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第175話 さあ、行こう。レインハルトの真実へ
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『剣のゆくえと、祖父の影』
砦の朝は静かだった。
三日前、交渉の末に開かれた門は、今やテオドリック王国の軍旗をたなびかせている。規律正しく配置された兵士たちは、無駄な挑発もせず、あくまで“中立地帯”としての体面を保っていた。
そんな中、見張りの角笛がふたたび鳴り響く。
「南門に馬車――王都からの使者と思われます!」
報告に、私はすぐに馬を駆って門へ向かう。すでにアリスター陛下とエリーゼ王妃も、簡易な礼装で出迎えに並んでいた。
やがて馬車が近づき、ゆるやかに停まる。その扉が開かれると、銀糸を織り込んだ使者の外套が現れた。
「レインハルト王国王政庁よりの正式使者、ディルク・フォン・アルヴァンである」
低く、重みのある声だった。顔には険しさもあるが、同時に交渉人としての冷静さも見て取れる。
アリスターは微笑みすら浮かべ、柔らかく応じる。
「テオドリック王国、国王アリスター・テオドリックである。そちらの“意思”を伺おうか」
使者は深々と頭を垂れた。
「第一に、王都における混乱について。……殿下のお持ち帰りになった“シャルル王子”の扱いについて、我が国としては――抗議を行う意思はない」
「ほう。それは驚いた」
「我が王城は、三日前に“フリューゲル王国軍と新政府軍”によって制圧されました。現・臨時統治者は、フリューゲル王国の大将軍、カール=キリト元帥。……陛下の妃、エリーゼ王妃の祖父にあたります」
アリスターの黄金の瞳が、わずかに細められた。だが何より、エリーゼの肩が小さく震えたのを私は見逃さなかった。
「――おじいさまが、王城を?」
「その通りです。カール元帥は、貴女がかつて“冤罪”により追放された経緯を深く憂いておられた。彼は現在、王政再編を唱え、混乱を収めんとしております。そして……」
ディルクは、懐から一通の封書を差し出した。
「王妃殿下に、祖父からの親書を。『どうか、王都へ。孫の顔を、この目で確かめたい』とのことです」
その瞬間、砦の空気が変わった。
「……どう思う、エリーゼ」
アリスターが尋ねた声は、私的で、それでいて王の威厳を湛えていた。
「わたしは……行きます」
エリーゼは、即座に答えた。その瞳には、迷いも怯えもなかった。ただ、過去と向き合う決意だけがあった。
「捨てられた、と思ってた。家族にも、祖国にも。でも、まだ誰かが“わたし”を見ていてくれたのなら――確かめたい」
「ならば、ボクも共に行こう」
アリスターはさらりと告げる。その笑みは、信頼と愛情の中にある王のそれだった。
だがそれでも、私は言わずにはいられなかった。
「陛下。妃殿下がご同行される以上、リスクが生じます。王ご自身が動かれるのは――」
「それが“家族”というものだろう?」
アリスターは、私の忠言に微笑で返す。その言葉の柔らかさの奥に、かつて王族として追放された過去と、今なお彼を突き動かす強き意思があった。
*
出立は二日後と決まった。使者は滞在の許可を得て、砦の一室に招かれた。
その夜――。
私は一人、砦の塔で星空を眺めていた。そこに、軽い足音が響く。
「……キリエム隊長、よいですか」
振り返ると、青い髪に銀縁の眼鏡、そして気弱そうな神官服の青年――ダリル=ベルトレインが立っていた。
「どうした、ダリル殿。こんな時間に」
「いや、拙者……いえ、あの、少し、聞きたくて」
彼はぽつりと語った。
「拙者の故国、マケドニアも、“正義”の名の下に、間違えたことがあった……。それを訴えたせいで、追放された。王政も、神政も、間違えることがあるのだと」
「……ああ、私も、同じ思いだ」
「でも、陛下も王妃殿下も、“帰る”ことを選ばれた。間違えた祖国に、もう一度、向き合おうとしておられる」
ダリルは、ふと夜空に目を向けた。
「拙者も……あの人に、もう一度会えるのなら。答えを、聞いてみたいです。なぜ、あのとき――」
その声は消えた。彼の“あの人”とは、きっと――。
「……叶うさ、きっと。君には君の信じる正しさがある」
私はそう返しながら、ふと思う。
それぞれが、過去を背負っていた。冤罪、追放、失われた日々。だが、アリスターたちはそれに抗い、今こうして新たな地を築こうとしている。
その姿を、我々が支えねばならぬのだ。
*
そして――出立の日。
王と王妃を中心に、選抜された百騎の護衛隊が編成された。副官のマスキュラーは、鉄の籠手を締めながら言う。
「オレたち、どこまで行っても“冒険者”なんだな。今度の任務も、大陸一の“因縁持ち”のお供ってわけか」
「ふふ、それでも、悪くないでしょ?」
エリーゼが笑う。その背には、王妃としての誇りだけでなく、“剣聖”としての覚悟が宿っていた。
砦を出るとき、風が吹いた。まだ冷たさを残す風だが、不思議と心が澄むようだった。
「さあ、行こう。レインハルトの真実へ――」
アリスターの金の外套が風をはためかせ、エリーゼがその隣に並ぶ。
かつての王子と剣聖。いまや一国の王と王妃。
その背中を見ながら、私は鞍を踏み締めた。
(この剣を捧げるべき主は、もう決まっている)
その日、砦を出た行軍は、静かに、しかし確かな一歩を刻んだ。
その先にあるのは、過去の清算か、新たなる未来か。
