもしれない。
温室の薔薇が、またひとつ、静かに花開いた。
それはいつからだったろうか。父王グレイ陛下と兄ユリウスの命が、魔族の刃によって奪われたあの夜。王都を覆った血と炎の記憶は、今も胸の奥に焼きついている。
国の中枢が壊され、人々は混乱し、誰もが絶望していた。
だが、帰ってきたのだ。あの兄が、アリスターが。
追放された王子。冤罪により国を追われ、誰にも信じられず、魔法だけを友としていた孤独な兄。だが彼は、戻ってきた。人々を守るため、国を守るため、そして、全てを終わらせるために。
兄がその手で討ったのは、魔族が呼び寄せた悪魔そのものだった。かつての王家が持っていた封印の鍵を逆手に取られ、召喚された邪悪。絶望の象徴。
だが、アリスターは恐れなかった。
――彼の隣には、エリーゼがいた。
ルシアはその姿を、王城の塔の上から見ていた。血の匂いが漂う戦場で、剣を振るう桃髪の少女。炎の中、魔法を紡ぐ兄。そのふたりが、背中を預け合い、命を賭して戦う姿に、誰もが目を奪われた。
そして、勝利のあと。
アリスターは民の前で、静かに告げた。
「私は……この国の王になる」
それは復讐でも、野心でもなかった。ただ、誰かが引き受けなければならなかったのだ。この荒れ果てた王国を、再び立ち上がらせるために。かつて自分が生まれ育ち、そして失った王都を取り戻すために。
民は歓声を上げた。
その傍らにいたのが、エリーゼだった。剣を収め、微笑みを浮かべた彼女は、その瞬間すでに「王妃」としての風格を漂わせていた。
ルシアは、その場では笑顔で拍手を送った。
だが、心の中では、嵐のような感情が渦巻いていた。
彼はもう、私の知らない場所へ行ってしまった――。
そんな寂しさと、ほんの少しの嫉妬。そして、祝福と誇らしさ。
けれど今、こうして温室でエリーゼの手を取って、真正面から向き合ってみて、ようやくそれら全てが穏やかに溶けていくのを感じていた。
「……こちらこそ、よろしくね。エリーゼ“姉様”」
その言葉が、すべてだった。
ルシアは、自分の感情に整理をつけた。そして今、新たな一歩を踏み出そうとしている。
その証拠に、最近は気になる存在がいた。
ダリル=ベルトレイン。
少し変わった人だと思った。最初に会ったときから、自称「拙者」などという風変わりな話し方をしていて、どこか他人行儀で、距離を取っているような態度。だがその奥に、ひどく優しいものを感じた。
王都に戻ってからの忙しない日々の中、ふとした瞬間にその姿を目で追っている自分に気づいたのは、ほんの数日前だった。
薬草の仕分けを手伝ってくれたとき。文官たちに囲まれて困っていた自分を、さりげなく助けてくれたとき。何気ない会話の端々に、彼の人柄が滲んでいた。
彼もまた、冤罪によって追放された者だった。
それなのに、誰を恨むこともなく、困っている人のために祈り、癒しを与え続けていた。
「ダリルさんって、不思議な人よね……」
そんな独り言が、夜の温室に溶けていく。
ふと、足音がした。振り返れば、まさにその本人が扉の向こうに立っていた。
「あっ……拙者、失礼しました。まさか、お一人とは思わず……」
「あら、違うの。姉様と少し、お話していただけよ。今は……ふたりきりだけど」
ルシアの言葉に、ダリルはどぎまぎと目を泳がせた。彼のそういう反応が、なぜか嬉しいと思ってしまう自分がいた。
「……拙者、少しだけ……おそばにいても?」
「ええ、もちろん」
並んで月を見上げた。遠くにいた人が、少しずつ近づいてくる気がした。
きっと時間はかかるだろう。けれど、少しずつ、少しずつ――。
兄の未来が動き出したように、自分の未来もまた、始まりつつあるのかもしれない。
温室の薔薇が、またひとつ、静かに花開いた。
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