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第174話 テオドリック王国との戦争 キリエム・エルネスト視点
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レインハルト王国との国境に広がる平野に、重苦しい蹄音が響いていた。
テオドリック王国、三千の騎兵が一糸乱れぬ隊列を組み、まるで鋼鉄の塊のように進軍する。
私はその一端を、捕虜護衛の役として見守っていた。
――かつての主君、シャルル殿下を連れたまま。
鎖に繋がれ、輿に押し込まれた殿下は、なおもプライドだけは高く、従者を睨みつけるような眼をしていた。
(……それでも、あの方は“王子”だった)
私は思う。忠義とは何か。
主君が間違えたとき、それでも剣を振るうのが騎士か。
それとも、正しき王のために己の主を捨てることが、忠義か。
答えの出ぬ問いを抱えたまま、私は鞍の上で沈黙していた。
行軍の先頭、アリスター王は黄金の甲冑に身を包み、風を切って進んでいた。
その隣にはエリーゼ王妃。剣を腰に帯び、まるで王の影のごとく並び立つ。
「陛下、先遣隊からの報告です」
軍務大臣が馬を寄せ、進言する。
「国境前の砦、リスベルグには百騎の守備兵が駐屯。だが我らの接近を確認し、籠城の構えを取っています」
アリスター王は小さく頷いた。
「ならば包囲を敷き、警告を与えよ。門を開け、王子を迎える覚悟があるなら、血を流す必要はない」
この“王子”とは、皮肉にも鎖に繋がれたシャルル殿下のことを指す。
レインハルト王国がそれを「無礼」と受け取るか、「返還」と見るか――それは、王たちの器量次第だ。
「……あの陛下が、ここまで理性を保っておられるとは」
私は心の底で驚いていた。
激情に突き動かされた一瞬はあれど、アリスター王の軍は冷静だった。
規律を守り、非戦闘民を害さぬよう厳命されている。
これが、本当に“戦争を始めた側”の軍なのかと。
「キリエム隊長、敵の動向が変わりました」
副官の声に振り返る。砦の旗が変わっていた。
白旗――降伏か、あるいは交渉の意思表示。
「交渉官を出す。ついてこい」
アリスター王自ら馬を降り、わずか十騎ほどの供を連れて砦へ向かう。
私もその一人として付き従った。
砦の門が軋みながら開き、レインハルトの軍人たちが警戒心を露わに並び立つ。
その先に、壮年の軍人が現れた。
「私はリスベルグ砦の守備隊長、ベルンハルト・ライネス。陛下、お噂はかねがね」
「アリスター・テオドリックだ。そちらに一つ、問いがある」
王は、手綱を引いた馬上から冷ややかに問いかけた。
「我が妃、エリーゼ・アルセリア殿下への侮辱――貴国はこれを“個人の暴走”と見るか、“国家の意志”と見るか」
空気が張り詰める。ベルンハルトは答えを選ぶのに時間を要した。
「……現時点では、王国として公式な回答は出ておりません」
「ならば、我が問いは王都へ伝えよ。そして、回答があるまで砦を明け渡せ。ここを中立地帯とする」
「……それは、実質的な占領では?」
「いいや、降伏ではない。あくまで“通告”だ」
ベルンハルトの顔が苦渋に染まる。だが、軍勢の差は歴然だった。
彼もまた、民の命を重んじる男なのだろう。やがて無言で頭を垂れた。
「……わかりました。交渉の場として砦をお使いください」
門が完全に開かれた。
三千の騎兵がゆっくりと砦の中へ入り、無言で整列する。
それは剣を振るうことなくして勝ち取った、最初の“占拠”だった。
だが、戦いがこれで終わるとは思えない。
私は砦の塔に登り、遠くレインハルトの王都を望む。
その空は晴れていた。だが、風は冷たく、どこかざわめいていた。
アリスター王は、捕虜であるシャルル殿下を砦の一室に移し、こう命じた。
「彼の処遇は王都からの回答次第とする。だが、逃亡を許してはならぬ」
私はその言葉に頷いた。
もはや自分の“主君”に戻ることはない。
だが、彼を“見届ける”役目だけは果たすと決めた。
そして夜。王と王妃が、静かに軍議を開いていた。
私も招かれ、その末席に座す。
「いずれレインハルト王国は動くだろう。問題は――」
「誰が先に、剣を抜くかですね」
エリーゼ王妃が、鋭い瞳で言った。
その横顔に、私は思った。
この人は、シャルル殿下ではない。
弱さに縋る者ではなく、傷を背負って立ち続ける者だ。
(……ならば、私はこの剣を誰に捧げるべきか)
自問の答えは、まだ出ていない。
だが、戦は動き始めた。否応なく、私もその渦中に引きずり込まれる。
