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第159話 アリスターとマスキュラーの密談
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王城の午後は静かだった。陽射しが金色のレースのように窓から差し込み、執務室の机に積まれた書類の端を照らしている。
ボク──アリスターは、羽ペンを置いて深く息を吐いた。王という立場になってから、書類仕事は日常となったが、それでも時折、すべてを投げ出して魔導書でも読み漁りたくなる。
「……ふう。さて、そろそろ来る頃かな」
扉をノックする音が、思ったとおり響いた。
「入って」
現れたのは、黒髪で筋骨隆々とした剣士、マスキュラーだった。すっかり王城にも馴染み、近衛騎士団員たちとも気安く言葉を交わしているらしい。
「よう、アリスター。……じゃなかった、陛下」
「やめてよ、そういうの。マスキュラーとは仲間でしょ」
「へいへい、じゃあ、アリスターって呼ぶぜ」
マスキュラーは椅子に腰掛けると、ちらりとボクを見て、小さく息をついた。
「……なあ、ダリルのこと、聞いたか?」
「うん。断るって、聞いた」
「もったいねえよな。両想いなのにさ」
ボクはうなずいた。ルシア──ボクの妹である王妹は、確かにダリルに想いを寄せている。そして、ボクの知る限り、ダリルもまた、彼女に心を傾けている。
「ダリルは……自分を責めてる。聖教国での過去、拷問されて、命も狙われて、それでも耐えてきた。でも、そういう過去を背負った自分が、王妹に相応しいかと問われれば、きっと“ノー”としか言えないんだろうね」
「真面目すぎるんだよ、あいつ。……だから、オレ、言ったんだ。『お前は素晴らしい奴だ』ってな」
マスキュラーの声には、親友を思う力強さがあった。それがどこか、心に染み入る。
「ボクもそう思う。でも、それでも、最後に決めるのはダリル自身だ。ボクたちは、見届けるしかない。……それが、仲間としてできる、精一杯のことだと思う」
「そうだな」
重苦しい沈黙が、一瞬だけ執務室を満たした。
だが、それを破ったのは、ボクだった。
「……ところで。今日、ちょっと気になる報せが届いたんだ」
「ん?」
マスキュラーが眉をひそめる。
「シャルル王子の使者が来た。レインハルト王国から」
「シャルル……って、エリーゼの元婚約者か?」
「そう。そのシャルルが、エリーゼに面会を求めてるらしい」
マスキュラーの表情が険しくなる。
「冗談だろ? あいつ、エリーゼを婚約破棄して、挙句に無実の罪まで着せたっていうじゃねえか」
「ボクも信じがたいよ。でも、使者は“本人の口から謝罪と説明をしたい”って言ってる」
「……エリーゼには、もう話したのか?」
「まだ。どうするべきか、迷ってる。……エリーゼは、あの頃のことをあまり語らないけど、ボクにはわかる。あれは、彼女にとっても消えない傷だ」
マスキュラーが苦い顔で唸る。
「でも、向き合わなきゃいけないって時もあるよな……」
ボクは頷いた。王として、ではなく、エリーゼを想う一人の人間として。
「彼女が望むなら、ボクは全力で支える。でも、無理に向かわせる気はない。これは、彼女の問題だから」
「だな。……で、オレはどう動く? 護衛か?」
「お願い。マスキュラー、君がいてくれるとボクも心強い」
「任せとけ。エリーゼを泣かせるような真似、絶対させねえ」
言い切るその声に、ボクは静かに笑った。
仲間がいる。それだけで、どれほど救われているか。
「ありがとう。……じゃあ、次はエリーゼに、このことを話さなきゃね」
ボクは机の引き出しから、使者の報告書を取り出した。
彼女の心が、少しでも穏やかでありますように。
そう願いながら、扉の向こうにいる彼女のもとへと、歩き出した。
ボク──アリスターは、羽ペンを置いて深く息を吐いた。王という立場になってから、書類仕事は日常となったが、それでも時折、すべてを投げ出して魔導書でも読み漁りたくなる。
「……ふう。さて、そろそろ来る頃かな」
扉をノックする音が、思ったとおり響いた。
「入って」
現れたのは、黒髪で筋骨隆々とした剣士、マスキュラーだった。すっかり王城にも馴染み、近衛騎士団員たちとも気安く言葉を交わしているらしい。
「よう、アリスター。……じゃなかった、陛下」
「やめてよ、そういうの。マスキュラーとは仲間でしょ」
「へいへい、じゃあ、アリスターって呼ぶぜ」
マスキュラーは椅子に腰掛けると、ちらりとボクを見て、小さく息をついた。
「……なあ、ダリルのこと、聞いたか?」
「うん。断るって、聞いた」
「もったいねえよな。両想いなのにさ」
ボクはうなずいた。ルシア──ボクの妹である王妹は、確かにダリルに想いを寄せている。そして、ボクの知る限り、ダリルもまた、彼女に心を傾けている。
「ダリルは……自分を責めてる。聖教国での過去、拷問されて、命も狙われて、それでも耐えてきた。でも、そういう過去を背負った自分が、王妹に相応しいかと問われれば、きっと“ノー”としか言えないんだろうね」
「真面目すぎるんだよ、あいつ。……だから、オレ、言ったんだ。『お前は素晴らしい奴だ』ってな」
マスキュラーの声には、親友を思う力強さがあった。それがどこか、心に染み入る。
「ボクもそう思う。でも、それでも、最後に決めるのはダリル自身だ。ボクたちは、見届けるしかない。……それが、仲間としてできる、精一杯のことだと思う」
「そうだな」
重苦しい沈黙が、一瞬だけ執務室を満たした。
だが、それを破ったのは、ボクだった。
「……ところで。今日、ちょっと気になる報せが届いたんだ」
「ん?」
マスキュラーが眉をひそめる。
「シャルル王子の使者が来た。レインハルト王国から」
「シャルル……って、エリーゼの元婚約者か?」
「そう。そのシャルルが、エリーゼに面会を求めてるらしい」
マスキュラーの表情が険しくなる。
「冗談だろ? あいつ、エリーゼを婚約破棄して、挙句に無実の罪まで着せたっていうじゃねえか」
「ボクも信じがたいよ。でも、使者は“本人の口から謝罪と説明をしたい”って言ってる」
「……エリーゼには、もう話したのか?」
「まだ。どうするべきか、迷ってる。……エリーゼは、あの頃のことをあまり語らないけど、ボクにはわかる。あれは、彼女にとっても消えない傷だ」
マスキュラーが苦い顔で唸る。
「でも、向き合わなきゃいけないって時もあるよな……」
ボクは頷いた。王として、ではなく、エリーゼを想う一人の人間として。
「彼女が望むなら、ボクは全力で支える。でも、無理に向かわせる気はない。これは、彼女の問題だから」
「だな。……で、オレはどう動く? 護衛か?」
「お願い。マスキュラー、君がいてくれるとボクも心強い」
「任せとけ。エリーゼを泣かせるような真似、絶対させねえ」
言い切るその声に、ボクは静かに笑った。
仲間がいる。それだけで、どれほど救われているか。
「ありがとう。……じゃあ、次はエリーゼに、このことを話さなきゃね」
ボクは机の引き出しから、使者の報告書を取り出した。
彼女の心が、少しでも穏やかでありますように。
そう願いながら、扉の向こうにいる彼女のもとへと、歩き出した。
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