すべては、エリーゼと、彼女の祖父カール=キリトとの再会にかかっていた――。
砦の朝は静かだった。
三日前、交渉の末に開かれた門は、今やテオドリック王国の軍旗をたなびかせている。規律正しく配置された兵士たちは、無駄な挑発もせず、あくまで“中立地帯”としての体面を保っていた。
そんな中、見張りの角笛がふたたび鳴り響く。
「南門に馬車――王都からの使者と思われます!」
報告に、私はすぐに馬を駆って門へ向かう。すでにアリスター陛下とエリーゼ王妃も、簡易な礼装で出迎えに並んでいた。
やがて馬車が近づき、ゆるやかに停まる。その扉が開かれると、銀糸を織り込んだ使者の外套が現れた。
「レインハルト王国王政庁よりの正式使者、ディルク・フォン・アルヴァンである」
低く、重みのある声だった。顔には険しさもあるが、同時に交渉人としての冷静さも見て取れる。
アリスターは微笑みすら浮かべ、柔らかく応じる。
「テオドリック王国、国王アリスター・テオドリックである。そちらの“意思”を伺おうか」
使者は深々と頭を垂れた。
「第一に、王都における混乱について。……殿下のお持ち帰りになった“シャルル王子”の扱いについて、我が国としては――抗議を行う意思はない」
「ほう。それは驚いた」
「我が王城は、三日前に“フリューゲル王国軍と新政府軍”によって制圧されました。現・臨時統治者は、フリューゲル王国の大将軍、カール=キリト元帥。……陛下の妃、エリーゼ王妃の祖父にあたります」
アリスターの黄金の瞳が、わずかに細められた。だが何より、エリーゼの肩が小さく震えたのを私は見逃さなかった。
「――おじいさまが、王城を?」
「その通りです。カール元帥は、貴女がかつて“冤罪”により追放された経緯を深く憂いておられた。彼は現在、王政再編を唱え、混乱を収めんとしております。そして……」
ディルクは、懐から一通の封書を差し出した。
「王妃殿下に、祖父からの親書を。『どうか、王都へ。孫の顔を、この目で確かめたい』とのことです」
その瞬間、砦の空気が変わった。
「……どう思う、エリーゼ」
アリスターが尋ねた声は、私的で、それでいて王の威厳を湛えていた。
「わたしは……行きます」
エリーゼは、即座に答えた。その瞳には、迷いも怯えもなかった。ただ、過去と向き合う決意だけがあった。
「捨てられた、と思ってた。家族にも、祖国にも。でも、まだ誰かが“わたし”を見ていてくれたのなら――確かめたい」
「ならば、ボクも共に行こう」
アリスターはさらりと告げる。その笑みは、信頼と愛情の中にある王のそれだった。
だがそれでも、私は言わずにはいられなかった。
「陛下。妃殿下がご同行される以上、リスクが生じます。王ご自身が動かれるのは――」
「それが“家族”というものだろう?」
アリスターは、私の忠言に微笑で返す。その言葉の柔らかさの奥に、かつて王族として追放された過去と、今なお彼を突き動かす強き意思があった。
*
出立は二日後と決まった。使者は滞在の許可を得て、砦の一室に招かれた。
その夜――。
私は一人、砦の塔で星空を眺めていた。そこに、軽い足音が響く。
「……キリエム隊長、よいですか」
振り返ると、青い髪に銀縁の眼鏡、そして気弱そうな神官服の青年――ダリル=ベルトレインが立っていた。
「どうした、ダリル殿。こんな時間に」
「いや、拙者……いえ、あの、少し、聞きたくて」
彼はぽつりと語った。
「拙者の故国、マケドニアも、“正義”の名の下に、間違えたことがあった……。それを訴えたせいで、追放された。王政も、神政も、間違えることがあるのだと」
「……ああ、私も、同じ思いだ」
「でも、陛下も王妃殿下も、“帰る”ことを選ばれた。間違えた祖国に、もう一度、向き合おうとしておられる」
ダリルは、ふと夜空に目を向けた。
「拙者も……あの人に、もう一度会えるのなら。答えを、聞いてみたいです。なぜ、あのとき――」
その声は消えた。彼の“あの人”とは、きっと――。
「……叶うさ、きっと。君には君の信じる正しさがある」
私はそう返しながら、ふと思う。
それぞれが、過去を背負っていた。冤罪、追放、失われた日々。だが、アリスターたちはそれに抗い、今こうして新たな地を築こうとしている。
その姿を、我々が支えねばならぬのだ。
*
そして――出立の日。
王と王妃を中心に、選抜された百騎の護衛隊が編成された。副官のマスキュラーは、鉄の籠手を締めながら言う。
「オレたち、どこまで行っても“冒険者”なんだな。今度の任務も、大陸一の“因縁持ち”のお供ってわけか」
「ふふ、それでも、悪くないでしょ?」
エリーゼが笑う。その背には、王妃としての誇りだけでなく、“剣聖”としての覚悟が宿っていた。
砦を出るとき、風が吹いた。まだ冷たさを残す風だが、不思議と心が澄むようだった。
「さあ、行こう。レインハルトの真実へ――」
アリスターの金の外套が風をはためかせ、エリーゼがその隣に並ぶ。
かつての王子と剣聖。いまや一国の王と王妃。
その背中を見ながら、私は鞍を踏み締めた。
(この剣を捧げるべき主は、もう決まっている)
その日、砦を出た行軍は、静かに、しかし確かな一歩を刻んだ。
その先にあるのは、過去の清算か、新たなる未来か。
すべては、エリーゼと、彼女の祖父カール=キリトとの再会にかかっていた――。
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