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第166話 レオナ、エルドリッジ伯爵家を勘当される
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剣を捨てても、貴方と
翌朝、私は決意を胸に、エルドリッジ伯爵邸の正門をくぐった。
近衛団第三隊の副団長である私が、剣を置く。それは一族の名誉を汚す行為であり、父の逆鱗に触れるのは明らかだった。だが、恐れはなかった。今の私は、剣以上に大切なものを見つけたから。
「レオナ、お前……どういうつもりだ?」
書斎に入った瞬間、父の厳しい声が響いた。重厚な机の奥、エルドリッジ伯爵――私の父は、冷たい視線を投げかけてくる。
隣には母がいた。私と同じ栗色の瞳を見開き、信じられないものを見るように私を見つめていた。
「父上、母上。わたくしは、本日をもって近衛団第三隊を退団いたします。そして……エルドリッジの家を出て、冒険者として生きていくつもりです」
「……は?」
父の目が見開かれ、椅子がぎしりと軋んだ。
「ふざけるな。貴族の娘が、平民の真似事をするなど――」
「真似事ではありません」
私は一歩、父の前へ進み出る。迷いはなかった。
「マスキュラ―という男と、生涯をともにすると決めました。わたしは彼を、愛しています」
「マスキュラ―……あの筋肉馬鹿か!」
父の怒号が飛ぶ。母も立ち上がり、私の腕を掴んだ。
「レオナ、目を覚ましなさい! あの男には家も地位もない。あなたが背負ってきたものをすべて捨てる気なの?」
「はい。すべて捨ててもいいと、そう思えるほど、彼は――誠実な人です。誰よりも優しくて、まっすぐで、どこまでも不器用なくらい真面目な人」
「お前には婚約話もあるのだぞ!? 侯爵家の令息が、先日――」
「その方の顔も知りません。父上が決めた政略の駒など、わたしはなりたくない」
母の手をそっと振りほどく。母は涙を浮かべ、かすかに震えていた。
「お願い、レオナ……あなたには、もっとふさわしい人がいるはずなの」
「いいえ。わたしには、マスキュラ―しかいません」
母の瞳に、父の顔に、一瞬だけ迷いがよぎる。だがそれもすぐに怒気に変わった。
「お前など、勘当だ! 今この瞬間からエルドリッジの名を名乗ることは許さん!」
「……ありがとうございます」
私の返答に、父の眉がぴくりと動く。
「レオナ=エルドリッジとしてではなく、一人の人間として、私はこれからの人生を歩んでいきます。どうか、健康にはお気をつけて」
深々と一礼し、私は部屋を後にした。背後から母のすすり泣く声が聞こえたが、振り返らなかった。剣士の覚悟とは、時に心を切り裂くことなのだ。
***
門を出ると、そこにマスキュラ―が立っていた。
「……待ってたぜ」
普段より少しきつく拳を握りしめた彼は、珍しく緊張した面持ちで私を見ていた。
「決着、つけてきたわ。……勘当されたの。わたし、もう伯爵家の娘じゃない」
「……そうか」
彼は短く答えたが、その瞳は揺れていた。言葉を探しているような沈黙の後、ぽつりと呟く。
「……本当に、いいのか? 全部、捨ててまで。オレにそこまでの価値があるとは思えねぇ」
私は首を横に振る。
「価値を決めるのは、他人じゃない。わたし自身が決めるの。あなたといる未来を、わたしは選びたい。……剣を振るうより、あなたの隣にいるほうが、よっぽど勇気が要るけどね」
マスキュラ―が、ふっと笑った。
「なら……この先、絶対に後悔させねぇ。オレなりに、命張って、守ってみせる。貴族の令嬢だったお前が、後悔しねぇような人生にする」
その言葉が、心の奥に深く染みた。
「ええ。剣も誇りも捨ててないわ。わたしが誇るのは、あなたと生きる人生。……それが、わたしの新しい『道』なのよ」
手を伸ばすと、彼の大きな手がそれを包み込んだ。温かかった。強く、頼もしくて、心が震えるほど優しかった。
「じゃあ……これからは、夫婦ってことでいいのか?」
「……ふふ。まだ式も挙げてないのに?」
「関係ねぇよ。気持ちはもう、ずっと前から決まってた」
そう言って笑うマスキュラ―の腕の中に、私は自分を預けた。
剣士としてではなく、一人の女として。
名家の娘ではなく、一人の恋人として。
こうして私は、レオナ=エルドリッジからただの「レオナ」へと生まれ変わった。
スプレーマムの一員として。