夜の砦に、角笛が鳴った。
王都より使者が来たのだ。
次の一手が、今、動こうとしていた。
テオドリック王国、三千の騎兵が一糸乱れぬ隊列を組み、まるで鋼鉄の塊のように進軍する。
私はその一端を、捕虜護衛の役として見守っていた。
――かつての主君、シャルル殿下を連れたまま。
鎖に繋がれ、輿に押し込まれた殿下は、なおもプライドだけは高く、従者を睨みつけるような眼をしていた。
(……それでも、あの方は“王子”だった)
私は思う。忠義とは何か。
主君が間違えたとき、それでも剣を振るうのが騎士か。
それとも、正しき王のために己の主を捨てることが、忠義か。
答えの出ぬ問いを抱えたまま、私は鞍の上で沈黙していた。
行軍の先頭、アリスター王は黄金の甲冑に身を包み、風を切って進んでいた。
その隣にはエリーゼ王妃。剣を腰に帯び、まるで王の影のごとく並び立つ。
「陛下、先遣隊からの報告です」
軍務大臣が馬を寄せ、進言する。
「国境前の砦、リスベルグには百騎の守備兵が駐屯。だが我らの接近を確認し、籠城の構えを取っています」
アリスター王は小さく頷いた。
「ならば包囲を敷き、警告を与えよ。門を開け、王子を迎える覚悟があるなら、血を流す必要はない」
この“王子”とは、皮肉にも鎖に繋がれたシャルル殿下のことを指す。
レインハルト王国がそれを「無礼」と受け取るか、「返還」と見るか――それは、王たちの器量次第だ。
「……あの陛下が、ここまで理性を保っておられるとは」
私は心の底で驚いていた。
激情に突き動かされた一瞬はあれど、アリスター王の軍は冷静だった。
規律を守り、非戦闘民を害さぬよう厳命されている。
これが、本当に“戦争を始めた側”の軍なのかと。
「キリエム隊長、敵の動向が変わりました」
副官の声に振り返る。砦の旗が変わっていた。
白旗――降伏か、あるいは交渉の意思表示。
「交渉官を出す。ついてこい」
アリスター王自ら馬を降り、わずか十騎ほどの供を連れて砦へ向かう。
私もその一人として付き従った。
砦の門が軋みながら開き、レインハルトの軍人たちが警戒心を露わに並び立つ。
その先に、壮年の軍人が現れた。
「私はリスベルグ砦の守備隊長、ベルンハルト・ライネス。陛下、お噂はかねがね」
「アリスター・テオドリックだ。そちらに一つ、問いがある」
王は、手綱を引いた馬上から冷ややかに問いかけた。
「我が妃、エリーゼ・アルセリア殿下への侮辱――貴国はこれを“個人の暴走”と見るか、“国家の意志”と見るか」
空気が張り詰める。ベルンハルトは答えを選ぶのに時間を要した。
「……現時点では、王国として公式な回答は出ておりません」
「ならば、我が問いは王都へ伝えよ。そして、回答があるまで砦を明け渡せ。ここを中立地帯とする」
「……それは、実質的な占領では?」
「いいや、降伏ではない。あくまで“通告”だ」
ベルンハルトの顔が苦渋に染まる。だが、軍勢の差は歴然だった。
彼もまた、民の命を重んじる男なのだろう。やがて無言で頭を垂れた。
「……わかりました。交渉の場として砦をお使いください」
門が完全に開かれた。
三千の騎兵がゆっくりと砦の中へ入り、無言で整列する。
それは剣を振るうことなくして勝ち取った、最初の“占拠”だった。
だが、戦いがこれで終わるとは思えない。
私は砦の塔に登り、遠くレインハルトの王都を望む。
その空は晴れていた。だが、風は冷たく、どこかざわめいていた。
アリスター王は、捕虜であるシャルル殿下を砦の一室に移し、こう命じた。
「彼の処遇は王都からの回答次第とする。だが、逃亡を許してはならぬ」
私はその言葉に頷いた。
もはや自分の“主君”に戻ることはない。
だが、彼を“見届ける”役目だけは果たすと決めた。
そして夜。王と王妃が、静かに軍議を開いていた。
私も招かれ、その末席に座す。
「いずれレインハルト王国は動くだろう。問題は――」
「誰が先に、剣を抜くかですね」
エリーゼ王妃が、鋭い瞳で言った。
その横顔に、私は思った。
この人は、シャルル殿下ではない。
弱さに縋る者ではなく、傷を背負って立ち続ける者だ。
(……ならば、私はこの剣を誰に捧げるべきか)
自問の答えは、まだ出ていない。
だが、戦は動き始めた。否応なく、私もその渦中に引きずり込まれる。
夜の砦に、角笛が鳴った。
王都より使者が来たのだ。
次の一手が、今、動こうとしていた。
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