マスキュラ―の隣で、共に未来を切り拓く――そんな、強く優しい生き方を選んだのだった。
翌朝、私は決意を胸に、エルドリッジ伯爵邸の正門をくぐった。
近衛団第三隊の副団長である私が、剣を置く。それは一族の名誉を汚す行為であり、父の逆鱗に触れるのは明らかだった。だが、恐れはなかった。今の私は、剣以上に大切なものを見つけたから。
「レオナ、お前……どういうつもりだ?」
書斎に入った瞬間、父の厳しい声が響いた。重厚な机の奥、エルドリッジ伯爵――私の父は、冷たい視線を投げかけてくる。
隣には母がいた。私と同じ栗色の瞳を見開き、信じられないものを見るように私を見つめていた。
「父上、母上。わたくしは、本日をもって近衛団第三隊を退団いたします。そして……エルドリッジの家を出て、冒険者として生きていくつもりです」
「……は?」
父の目が見開かれ、椅子がぎしりと軋んだ。
「ふざけるな。貴族の娘が、平民の真似事をするなど――」
「真似事ではありません」
私は一歩、父の前へ進み出る。迷いはなかった。
「マスキュラ―という男と、生涯をともにすると決めました。わたしは彼を、愛しています」
「マスキュラ―……あの筋肉馬鹿か!」
父の怒号が飛ぶ。母も立ち上がり、私の腕を掴んだ。
「レオナ、目を覚ましなさい! あの男には家も地位もない。あなたが背負ってきたものをすべて捨てる気なの?」
「はい。すべて捨ててもいいと、そう思えるほど、彼は――誠実な人です。誰よりも優しくて、まっすぐで、どこまでも不器用なくらい真面目な人」
「お前には婚約話もあるのだぞ!? 侯爵家の令息が、先日――」
「その方の顔も知りません。父上が決めた政略の駒など、わたしはなりたくない」
母の手をそっと振りほどく。母は涙を浮かべ、かすかに震えていた。
「お願い、レオナ……あなたには、もっとふさわしい人がいるはずなの」
「いいえ。わたしには、マスキュラ―しかいません」
母の瞳に、父の顔に、一瞬だけ迷いがよぎる。だがそれもすぐに怒気に変わった。
「お前など、勘当だ! 今この瞬間からエルドリッジの名を名乗ることは許さん!」
「……ありがとうございます」
私の返答に、父の眉がぴくりと動く。
「レオナ=エルドリッジとしてではなく、一人の人間として、私はこれからの人生を歩んでいきます。どうか、健康にはお気をつけて」
深々と一礼し、私は部屋を後にした。背後から母のすすり泣く声が聞こえたが、振り返らなかった。剣士の覚悟とは、時に心を切り裂くことなのだ。
***
門を出ると、そこにマスキュラ―が立っていた。
「……待ってたぜ」
普段より少しきつく拳を握りしめた彼は、珍しく緊張した面持ちで私を見ていた。
「決着、つけてきたわ。……勘当されたの。わたし、もう伯爵家の娘じゃない」
「……そうか」
彼は短く答えたが、その瞳は揺れていた。言葉を探しているような沈黙の後、ぽつりと呟く。
「……本当に、いいのか? 全部、捨ててまで。オレにそこまでの価値があるとは思えねぇ」
私は首を横に振る。
「価値を決めるのは、他人じゃない。わたし自身が決めるの。あなたといる未来を、わたしは選びたい。……剣を振るうより、あなたの隣にいるほうが、よっぽど勇気が要るけどね」
マスキュラ―が、ふっと笑った。
「なら……この先、絶対に後悔させねぇ。オレなりに、命張って、守ってみせる。貴族の令嬢だったお前が、後悔しねぇような人生にする」
その言葉が、心の奥に深く染みた。
「ええ。剣も誇りも捨ててないわ。わたしが誇るのは、あなたと生きる人生。……それが、わたしの新しい『道』なのよ」
手を伸ばすと、彼の大きな手がそれを包み込んだ。温かかった。強く、頼もしくて、心が震えるほど優しかった。
「じゃあ……これからは、夫婦ってことでいいのか?」
「……ふふ。まだ式も挙げてないのに?」
「関係ねぇよ。気持ちはもう、ずっと前から決まってた」
そう言って笑うマスキュラ―の腕の中に、私は自分を預けた。
剣士としてではなく、一人の女として。
名家の娘ではなく、一人の恋人として。
こうして私は、レオナ=エルドリッジからただの「レオナ」へと生まれ変わった。
スプレーマムの一員として。
マスキュラ―の隣で、共に未来を切り拓く――そんな、強く優しい生き方を選んだのだった。
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